第65話
「え、えへへ……ど、何処行こっか?」
『おまかせ』
「そ、そうだなぁ……雑貨なんか見てみたいかなぁ?」
「うん、行こう」
カプリア亭を出た後、俺たちは雑貨屋への道を歩く。
「錬金術で使う用か?」
「それもあるけど、お土産として何か見たいなって」
「ふぅん、俺も何か買うかな」
何て事の無い会話に心が和む。海を見れば心地の良い波の音が耳に響く。これで魔王城さえなければ住み心地の良い街なんだがな。
「…………んん?」
海を見るが僅かな違和感を感じる。
魔王城の気配は感じ取れるが、何か別の、もっと物理的におかしい、違和感がある。
「――――波が」
穏やかに流れていた波が一気に引いて行くのが分かる。海に繋がっている街の中の水路からも水が引かれ、皆一様に陸へと戻って来ている。
「引いて――――って事は!?」
海の水位が一気に下がり、沖の方から迫るのは高速の波の壁。
「つ、津波だあぁぁぁぁぁぁッ!!」
尋常では無い速度、明らかに自然現象としての津波を逸脱している。それにこの高さ、セラウスハイムなど簡単に飲み果せる程だ。今から逃げた所でもう遅い、どこにも逃げ場などありはしない。
誰よりも早く駆け出したのはヨロズだった。水流を作り出し空を滑り、津波の前へと躍り出る。
彼女が両の手を翳すと時が止まった様に津波の動きが固定される。
「お、おおっ! すげぇぞあの姉ちゃん!」
「アレ……七星の『海星』じゃないか!? どうしてこんな所に!」
各方面から歓声が上がる。ヨロズはそれに応える訳でも無く津波の対処に走る。
徐々に海が正常化され、街にも水が戻って来る。皆は胸を撫で下ろし安堵するが、しかし。
「……僕も行きます。アイルさんは他の方々の避難をお願いします」
「ああ? 何で俺が……ああ、もう。分かったよ……」
クリスティーナもヨロズと同じ位置にまで駆け上がる。
そう、これは自然現象等では無い。明らかな星の力の行使。それすなわち、起動させ、この街を飲み込もうとした元凶が居るという事。
海で巻き上がる一柱の水流。そこから姿を現すのは鋼の体躯。
黒を基調とし、青の装甲。頭部からは白い頭髪が流れ、靡いている。何処となく馬を基調とした頭部。全長は三メートルはあるだろうか、二人を見下ろす様に水柱の上に顕現している。
「貴様か、我の進軍を止めたのは」
「……ええ、貴方は何者?」
低く響く老衰した男の声。しかしそれは力強く、老いなどまるで感じさせない程だ。
「我が名は『
魔王軍の幹部。魔王を守る六の柱の内の一つ。そんなものの存在は今の今まで確認すらされていなかった。それが今になって、しかもこのタイミングで訪れたのはただの偶然か、それとも――――。
「アステリオ王国軍、七星の『海星』。ヨロズ・リンネ」
「同じく、七星の『雷星』。クリスティーナ・シュピーエル」
二人は一切の警戒を解かぬままに応える。
「『海星』……『雷星』……ふむ、礼儀がなっているな。未だ若いと云うのに、力も十分。未来では大成するだろう」
「目的は……聞くまでも無さそうですが……」
「警戒を解くでないぞ。この街を破壊する。一切の油断無く、来るがいい」
言葉と同時にクリスティーナが雷を放つ。翠に輝く高熱の雷。光を放った瞬間、それは既にポセイドンの体を捉えていた。
「威力が足らんな。もう少し気合を入れい。その程度では何も守れぬぞ?」
「――――でしたら!」
空が雷雲で覆われる。敵を滅ぼす為に雷が滞留し、激しい轟音が鳴り響く。
光が輝く、音が響く。最高威力の落雷が叩き落され、ポセイドンの体に直撃したかに見えた。
「――――足りぬ」
しかし敵は直立不動。頭上に存在するのは水の壁。誰の目から見てもその程度で落雷を防ぐなどあり得ない。しかしこれも星の力、相性はあれどそこに大きな実力の差が生じればこの程度は造作も無い事。
「――――だったらっ!」
ヨロズが構え、周囲の環境を利用し大量の水の槍を作り出す。一斉にポセイドンへと向かうが、その尽くが空中で止められる。
「水を制して見せろ。海を見上げる星であろう」
同じ水を扱う星同士、完全な実力の差でヨロズは動きを封じられる。よって二人に勝機は無く、待っているのは敗北のみ。
「それで終いか……ならば、最早用は――――」
「『
巨大な大砲を出現させ、撃ち込む。爆音と硝煙の香りに包まれ、ポセイドンは水の球体の中からその身をのり出す。
「退け、ポセイドン。まだ死にたくは無いだろう?」
「……やはり、貴様か」
僅かに感じ取れる敵意。コイツは間違い無く俺の事を知っている。その上で見せる敵意という事は、ここで戦闘を繰り広げる気でいるという事。
リーズヴェルトが即席で作り上げた狼の面を装着し、互いに見合う。
「ならば……実力を測るのみ」
「やめておけ、勝ち目なんてありはしない」
俺の言葉を無視する様にポセイドンは自身の体に水の鎧を纏う。
いいや、これは最早水では無く海そのもの。この街を踏み潰せる程に巨大化したポセイドンを見上げる。
「デカくなってもおつむは小さいままだろう? 無理をするなよ、ギックリ腰にでもなったら大変だろ?」
「抜かせいッ!」
迫り来る海神の拳。避ければ当然後ろに被害が出る。俺の大切な者が居るというのに、コイツは容赦無く拳を振るった。
「『
紅に輝く焔の塊を叩き付ける。拳が蒸発し、蒸気と共に奴の拳は掻き消えていく。
「これは――――」
「もういいだろ?」
海の鎧が弾け飛ぶ、ポセイドンの背に回り頭を鷲掴みにする。
「よくもまあ俺の大切な人達の居る街を攻撃してくれたな?」
ナツメ、リーズヴェルト、ついでにチドリも入れておこう。
そいつらを攻撃したという事は、コイツの未来は既に途絶えたと言っていい。
「その死を以て魔王に知らしめてやるよ」
「グッ――――クゥ!」
大気を焦がす高温の焔を頭部に叩き込む。それだけでポセイドンの体は融解し、跡形も無い鋼の塊に成り果てる。
「――――は、待っているぞ」
心臓が跳ね上がる。そんな名前は聞きたくない。許さない。お願いだ、やめてくれ。
「――――死ねッ」
聞きたくない、目を、耳を背ける。そんな名前は聞きたくない。死ね死ね消えろ塵と化せ。
そのまま力を込め鋼の頭部を握り潰す。機械の体はそれで終わり、呆気無く命を摘み取って見せる。
――――黒い影が、ポセイドンの体を覆い尽くす。
感じる、奴の気配を。いいや、奴って誰だよ、そんな人物は知らない。知る訳が無い、知っていたくない。
――――忘れたままでいたい。
――――思い出して。
「ッ!?」
気が付けばポセイドンの体は跡形も無く消滅していた。
冷汗が止まらない、汗が噴き出す。
「大丈夫ですか?」
「…………ああ、この場はオマエ等が収めろ。駅で合流する」
駆け寄って来たクリスティーナに耳打ちし、人目から逃れる様にして陰へと逃げ込んでいく。
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