第135話

「セラウスハイムにて敵軍を検知しました」


「もうか。随分早ェな」


 海に浮かぶ魔王城にて防衛任務を賜った六残光はただ静かに港町を睨み付けている。


「どうするよ? もう抑えられんぞ?」


 ケルベロスが指差すのは膨大な星光を放ち続ける白い棺桶。光の熱量に大気が歪み、今にも外界に弾けんばかりに膨張と収縮を繰り返していた。


 これこそまさしく光の属性を備えた六残光の一人。


「ふむ……どうせ開戦となれば勇者へ直行するでしょうし、放置でいいでしょう。ケルベロス以外は近寄らない様に注意して下さいね」


「んなこたァどーでもいい。どう守るよ?」


「何を言う。ここは我の領域だ。ならば何一つとして策などいらぬ」


 ポセイドンが言い放つと海の全てが脈動を起こす。まるで無数の生物の様に蠢きながら水の柱は幾重にも立ち昇る。戦場が海である以上、海王星はその力を遺憾なく発揮する。


「雑兵の生成は飛行型が五百、水中型が七百ですか。やはり生成速度は遅いですね」


 空を見上げれば今もなお生成され続ける魔物の数々。外見は黒塗り一色のシンプルなデザインの魔物達。飛行型は黒いドラゴン。水中型は蛇。凝った外見を切り捨て生成コストを上げた緊急用の魔物生成雲。


「ガイアはどうする? ここで待機するか?」


「――――――――」


 白銀の球体が宙に浮きながらその体に岩石を纏わせている。普段の彼女を知る者が見れば一目瞭然の意思反応を示してくれている。


「やる気十分だな」


「ガイアよ、そう急くでない。我を超えた者達を順に討ち取ればよいのだ――――」


 ポセイドンの言葉を遮るようにして現れたのは停止である。風の流れも日の熱も、全て等しく変わらない。ならば何故言葉を止めるほどの強烈な変化を齎したのか。


 ――――それは。


「波が……止まった。いいや、海の時を止めたのか」


「『時星』だろう。まさか世界ではなく海事態の時を止めるとはな」


 ケルベロスが海面を覗き込むとうっすらと見える水中型の魔物の姿。これにて新たに生成した魔物の半数以上が無駄となった。


「やってくれますねぇ」


「――――――――」


「ああ、いいんじァねェか? 行ッちまえよ」


 ガイアの再度のやる気の提示に六残光の全てが同意する。


 じきにアステリオ軍は海を歩きながらこちらを目指してくるのだろう。ならばその前に一気に吹き飛ばす。


「埋め尽くしちまえよ、派手にやれ」


「――――――――」




――――


「すごいな。やるじゃないか」


「お褒めに預かり光栄だね」


 沿岸部に待機するアステリオ軍は歓喜の声を上げながら海の上を歩きながら進軍する。


「これ以上動けないから、後は任せてもいいかな?」


「ああ、任せておけ」


 時間を止めるという性質を無理矢理に別方向へと行使する。何とか止める対象を限定し、世界の一部のみの停止に成功させた。


「全軍、私に続け――――」


 そしてジューダスが行った事象に倣う様に、ハリベルの言葉は遮られる。


「…………何だ? 壁か?」


 瞬間的に表れたのは巨大な壁。暗雲とそれに隠された太陽を更に覆い隠す様に出現しセラウスハイムなど一息で踏み潰せる程。


 雲を突き破り聞こえてくるのは『地王星ガイア』の咆哮。


「まさか……! コイツ、生きているのかッ!?」


「六残光という奴か……。確認されていない個体だな」


 人型の巨大な岩石の壁は既に大気圏を突き破らんとしていた。その有り余る質量にと岩石生成能力により時の止まった海面の全てが岩で覆われ尽くす。


 そして繰り出されるのは破壊の一撃。


 ただ一歩前進する。それだけでセラウスハイム、ひいてはアステリオ軍の全ては質量という怪物に蹂躙されてしまうだろう。そんな災害を前にして人々はただ空を見上げるばかり。


