第134話
「生身で会うのは初めてだな」
「貴方を作った時に一度立ち合っているから私は二度目ね」
何かの機械を前にしながら背を向けながらマオと対面する。
無機質な黒い部屋。入った瞬間この部屋に送り込まれたという事はこの城自体にはこの場所しか存在していないという事か。ここ以外必要も無いのだろうが。
機械が脈動する。まるで窯の様なそれは膨大な星光を吐き出しながら黒い輝きを放つ。
「それは……」
膨大な星光と共に吐き出される何か。突如として外から轟音が鳴り響き海が暴れる音が聞こえてくる。
「そりゃあ魔王様だもんな。魔物を生み出すなんて自由自在って事か」
「当然よ。と言っても、あの子達はあれで打ち止めだけれど。素材の方が切れちゃったから」
こちらに気を使い外の映像を空間に転写させる。そこに移るのは未だ健在の姿で魔王城を守るケルベロス達の姿。
「トラキア、そっちは任せるわよ」
『御意に』
トラキアと呼ばれた糸の様なか細い体躯を持つ星機体が黒の球体を空に打ち上げる。発生するのは暗黒の雲、そこから雨の様に魔物の群れが生成され続けている。
「クソッ!」
「させないわよ」
俺の星を起動するよりも早くマオが目の前へと接近する。純粋な漆黒の影が叩き付けられる。
「グゥッ!?」
黒紅の影により絶死の法を潜り抜ける。奴の星も俺と何ら変わらない滅殺の星。
「ああそうかよ。こんな芸当が出来るから慌てなかったって事か。やってくれるじゃねぇか」
「貴方の性格なんて解りきってるもの。私でもそうするからこそ、という事よ」
俺とマオは表裏一体。同じ様に闇に墜ちた王の星。必ず殺すと誓った俺たちは互いの事をどこまでも知っている。
この世界で唯一の理解者であるのは間違いない。
「自身が創造した被造物に反逆される。思いがけず過去の報復劇と重なるな」
「ええ、まったく。それでも私は勝利を掴む」
外の魔物をどうにかする手段を俺は持ち合わせていない。ここから殺そうにもマオの邪魔がどうしても入ってしまう。
故にこれだけは心残りだが仕方が無い。どの道俺が相討たなければ人類に明日は無いのだから。
「宿命を終わらせよう。輝く光の住人に手出しはさせない」
「あの日を取り戻すの。どこまでも優しい旭光をこの手に」
――――故に。
――――ああ、いざ。
「『
「『
二つの極点がぶつかり合う。黒紅と漆黒の影。互いに絶死の力を備えたソレを叩き付ける。
そして発生するのは次元の崩壊。世界が負荷に耐え切れず、この二つの恒星核をどこかに放り出そうとする自衛機能。
墜ちていく、墜ちていく。影を叩き付け合いながら、眩き銀河を墜ちていく。宇宙空間にも似た絢爛たる輝きを放つ星の一つ一つが今までこの世界に生まれ出でた星の力なのだろう。俺というコンパスを用いてアイルの魂を星座の隅から探す為、マオの全力に晒され続ける。
故に最早止まらない。ここから先は俺がアイルの元まで辿り着くまでに決着を着けなくてはならない。
能力は互いに同じ。当たれば即死の死の影だ。死の神同士、互いに死なないまま死の影に晒される。ならば後は精神力の問題だ。
どちらかの気持ちが切れた方が負ける。この波濤を受けながら、どちらの想いが上なのか、どちらの願いが上なのか、能力相性の全てをかなぐり捨てた精神力の戦いへと移行する。
守る為、取り戻す為。二人の願いを叫びながら、どこまでも墜ちていく。
――――
アステリオ王国。アイルが飛び出し、数時間が経過した。軍はセラウスハイムへの出撃準備を整え、広場の前で指揮官であるジューダスの言葉を静かに待つ。
「皆も知っている通り、アイル・ディルレクス少将が単独にて魔王の討伐へと赴いた!」
これは既に周知の事実。この国でも最強の存在の損失は兵士の心に深く重く圧し掛かった。
「彼は我らを守る為に駆け出した! この国に住まう民の明日を奪わせはしないと! かつて悪神からこの国を救った様に、もう一度冥王の怒りを振るったのだ!」
一兵士は静かに見上げる。いつにも増して雄々しく叫ぶジューダスという男を。
「振るってくれるのだ……我らの為に! 自身の死すら厭わずにだ! そんな彼の勇気に、我らが応えず何とする!」
アイルという人柄をあまり知らない兵士であろうと星神を討ってくれた天墜の日を覚えていない者などこの場にひとりも居はしない。
「だからこそ――――勇気ある彼に、慈悲深く優しい彼の足跡を辿るのだ! 最強の力を持った我らの冥王は必ず魔王を打ち倒す! ならばその礎となる為に、今一度命を懸けてくれ!」
星神を一掃した力に目を焦がされた者達は諸手を上げて天に吼える。
やってやる、あの人が先を行くのなら俺達も。必ず魔王を討ってみせる。鼓舞された兵士は出撃の為自身の武器を手に取る。
闘志を燃やす兵を前にジューダスは一人自嘲する。
