第137話

「オオォォォォォッ!!」


「ガァ――――アァ――――アアァァッッ!!」


 太陽に向かいジョナサンとラッセルは咆哮する。最早近付くだけで全身が蒸発していく。いくら星光体と言えどこれ程の熱量を受け止められる様には出来ていないのだ。


 既に喉を融け落されながらも自身を鼓舞する為にただの空気を吐きだし続ける。


「――――、ッ!?」


 攻防の末、ラッセルは強く歯噛みする。


 自分が今にでも光の眷属に成れさえすればこの戦況を引っくり返す事が出来るかもしれないのに、こんな土壇場で覚醒できない己は一体何なのだと。


 いくら『光翼星』が世界法則の外側にあろうと恒星核は恒星核。他の恒星核の眷属と成るよりも容易とは言え狂おしい程の渇望は絶対条件である。


 こんな死中の最中にもラッセルは誰かを守る為にと心を埋め尽くす事が出来なかった。


 ラッセル・ウィンドマークという男の原動力とはすなわち責任感だ。生まれ持ったこの力を持ってして国に仕える。持っている者としての責任を果たす為にラッセルは戦ってきた。


 故に彼は普通の善人。それだけの男に『光翼星』は決して力を与えない。


 そんな素晴らしく善良で普通な彼は、やはり普通に絶対的な力を前に膝をつく。


「そんなもんかよォ!! まだまだイケるだろォがッ!!」


 ジョナサンの力により既に数百発の拳を叩き込まれながらもプロメテウスは依然健在。既に体の殆どを融かしながら紅蓮の焔を叩き付ける。


「下がれラッセルッ!」


 ジョナサンの助力を得て見えない力で後方へと飛ばされるラッセル。


 そんな優しさが更にラッセルの心にヒビを入れる。


「隙だらけなんだよォッ!!」


「――――、ガァッ!? ――――クソッタレがァッ!!」


 焔を凝縮した灼熱の光線にジョナサンの右腕は呆気無く吹き飛ばされる。傷口が、その血液すら蒸発されながらも更に拳を叩き込む。


「ヒーローらしく倒れた仲間は見過ごせねェッてかァ!? 泣かせてくれるじャねェかッ!」


「ああそうさ! その程度が出来なくてヒーローなんて名乗れねぇからなァッ!」


 何度も距離を取りながら、プロメテウスの灼熱を回避しながらも拳を打ち込み続ける。後はどちらの体が崩れるのが先かの勝負へと移行していた。


 こうして二体の化け物達を前にラッセルは戦場から退場してしまう。




――――


 力があった。炎の力だ。


 格好いいと思った。燃える赤がとてもキレイで、物語の主人公の様だと若くして思っていた。


 それなりの努力はした。両親や周りの家からの期待もあったし、なにより自分は特別な存在なのだからと星の祝福を受けた者として徐々に力をつけていった。


 全てが上手く行っていた。軍でも中々の位置に席を置けた。後は許嫁と結婚し温かな家庭を築いて行ければそれでいい。


 例え子供が星光体でなくてもそれでいいじゃないか。選ばれし者じゃなくたって幸せにはなれるのだから。


 許嫁の子との仲? 普通に良好だよ。幼い頃から互いを知り合い、認め合った。結果として愛情にまで昇華させて、まさしくオレ達は愛し合っていたんだ。


 ――――そんな輝かしい妄想は天から墜ちる火の落涙に消し飛ばされる。


 愛する者を失った。そんな中で何も出来ずに蹂躙された自分自身に反吐が出る。


 だからこそ強くなる為により一層努力し続けた。今度は俺が守るのだと。


 それから数年後、俺は更なる挫折へと追い込まれる。


「先の一件以来、僕達は自身の無力さを痛感させられた。よってこれからは新たな組織体制を作っていきたいと思う」


 そうして創設された『七星』という座。強力な星光体が団結し、国を守る為に様々な権限が与えられる。


 当然自分が選ばれるのだと思った。軍の中での力は相応に高いと自負していた。


「彼を中心に形作りたいと思っている。君達の耳にも届いていると思うが、先の大戦で膨大な戦果を齎したニルス少尉だ」


 その男に自分の矮小さそのものを叩き付けられた。


 全てが違う。こんなもの人間じゃない。お前は一体どこを見据えているんだ。


 最初は上がっていた反発の声も彼の輝かしい後姿を見る内に全員が口を噤んでいった。