「ジューダスの意趣返しという訳か。驚かせてくれる」


 巨神の踏み込みに劣らぬようハリベルも一歩前に出る。他の誰よりも前でガイアの脅威に晒される。


「ならばこちらも負けてはおれんな」


 腰を落とし左腕を前方に突き出す。一度大きく息を吐き出し、岩の巨神を強く睨みつける。


「見せてやろう――――これが終末の一撃だ」


 ――――神界、人界、死界を貫く世界樹よ。黄昏を知らせる角笛は既に天空より鳴り響いている。

 根を噛む邪竜、神を殺す神狼、火の化身と死の女傑。神の終わりを告げるべく大いなる冬フィンブルヴェトルが訪れる。

 夢に描いた銀河の果ては、終末を超えたその先で。

 いざ武器を取れ、鎧を纏え、我らは不滅の戦乙女ヴァルキュリア

 不浄に組する神話の果てで、紅蓮の楔を撃ち込む為に。


 ――――この終末を恐れるな。憤怒に燃える魂にこの憧憬を刻み込め。これが貴様の運命だ。


 訪れるのは大いなる冬、神々の黄昏。


 左腕に形成される九色の輝きを放つ禍々しい巨砲。


 これが光の眷属としてハリベル・キリュウが手に入れた究極の力。


「『戦神星ヴァルキュリア――装填完了、フィンブルトリガー・終末狂砲ラグナロク』」


 竜の咆哮と共に次元を砕きながら射出されるのは深紅の弾丸。文字通り光速を超えたそれは容易にガイアの片足を吹き飛ばし、呆気なくその巨体を吹き飛ばす。


 雪崩の如く岩石の波が時の止まった海面に零れ降り続ける。


 これこそが終末狂砲ラグナロク。概念的な強さをかなぐり捨てた物理的最強の一撃。その弾道に生き残る生物はいない、究極の一撃を希ったハリベルの理想形。


 役目を終えた狂砲はガラス細工の様に砕け散り虚空に溶けて消えていく。


「さあ――――進軍再開だ」


「オオォォォォォォォォォォォッ!!」


 気高きハリベルの背中を見上げ兵士の士気は一段と高まりを増す。大きな地響きを掻き鳴らしながら海に敷き詰められた岩石の上を行く。


 開戦の号砲を聞きつけた空飛ぶ魔物が次々と襲い掛かる。天高くから降り注ぐのは火の息吹。魔物が吐き出す攻撃を前にしても兵士は止まらず走り続ける。


「ええ、大丈夫。止まらなくたって平気よ」


 『海星』の出す水流により火の息吹は洗い流される。それと同時に繰り出される水の槍にただの魔物は手も足も出ずに蹂躙されていく。


「おうともっ! 止まるな止まるなァっ! 王国軍にばっか良い顔させていいのかよォッ! 冒険者隊も負けてんじゃねェぞ!」


 『弓守星』による空間干渉。見えない拳の弾丸が無数に放たれる。軍全体の士気は益々向上し、留まる所を知らない。このまま魔王城にまで一気に攻め入る事が出来ると誰もが夢想する。


「では――――少し別けましょうか」


「――――、!? 避けろォッ!!」


 突如としてジョナサンが感じ取ったのは空気の断裂。戦場に吹き荒ぶのは壮大な嵐。空気の層を切り裂きながら暴風の壁は戦場の全てを分断する。


 掻き乱されるその光景はまるで駆動するミキサーの中の如くに総てを掻き混ぜる。


 六残光の都合通りに乱されたそこには各々が分断された戦場が用意されていた。


「テメェらの相手はアタシだ。『弓守星ヘラクレス』はともかく、『炎星イグニス』とはとんだハズレを引かされたな……」


「アァ?」


「熱くなんなよ、ただの挑発だろう?」


 プロメテウスが対峙するはジョナサンとラッセル。


「いつかの襲撃以来であるな、娘よ」


「『海王星ポセイドン』……!」


「……足を引っ張らぬよう、精進します」


 ポセイドンが対峙するはヨロズとチドリ。


「何事も適材適所。この防壁を潜り抜けたくば私を倒してから、という事です」


「ふーん。力の強い者を先に潰したいって感じかな。確かに理に適ってるけれど、果たして君で勝てるのかな?」


「最速で倒しましょう、ミユキちゃん!」


 トラキアが対峙するはミユキとクリスティーナ。


 そしてここに、不遜にも神話に組み込まれた哀れな男の残滓が噴出される。


 白い棺桶の扉が粉砕される。吐き出される呪怨に大気が腐り死に絶える。毒々しい呪いの声がユーリを捉え続ける。


「アアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」


「――――ヅゥっ!?」


 呪いの声とは裏腹に姿を現したのは白銀の騎士。どこまでも王道に、光を掴む者。そんな誰もが尊敬する様な理想の姿を形作り、灰の光は世界を満たす。


「アイルゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!」


「君は――――」


 『勇帝星サーガクロニクル』にして元勇者であるユートとユーリは対峙する。


 ――――そして。


「適材適所……ああそうだな。ヤツには感謝しなきゃな」


「約束通りという訳か」


「一度は手を取り合ったが、今は別だ! 怪我をしたくなければ即座に退けい!」


 約束を果たすべくケルベロスは現れる。対峙するレイとオルガは構え、冥府の狼を睨みつける。


 ここにカードは配られた。自身の使命を全うする為、個人の理想を貫く為、怨みの叫びを放つ為。


 暴風壁の中、各々の願いと力が衝突する。

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