第66話
セラウスハイムから戻って来た俺たち。アステリオの駅から軍本部へと同行させられる。
何せ今まで姿を見せていなかった魔王軍の幹部とやらを相手取ったのだ。目撃者からは出来る限り情報を聞き出したいだろう。
とはいえ俺たちは七星の二人に同行する形を取り、答えたのはあくまで二人だけ。
「……んんー! やっと解放されたー!」
時刻は既に夕刻を回り夜。街は仕事終わりの人々で賑わっている頃合いだ。
「皆さんはこれからどちらへ?」
「今日は王都に泊まって、明日には出発しようと思ってる」
『特に何も。帰るだけかな』
「でしたらこのまま飲みに行きませんか? 僕は飲めないですけど、ミユキちゃんと約束をしているんですよ」
「あっ、いいですね! 行きましょう!」
俺が断りの返事を出す前にナツメが答えてしまう。コイツにしても未だリーズヴェルトと錬金術の事を語りたいのだろう。帰りの車内ではそればかりを話していたしな。
「今日は飲み食いばっかしてる気がするな」
「偶にはいいじゃん! ささ、早く行こうよ!」
無駄にテンションの高いナツメに引っ張られるようにして待ち合わせの場所へと向かう。
「あっ、ミユキちゃん! お待たせ!」
待ち合わせ場所には艶やかな和服に身を包んだミユキの姿があった。肩を出し、一体どうやって固定しているのか分からないが、絶妙な位置でミユキの胸を隠している。
「お兄さん達も来たんだ? 僕が居るのに良く来たね? ははぁん、冷たい態度を取っていながら、ホントは僕の事が気になって気になって仕方が無いんだろぉ?」
「んなわけねぇだろ。つか、どんな私服だよ」
「えっちでしょ?」
「着てるのがオマエじゃなければな」
「ああん、酷いなぁ。さ、さっさと入ろう」
何て事のない舌戦を繰り広げながら俺たちは飲み屋へと入っていく。
大衆の味、下町の飲み屋。汚くはなく、かといって格段綺麗という訳ではない。仕事終わりの人達が溢れ返り、今日の疲れを癒し、また明日働く為の活力を養う場所。
賑わう中央の席を避け、俺たちは端の席へと座る。
「機関車、どうだった?」
「すごいよね、もう少し整備が行き届いたりしたらいいのにね。物流の根幹が変わるんじゃないかな?」
「大衆の皆様にお届けする様な作りじゃないからねぇ。そもそも、客室車両の作りもおかしいと言えばおかしいしね。何で初っ端からあんな豪華な物作っちゃうかなぁ……」
適当な注文を頼み、二人は互いに情報交換を行う。
「今日も残りの一両は荷物を入れてたんだろ? 箱が増える目途とか立ってんのかね?」
「作ってるみたいだよ? 駅の方に部品やら何やらを大量に持ち込んでるらしいし。後五年程度経てば使い易くはなるんだろうけどね」
運ばれてきた飲み物を手に取り、乾杯をし、一気に煽る。
エールの冷たさが腹の中で満たされる。喉が鳴る、頭が冴え渡るような感覚に支配される。
「所で……さっきの話はここでしても良い感じの話題?」
さっき、つまり魔王軍幹部の話。
明らかに俺の方を見ながら語るミユキ。しかしいつものおちゃらけた雰囲気は無く、真面目な表情を見せる。
「誰かに聞かれたマズイんじゃないか?」
「お兄さんがして欲しいか、欲しくないか。それだけ教えて?」
「…………出来れば、しないでくれ」
「了解。報告も適当に理詰めされてたしね。これ以上は聞かないよ」
二人の証言もあって俺が矢面に立つ事は無かった。あくまで強力な冒険者が何処からか現れ、敵を仕留めて姿を消した。
先のスヴァルトの一件を鎮めた男と同一視した軍は呆気なく納得し、その男の捜索に尽力している。
「それじゃあ……お兄さん、これから暇?」
「暇……まあ、そうだな。暇だ」
「じゃあさ、この後二人きりで話さない? ベッドの上で」
「ふざけるな馬鹿が」
「いいじゃんかぁ、欲求不満ー」
「うるせぇ、近寄るな。おい、腕組むな、肩に頭を置くな、下がれ」