 そうして俺は努力をやめた。今の力で守れる者達を精一杯守っていこうという口実と共に、ラッセル・ウィンドマークは諦めた。




――――


「グッ――――」


 数瞬の意識の喪失と共に脳裏に奔る厭なフラッシュバックを振り払う。


 周囲を燃やす灼熱は未だ健在。光り輝く化け物達は何度も身を削り合いながら必殺の一撃を繰り出し続けている。


 互いが互いに砕けない、心に一つの鋼を通しどこまでも走り続けている。


「――――ヘッ」


 思わず零れた自嘲の声は戦場音に掻き消される。


 ラッセルの肉体は既に殆どが焼け爛れ指先一つを動かしただけでも激痛が奔る程。地面に倒れ伏しながら戦闘を続ける二人の姿をその目で捉える。


「――――バケモノ……みてぇだ……」


 そんな気高い存在を前にオレは一体何なのだと。心のヒビが広がるばかりで体は戦う事を拒み続けている。


 ラッセル・ウィンドマークという男は敗北者だ。当たり前の事だと思っていた日常は呆気無く崩れ落ち、信じていた力にすら上位の者が現れれば努力の一つも化しはしない。


 ただ馬鹿なフリを続け、何も分かっていないフリを続け、あたかも努力しているフリを続けている。


 どこまでも本気になれない男は戦場の外で小さく涙を零す。


 続けて言おう。ラッセル・ウィンドマークは敗北者である。


 ――――それがどうした。


「グッ――――オォ――――オォォ」


 ――――敗北者で、努力が出来ず、諦めた男は最期まで諦め続けなければいけないと一体誰が決めたのだ。


 体を動かす度にラッセルの脳に轟音の警鐘が鳴り止まない。これ以上は死んでしまうと自覚しながら立ち上がる。


 ――――今まで敗け続け、打ちのめされ続けて、惨めに死ねと? そんなのは御免だ。死ぬのなら、少しでも恰好付けて死んでやりたい。


 死なないのなら、やはり死にたくはないのだがと、そんな甘い言葉を心の奥底に飲み込んで。


 ――――だからこそ、これは誰かの為じゃない。オレは自分の最期を飾る為に戦う。


 死の覚悟と共にラッセルは駆け出す。


 一足踏み込む毎に足がグズグズと溶けてしまうのではないかという恐怖心を飛び越える。


 そんな人間的で素晴らしい男はその時ようやく無自覚にも誰かの為を想う事が出来たのだ。


 ――――飛べ。


「上等だァァァッッ!!!」


 焦げた喉から大量の血飛沫と共に咆哮する。かつて憧れながらも嫉妬し、恐怖した男がこの背を見届けていると自覚したラッセルは火炎の翼を羽ばたかせる。


「なッ――――!?」


「オラァァァァァァァァァァァッッ!!」


 単純な推進力を持ってしての飛び蹴り。その速度に両腕は耐え切れず根元から吹き飛んでいく。炎を纏っていない左足も、胴体の皮膚も順に剝れ消えていく。


 既に戦闘不能を確信していたプロメテウスは意識外からの攻撃に一瞬反応が遅れてしまう。よって取るべき手段は焔を推進剤とした回避行動。


 本気で勝利を掴む為に彼女は決して敵の攻撃を正面から受け止めてやる事などしない。油断なく、態々受け止めてなるものかと回避したその先に――――。


「へッ――――任せたぜ、ヒーロー」


「最高だぜ――――ラッセルゥゥッ!!」


「しまッ――――」


 決死の一撃を回避したその隙をヒーローは決して見逃さない。百、千、それすら足りないのならば万の拳をプロメテウスに叩き込む。


 直接振り抜いた拳は焔の熱に融かされ消える。


 一万の轟音が鳴り響く。頬を突き破り眼球を粉砕し星機体の全てを蹂躙する力の嵐に飲み込まれる。


 暴風壁に叩き付けられそれすら突き抜けプロメテウスという星機体は完全に粉砕された。


 プロメテウスが破壊されたのと同時にジョナサンは糸が切れた様に膝をつく。勝利の誇りと、決死の一撃を決める為に飛翔した戦友の姿を探し出す。


「勝った――――ぜ」


「へっ――――へへ……そりゃあ……よかった」


 既に胸部より上が焼け落ちたラッセルは辛うじて残っている生命機能を駆使し浅く笑う。


「やっぱ――――死にたくねえなぁ」


「ああ――――だな」


 勝利の誇りを胸に噛み締め、二人の戦士の生命活動は安らかに停止する。

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