第64話

 セラウスハイム、通称水の都。


 海に面したその街は水路が張り巡らされており、ボートを移動手段として貸し出している店もある。漁業が盛んだったが魔王城の出現からこっち、殆どの魚が逃げるか魔物に殺されて商業的な大打撃を受けてしまった。


 そう、東に見える海の果て、そこには魔王城が存在している。今もなお陸地に向かい前進している。見通しとしては後三年もすればこの街に上陸してしまうらしい。


 魔王城に一番近い街、ここは魔王と人との最前線。腕に自身のある冒険者が集い、日夜魔物と奮戦している危険地域。


 そんな街に、一本の線路が敷かれたのである。


「積み荷の点検があるらしいので、出発は夕方頃になるそうですよ?」


「了解、それまではぶらぶらするかー」


 到着早々、潮の匂いが鼻を擽る。


「久しぶりに来たな……」


「どうしましょうか? 何処かで昼食でもとりましょうか?」


 俺の後に続き、機関車の中から出てくる一行。


『いいよ、お魚食べたいな』


「誰か美味い店知らないか?」


「あ、はいはいっ! 僕、カプリア亭行ってみたいっ!」


「カプリアか……いいんじゃねぇか?」


 各々の了承も得た所で、俺たちは食事処を目指す。


『カプリア亭?』


「美味しい生魚を出すので有名なんだ。なんでも口の中で動き出すとかなんとか!」


「それはセールスポイントなのか?」


「いいじゃん! 鮮魚ってヤツだよ! セラウスハイムならではじゃん!」


「生魚は中々口にする機会がないですからね」


 夕方までの短い間だが俺たちはセラウスハイムを観光する為にカプリア亭に向かう。


 街並みは最前線といえど整っている印象だ。横を見れば建物のすぐ下に水路が奔っている。中央通りは水路の上に立っており、皆がボートに乗り移動を行っている。桟橋の上から見下ろすそれは大層盛り上がりを見せており、魔王城の事など忘れてしまいそうな程だ。


「いらっしゃいませー、カプリア亭にようこそー」


 中央通りを少し外れた陸地に存在する赤い魚の剥製を看板にした店。中からは気の良さそうな青年が出て来て出迎えてくれる。


「六名様っすねー、こちらの席にどうぞー!」


「どうぞー、いらっしゃいませー!」


 案内されるままに席に座り、注文をする。


「今ならギガノト本マグロの踊り食いが人気っすよー」


「へぇ、じゃあそれに――――」


 値段を見て吹き出す。深呼吸をし、もう一度値段を見る。ああ、やはり夢ではなかった。


「一万……マニー? 安すぎだろ……」


「今は水槽の中にいるんすよねー。そいつに勝ってくれたら捌いて提供するって感じっすね」


「戦うのかよ……何で捕まえたんだよ……」


「いやぁ、いつも捌く職人がバックれちゃったんすよー。お願いだから処理してくんないすかねー。軍人さんでしょ?」


「……それ食べる?」


 ヨロズが珍しく口を開き、ナツメとリーズヴェルトに問い掛ける。


「そうですね……食べれるのであれば、興味はあります」


『食べたい』


「……いってくるわ」


 その目に炎を滾らせて、何故かやる気に満ち溢れている。


「…………はぁ」


「どうしたんだ、アイツ?」


「あのお二人が琴線に触れた様ですね……」


 運ばれてくる巨大な水槽。傷だらけになり目を血走らせたギガノト本マグロが運ばれてくる。


「ここでやんのかよっ!? つか……琴線?」


「小さい子が好きなんですよ、昔から。お気に入りの子の為に貢いで、よく破産しているんですよね……」


 なるほど、話下手の上に貢ぎ癖まであるのか、救えねぇな。


 周囲の客もデスマッチの始まりに歓喜し席を立つ。平常は穏やかと言っても流石は魔と人の最前線。その気性の荒さが浮き彫りになり始める。


「ルールは無いっす。出来れば店は汚さないで欲しいっすけど」


「じゃあここでやるなよ」


 俺のツッコミは軽くスルーされ、ヨロズが水槽に近付いていく。


「『海星ネプトゥヌス』」


 水槽に手を付けた瞬間、ギガノト本マグロが苦しそうな顔で硬直し、水の中で無気力に浮かぶ。


「か、勝ったっ! ………よ」


 振り返り、二人に向かって弾ける笑顔を向けるがすぐに我に返り顔を俯かせる。


「す、すごいですよ! 流石はヨロズさんです!」


『ナイス。すごかった』


 二人の歓声に顔が崩れ笑顔と無表情の境目のような顔をし、身を捩じらせている。


「あざまーす。そんじゃ捌かせていただきまーす」


「だからここでやるなっての……」


 二度目のツッコミも華麗にスル―され、ギガノト本マグロの解体作業が目の前で繰り広げられた。


「はーい踊り食い入りまーす」


「しゃっしゃーす」


 何だその掛け声……。


 しかしその手際は素晴らしいの一言だ。数人で連携し、俺たちの前に刺身として並べられていく。


「ほ、ほら……た、食べて?」


 既に変質者の様な笑みを浮かべたヨロズがリーズヴェルトに刺身を差し出す。


 その小さな口で噛み締め、飲み込む。一つ一つの挙動に身震いし、歓喜の呻き声を上げるヨロズの姿がうっとおしいのが難点だな。


『おいしい』


「ほ、ホント!? ナ、ナツメちゃんも……」


「うぇ!? あ、は、はい……あ~ん」


「ど、どう……?」


「お、美味しいです……凄く」


「あっ――――アハーー」


 ヨロズの事は無視する事にしよう。関わってはいけない気がする。


 刺身を口の中に頬張る。澄んだ赤が輝きを放ち、早く口の中に運んでくれと喚いているようだ。


「――――、ッ!?」


 美味い、美味すぎる! 引き締まった赤みは中々の歯応えがあり、それに加え僅かに甘みが漏れ出している。口の中で踊り出し、まるで未だに生きているような新鮮さを感じさせる。


 手が止まらない。次々と来る刺身。皆も一様に食事に夢中になり箸を動かしている。


 一人を除いて。


「えへへー、美味しいんだぁ……」


 二人にはこの湿度の塊の弾除けになって貰っている。


 可哀想に、後で何か買ってやろう。そう思う正午の一時なのであった。

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