「ハハ、ミユキちゃん楽しそう」
「楽しそうじゃなくてだな、クリスがしっかり手綱握っとけよ? 頼むから、迷惑なんだよ」
「僕には無理ですねー」
「無理みたいだよー?」
「喧しいわ」
俺の隣に座るミユキを甘んじて受け入れ、運ばれてきた料理に手をつける。
『反物質爆弾って知ってる?』
「何それ!? カッコ良さそう!」
「おいコラ、何教えてんだよ」
そこからはどうでもいいような話題が席を埋め尽くす。下らないことで笑い合い、酒を流し込む。簡単に酔える訳じゃないが、この雰囲気は嫌いじゃない。
「おーい、離せよ……ったく」
キリュウ邸に帰り着いた俺とナツメとリーズヴェルトの三人。
「むにゃーん……ごろにゃーん……」
「どんな鳴き声だよ……」
『気持ち良さそう』
「ああ、ホントにな。別の部屋使うか? それとも一緒に寝とくか?」
『ナツメと寝る』
夜も遅く、折角なら泊まっていけと誘ってみたら彼女は二つ返事で了承した。
「了解。蹴飛ばされるなよ?」
『蹴られるの?』
「可能性はある。因みに俺は何度も蹴られた」
リーズヴェルトは少し困ったように笑う。
「それじゃあ、俺もそろそろ寝るわ」
俺が席を立ち部屋を出ようとすると後ろからリーズヴェルトに止められる。
「ん? どした?」
少し話し辛そうに俯く。どこか迷っているようで目線を何度も右に左にやっている。
「相談か? 何かあるなら聞くぞ?」
努めて優しく彼女に問い掛ける。
意を決し、リーズヴェルトはメモに何かを書き始める。
すると、何やら窓に何かがぶつかる音がした。
「なっ!?」
そこには月明かりに照らされたミユキが窓辺に捕まりこちらを呼んでいた。
「…………」
俺の動きは迅速だった。カーテンを閉め、外界から遮断する。
これで平和は守られた。
「ちょっとぉ? 流石に無視は酷いんじゃないの?」
「うおっ!? どっから入って来た!?」
「開けたの、外から自力で。ラヴコールは素直に受け取るべきじゃないのかな?」
俺の背中を抱き付き羽交い締めにされる。
「……何しに来たんですかね?」
「お話しをね? 寂しくなっちゃってさ?」
先程別れたばかりだというのに、何を話しに来たんだコイツは。
「……ハァ、外行くぞ。リズ、話は明日でもいいか?」
『ううん、いいの。気にしないで』
「そうか? 悪いな。何かあればいつでも言えよ? おやすみ、リズ」
リーズヴェルトが軽く手を振り見送りをしてくれる。
それを見てから俺はミユキを連れ窓から外へ飛び出す。
「話ってのは?」
「いやぁ、大した事じゃないんだけどね?」
「大した事じゃないのなら来るなよ……」
「ふふっ、相変わらず、身内以外には冷たいね?」
「当たり前だろ? そもそもオマエとはそんな仲じゃない」
「悲しいなあ。少しは仲良くなったと思ったんだけどなあ」
「いいから、用件を言えよ。夜も遅いんだし――――」
不意打ちだった。振り返った俺の顔のすぐ目の前にミユキの顔が迫っていた。
ミユキの柔らかくて暖かい唇が俺の唇に触れる。
「なっ――――」
「お兄さんがいくら周りを避けたって、僕はお兄さんの味方だからね」
それだけを言い残し、頬を赤らめ彼は去る。
頭が熱くなる、少し放心してしまう。俯き、頭を抱えてしまう。
「――――ッ男にキスされてなに悶えてんだよ……!」
ミユキがどんな意図で事に及んだのかは分からない。いつもの様に軽口を叩き、遊びで手を出したのだろうが……。
「味方だからね……って」
俺の抱える宿命を見透かされた様な、何があっても味方でいると、彼の不器用な優しさに触れた気がする。
「…………ハァ……帰ろう」
短い帰路を少しだけゆっくりと歩きながら、頭を冷やしながら夜道を歩く。
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