「碌な死に方をしないな……僕は」
「胸を張れ。貴様は間違えてなどいないさ」
後ろから背を叩かれ不意の来訪者に驚かされる。
「ハリベル……聞かれてたか……」
「アイルの為に共に行こうと決めたのだろう? それが一人で無理な道だと理解したから国力を頼ったのだ」
「まあ……その通りだけども」
「アイルはこの国……いいや世界最強の戦力だ。その力が損失されれば国としては大打撃に他ならない。ならばアイルと共に魔王城を攻め落としその功績によって世界へ知らしめるのだ。魔王を殺した男が所属する国へ喧嘩を売る馬鹿はいないだろうからな」
アイルの生存。それは結果的に国の更なる繁栄へと帰結する。ならば大義名分は用意出来ているだろうとジューダスを励ます。
「……そうだな。可能な限り死人を出さずに切り抜けなくては。冒険者部隊への根回しは出来ているかな?」
「問題ない。ジョナサンと『蠍の猟団』のモイラ団長がうまく纏めてくれているよ」
先の報を入れたテリオンの天墜教もまた独自に動くだろう。戦力として不安は残るがこれが今の総力だろうとジューダスは肩に力を入れる。
「それじゃあ――――行こうか」
「応とも」
――――
「ニルス……いいの? アイルが行っちゃうよ?」
暗い研究室の最奥。カイネは未だ眠り続ける弟を憂いながら言葉を掛ける。
「きっとニルスの力が必要だから……。アイルの力になってあげて……?」
優しくガラス張りにされた機械を撫でる。
「ごめんね……私には何も出来ないから。それでもアンタに発破をかける事は出来ちゃうから……」
今から巻き起こる神話の聖戦にただの少女の居場所は無いのだと悔しそうにカイネは涙を流す。
「分かってる……アンタがこれ以上力を使えばどうなるか。もう一カ月も生きられるか分からない体だっていうのも」
ニルスという男は既に死に体である。世界法則を打ち破った代償として、世界は彼の命を奪っていく。
「どうせ起こさなかったら文句言うんでしょ! だったらさっさと起きて支度しなさい!」
幼い頃にしてあげたように、強く優しく弟を起こす為に声を掛ける。
「アイルには……ニルスが必要だから」
――――
軍が進行を開始してから五時間後。既にセラウスハイムにまで差し掛かり、後数時間もすれば戦闘が開始されるだろうその時にミノアは軍内部をひた歩く。
『レイ……オルガ。どうか無事で帰ってきてね』
『大丈夫さ。みんなも居る。それにアイルさんは強いからな。オレ達が着く頃には終わってるかもしれない』
『そんな泣きそうな顔をするでない。安心せい。妾が必ず皆を守る。ミノアは茶でも飲んで待っていれば良いのだ」
『あ――――う、うん。いってらっしゃい、二人とも』
頑張らなくてもいいから、どうかせめて死なないで。
日常生活ならば元の性格に戻ってきているレイはまた光の英雄へとその身を昇華させるのだろう。
オルガについてもそうだ。無理な力の行使は彼女の見せかけの人格の崩壊を招く。
本当に伝えたかった事も伝えられずにミノアは軍の研究室への扉を開く。
そこにはかつてのフール村の住人、アイルの幼馴染全員が集っていた。皆一様に忙しなく働いていた動きを止めミノアの方へと視線を飛ばす。
「やはり来たか」
「当然であろうな! それでこそ友情だろう!」
「シエルさん……ファヴニールさんまで……?」
シエルは左腕に銀色の腕輪、星光収束器を身に付け弓矢の整備を行っている。ファヴニールはセラウスハイム外洋に至るまでの地図を見ながら顔だけをミノアの方へと向けている。
これではまるで今から出撃する兵士の様だとミノアは思った。
『準備は出来てるよ』
リーズヴェルトが指差すのは銀河の煌めきを放つ星結晶。適切な施術を行えば星の光の加護を与えられる夢の様な石ころ。
「みなさんは……どうして……?」
「当然、一人で突っ走った馬鹿を連れ戻しにだよ」
アラミタマにより鍛えられた二対の刀剣を磨き上げながらタツノコが答える。
「君の意志が聞きたいな。て言っても、ここに来てるのが答えの様なものだけど」
困った様にナツメが笑いながら誘いを掛ける。大切な人を想う気持ちは誰もが知っているから、だから力を用意したのだと語る。
「――――アタシに行かせてください。その為の力をどうか貸して下さい!」
「――――是非も無し」
決意の声に返ってきたのはどこまでも雄々しい英雄の声。
現役時代の軍服を身に纏い二振りの刀を腰に下げる。既に死に体の筈のその男は如何程もその様相を呈さない。
「――――貴方は……」
この世界に生きる者ならば誰もが知っている光の英雄。愛する者を守る為、イカロスは今一度飛翔する。
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