第67話
「……ハァ」
「どうしたの? お腹痛い?」
「似たようなもんだ」
蒸気機関車の旅から帰って来た翌日、いつもの様に川に釣り糸を垂らす。
イリスが俺の腹を優しく撫で回す。
「……ありがとよ」
あの日から憂鬱というか、体に気合が入らない。
それもこれもミユキの野郎が俺に意味不明な事をしでかしたせいだ。
『僕はお兄さんの味方だからね』
「――――ッ!」
思い出しては頭が熱くなる。何を気にする事がある、たかがキスだ。それをただ男からされただけ、気にするな気にするな、次に会った時に一発殴ってやればいいんだ。
「顔、赤いよ」
「いやいや、大丈夫。もう大丈夫だ。心配かけたな。今日の昼はどうする? うちで食って――――」
イリスとの談話中、川の上流の方からぷかぷかと浮かびながら小さな少女が流れてくる。
「……何やってんだ、あの馬鹿」
「ファヴ?」
川流れの少女、もといファヴニールは川に顔を沈めながら俺たちの前まで流れてくる。
釣り糸に絡まり、竿が持っていかれないようにしっかりと支える。釣り糸を手繰り寄せ、絡まったファヴニールを解いてやる。
「リリース」
キャッチアンドリリース、大事な精神だ。食えない物は元の場所に返してやる。見て見ぬ振りをし、もう一度竿を立て掛け釣り糸を川へ放る。
「何故無視するんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「関わりたく無いからだよアホ」
「川を流れてきた美少女じゃぞ!? 抱けよ! それでなくとも介抱の一つもしてみんかこの玉無し野郎め!」
川から昇って来たファヴニールの足を掴み、逆さまにして川の上に吊り上げる様にして持ち上げる。
「うるせぇ、何してんだよお前は……」
「見える! 見えてしまうぞっ!? ああ、服が捲れてしまうー!」
要領を得ないファヴニールを徐々に川へと近付けていく。
「ま、待つんじゃあ! これには深い訳があってじゃな!」
「その訳を言えよ、さっさとよ」
「うむぅ……少し魔物と格闘してなぁ、汚れを落とす為に川で水浴びしていた所、ついウトウトと……」
「寝てしまい、流されてきた……と」
「まさしく、その通りなのじゃな、コレが」
「水浴び中に寝るんじゃねぇよ……ったく」
ファヴニールを地上に優しく下ろす。彼女の体に怪我が無いか注意深く観察すると、少し気恥ずかしそうに顔を背ける。
「どうした? どっかやられたか?」
「いきなり顔を近付けるでない……発情期か?」
ああ、こんな馬鹿を言えるのなら何も問題は無いな。安心感に包まれながら乱暴にファヴニールの頭を撫で回す。
「魔物はどの辺りに出たんだ?」
「川の上流じゃな。ここから少し北の方じゃ。安心せい、全て焼き滅ぼした、害は無い」
「それなら安心だ」
「最近魔物が活発になってきていてな」
「またか? 何か心当たりとか――――」
言って、気づく。
そんなの俺以外に理由は無いじゃないか。魔王軍幹部とやらの登場、そして魔物の活発化。全ては俺を付け狙う奴の――――。
――――いや、奴って誰だよ。
――――思い出して。目を背けてはいけない。
頭痛と共に奔る幻聴。頭を抑え、思考を現実に引き戻す。
「どうした?」
「……いや、気にするな。ただの頭痛だ。少し疲れてるのかもな……」
「じゃあ……お昼寝……しよ?」
イリスの提案に心を癒され、それを甘んじて受け入れることにした。
「飯時まで寝るかぁ」
「うん、寝よ」
「なるほどのぉ、不思議系クールロリがタイプ……と」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ」
その場で横になり、イリスが腕の中に滑り込んでくる。それを抱き締めるとファヴニールが俺の背に抱き付いてくる。
「濡れてるじゃねぇか……」
「いいじゃろぉ? 乾く乾く、気にするでない」
「……まあ、いいけどさ」
心地良い風に揺らされながら、俺たち三人は静かに瞼を閉じる。
――――
暗闇の中、漆黒で塗り潰された世界。
「派手にやられたのね、ポセイドン」
「面目のしようも無い。貴様の伴侶たる冥王は確実に力を付けておるぞ」
再構築、世界最硬純度の鉱石であるアラミタマが宙を舞い、新たにポセイドンの青黒の体を作り上げる。
「私の伴侶は冥王では無く、吟遊詩人。忘れたのかしら? やっぱり元が年老いているせいか物覚えも悪いみたいね?」
「彼奴に未だ取り残されている残滓を思うか。所詮は抜け殻だろうに、そこまで願った所でその想いは成就されぬぞ?」
「あまり在庫は無いのだから破壊されないでちょうだい。下らないお喋りをしていないで、さっさと港町を破壊してきなさい? もうこちらの準備は出来ているの。後はこの城が大陸に接続出来ればいいのだから」
外では駆動する音が鳴り響く。岩を削り、波を乗り越え、魔王城を乗せた島は徐々に大陸へと近付いて行く。
「それとも、貴方程度ではお使いも出来ないのかしら?」
「儂等は所詮、貴様に逆らえん。仕事は果たそう」
完成した鋼の体を動かしながら、青黒のポセイドンは静かに退出する。
「必ず貴方を星座の奥から呼び戻す……だからお願い……あと少しなの。必ず貴方を助けるから……アイル」
恋願う少女の様に魔王は天を呪いながら手を伸ばす。
冥王は完成に至った。ならば後は衝突するのみ。
その日を待ち焦がれながら、魔王は静かに瞼を下ろす。
――――
日の光が差すアステリオ王国、トリスタイン城謁見の間。
「市街地は全て整えました。残るは城の周辺になります」
「そのまま続けろ」
「その……しかし、城内となりますとミユキ、引いては『
「多少力ずくでも構わん、全て揉み消す。素体の方はどうなっておる?」
「準備は出来てる……こっちの方はいつでも大丈夫よ」
オスカー、セレナ、そしてコーネリアを加えた三人が密談を交す。
「折を見て運び込め、何かあればすぐに伝えろ」
「国王……いいえ、お父様。これが最後、今ならばまだ引き返せる。それでも……やるのね?」
「何度問おうが変わりない。準備を進めろ」
「ええ……分かったわ」
コーネリアの最後の問いに迷い無く答える。覚悟など、とうの昔に決めている。オスカーという男は決して止まらない。最高効率で魔王を殺す為に。
魔を滅する日輪の復活は近い。
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