第49話

「五年程前に頭角を現した、マリグナント・アイヒハーツ率いる、一教会です」


「その教会がどうして国一番の脅威なんて言われてるんだ?」


「そもそも、その名を何処で知ったのですか?」


「その辺は気にするな、続きを」


「……教会は星骸者ステラヴォイドを生み出した研究機関も兼ねているんです。国中でも狂ったように崇められていて、皆が彼らに付き従う」


「力を持っているからか?」


「それだけじゃ、無い筈なんです……何か、頭に入ってくる様な声がして……それで……」


「声?」


「『祈りは成就された、人間賛歌が運命を超える』、意味が分からなかった。似たような言葉が頭に響き続けて……気が付けば戦場へ出ていた」


「……意味が分からん。止まるな、進み続けろって事か? 精神干渉系の星でも持ってるのか?」


「私はそう踏んでいる。操られて、皆がおかしくなっているんです」


「だから……そこを落とせば陥落する……と。だったら態々他の国に行かなくたって、マリグナントが死んだ後、スヴァルトで暮らせばいいじゃねぇか」


「そうも言ってられません……。何時、彼女の様な異常者が国を支配するか分からない……だから、それとは無縁の地に行きたいんだ」


「戦いとは……無縁な地……ねぇ」


 信用している訳では無いが、これならば上手く使えそうだ。


「家族は? 何人だ?」


「孤児院の皆で……十人」


「分かった。明日にでも国を発つ。準備してろよ?」


「い、いいのか?」


「何が?」


「だ、だって……まだ嘘を付いているのかも知れないし……そんな私の話を素直に聞き入れていいのか?」


 そうきたか。話がトントン拍子に進んで、逆に不安を覚えるタイプだな?


「オマエが何を企もうが障害にならないからってのが一つ。二つ目はオマエが嘘を付いて嵌めたら、スヴァルトの総てを皆殺しにするからだ」


「なっ!?」


「だからしっかり考えて動けよ? オマエの行動がスヴァルトに住まう総ての人の未来を決めるんだからな」


「……了解だ」


「さっさと寝ろよ。早朝には出発する。何かあればコーネリアに伝えろ。下手な事はするなよ、見ているからな」


 影からケルベロスを呼び出し、一晩の監視を立てる。


「げ、幻術だろう?」


「試してみろよ。そんじゃ、おやすみ」


 話を切り上げ研究局を後にする。




――――


「つーわけで、孤児院の受け入れに関してはよろしく」


「何がつーわけ、なのかしら……ああ、頭が痛いわ」


「仕方ねぇだろ、敵の規模と場所が不明なんだから」


 以前、リーズヴェルトに問い合わせても場所については分からないらしい。


 何せ全てを吹き飛ばして来たというのだ、それも二年前に。本拠地などとっくに作り変えているだろう。


「というと……隠密ですか」


「ああ、そうなるな」


「では、私もお供致しましょう。何かと都合がいい筈です」


 珍しく好意的なマリナの護衛であるチドリ。彼女は俺にとって敵意にも似た感情を抱えていた筈なのだが……。


「随分丸くなったな」


「ああッ? ……い、いえ、コホン。『陰星アウトリュコス』を使えば侵入は容易でしょう」


「まぁ……そうだけど……」


「ならば手を貸します。ニルス様からの命もありますので」


「ニルスの?」


「出来る限り貴方の力になって欲しい……と言われています。この間の汚名を払拭する為にも、私も連れて行って下さい」


「分かった。とりあえず何が出来るか見てみたい」


「了解しました」


 彼女が星を起動する。一瞬にして彼女の姿が視界から消える。彼女の姿が景色に溶ける。


「これが一つ目の力、周囲の景色に溶け込む力です。これは他人にも与えられます。それだけでも十分ですが――――」


「おぉ……成程な」


 手を彼女の方に伸ばすと、何か柔らかい塊に腕を突っ込む。


 むにゅん、むにゅん。


「成る程……これは中々」


「――――死ね」


 チドリの全力の右フックが俺の頬を捕らえる。




――――


「……続いて、二つ目の能力です」


「……ふぁい」


 全身に打ち込まれ続けた打撃の数々。その箇所を優しく摩りながら見物する。


 部屋全体に陰が溢れ、俺の視界を埋め尽くす。夜闇なんてレベルじゃない。完全な暗闇。常人では右も左も分からないだろう。


「お……おぉ……」


「周囲に暗闇を振り撒きます。視界を塞ぎ、攪乱にも使えます。戦闘、逃走、隠密、どれをとっても使い勝手の良い能力です」


 人の生命を感知する俺の瞳でなければ何も感知できないだろう。


 自身の手を前に突き出し、手を見てみるが、完全に黒に染まり見えなくなっている。


「手元まで見えないのか」


「ええ、そうでしょう。次は最後の――――」


「あっ――――」


 机に足がぶつかり体勢がよろける。地面の物すら見えはしない。凄いな、これを戦闘中にやられたらたまったものではないだろう。


「あ、あぶなっ――――、きゃ!?」


 チドリが俺を庇う。それを押し倒して俺たちは地面に倒れ込む。


 柔らかい、ハリのある箇所に腕が当たる。


 むちん、むちん。


「張り――――ヨシっ!」


「――――くたばれェッ!」


 チドリの肘が俺の脳天を貫く。


 おいおい、普通の奴なら今ので即死級の攻撃だぞ?




――――


「……これが、三つ目の能力です」


「今のは……俺、悪くなく無い?」


「……これが、三つ目の能力です」


「あの――――」


「能力です」


「……おう」


 何なのだこのラッキースケベの連続は。もしや次もあるのでは無いかと警戒をしてしまう。


 チドリの体から暗い影が滲み出る。


 チドリの姿が二重、三重と増えていく。最後には十体の分身となり部屋を充満していった。


「分身です。ただ触れる事など出来ませんが、陽動など、様々な用途がございます」


「なるほど――――」


 分身に手を伸ばそうとするがその手を止める。


 いかんいかん。先程の流れからして、俺が動けば間違いなく巻き起こるのは彼女の肢体を弄ること。そんなお約束には陥らない。


「あんっ」


「あん?」


 途中で止めた右手の先、宙に浮いた指先にマリナが近寄り尻を突き出している。


「…………なにやってんだよ」


「お約束のようによくもまぁ、こうもセクハラを繰り広げてくれたわね……。チドリではなく、私になさいな」


「お、お嬢様っ!?」


 こいつはアホか。ああ、アホだな。何を言っているのか分からない。


「……嫉妬ですか?」


「その通り。帰ってきたら覚悟していなさい? うんと可愛がってあげるから」


「……楽しみにしときます」


 何より準備は整った。背に控える彼女に全て託した。後は潜入し、殺すべき敵を殺すだけ。前線の状況など、何も考える必要は無い。


 何せ、英雄ニルスが居るのだから。

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