第34話
「それでは、ユーリ対ケルベロスの模擬戦を開始する」
遂にこの日がやってきた。訓練場に集まるのは勇者召喚の儀の時と同じ面子、国王と七星のみ。
ユーリと対面する。震えながらも目はしっかりと据わりこちらを見据えている。
「双方、構えて」
仮面の位置を調節し直し、腰に差した刀を引き抜き逆手に構える。
「…………」
ユーリも支給された片手剣を構え、腰を低くする。
「始めッ!」
掛け声と同時に一気に地を蹴り上げる。土煙が舞い、空気が割れる、肉の弾丸となりユーリを仕留めるべく刃を振るう。
「くっ!?」
俺の一閃を容易に受け流す。今の俺は通常の星光体と変わりない身体能力を発揮している。死の総軍による身体能力の底上げ無しの力では流石に七倍の身体能力には敵わない。
「ならばッ!」
少なからず観客の居る前で『冥星』は起動出来ない。する訳にはいかない。それに何より死の影には手加減など出来る訳も無く、確実に殺してしまう。それは俺の願う所でも無い。
程よくユーリを痛めつけ、その上で彼女の実力を引き出せるレベルの力を模索する。
「『
総軍の中に存在するかつての友の星を起動させる。
「殺されんじゃねぇぞッ!!」
先程より格段に跳ね上がった身体能力で刃を振り下ろす。
「ッッ! まだまだッ!」
「遅ぇよ」
一太刀目を浅く打ち込み、瞬時に背後に回り込む。今更気が付き振り向こうとするがもう遅いとばかりに牙に見立てた刃を振り下ろす。
「ッッああ!!!」
音が割れ、気が付けば俺の刃はユーリの剣に弾かれていた。底上げしてもこれか、真面目に攻略するとなると身体能力の差だけでも一苦労だな。
ユーリは一足飛びで俺との距離を取る。
「次だッ!」
『狼星』の力は単に身体強化だけでは無い。空に向けて虚しく吠える、自分のモノでは無い様な遠吠えの音が喉から大気へと吐き出され振動する。
出現したのは銀に輝く星光の狼。六体の群れを成し、標的に狙いを定めて突き進む。
「多才ですね」
「ああ、それが奴の強みでもある」
狼が駆け、陣形を組みユーリを襲う。一振り、二振り、いとも容易く狼は霧散し掻き消える。当然だ、今の俺でも追いつけないユーリ相手に銀狼が敵うなど思ってなどいない。
――――それでも。
「隙は出来る」
「――――ッ!?」
またしてもユーリの背後に回り込み一閃を繰り出す。彼女の腕を軽く切り裂き赤く輝く血液が宙を舞う。
「まだだッ!油断するなッ!」
叫び、吠える。残りの銀狼と共にユーリへと襲い掛かる。一心不乱に刀を振り、俺に気を取られれば銀狼が喰らい付く。威力は低くても確実に相手を弱らせ、いずれは死に至らしめる。
それこそ『狼星』。一撃必殺には頼らない、狩り殺す事に特化した星。
小さい傷が徐々に徐々に刻まれていく。いくら飛び抜けた身体能力があるとは言えユーリは戦いのド素人。囲まれてしまえば対処が出来ない、慌てふためきド壺にはまる。
「このままじゃ……死ぬぞ?」
「ッ!?」
死にたくないユーリの原動力を強く刺激する。顔が強張り動きにキレが出てくる。
だとしても、もう遅い。
「ウオォォォォォォォンッ!!」
周囲の銀狼の叫びが天へ轟く。音がぶつかり増幅し合う。次第に膨れ上がった遠吠えは周囲の地形すら砕き始める。
「ア–––––ッガァ–––––!?」
増幅された音がユーリに叩き付けられる。耳から小さな炸裂音が鳴り、一筋の血が流れ落ちる。
「……終わりだ」
刃を裏側にし峰を向ける。膝を着いたユーリに駆け出し、その胴体に一撃を加える為に。
頼む、どうか乗り越えてくれ。誰に届くでもない小さな祈り。こんな事を考えながら戦うのは生まれて初めてだ。
刀の峰が迫る。お願いだ。勇者だろう? この程度の困難、乗り越えなくてどうするんだ。
祈りながら放たれた一撃はしかし、無情ながらにユーリの腹部を捉えた。
「––––––––ッ!」
音の出ない悲鳴。悲痛に歪んだ顔、地面を転がり跳ね飛んでいく。三度跳ねた所でようやく止まり、静かに土埃が晴れていく。
聞こえる、ユーリの呼吸が。生きてはいるが、どの道国王のお眼鏡に敵わなければ意味はない。
「……終わりだね。それでは––––」
審判のジューダスの声を遮ったのは誰の声でも無い。一人の人間が立ち上がり、周囲を黙らせる。
「––––––––ハァ…………スゥ……」
息も絶え絶えに、それでも立ち上がりこちらを睨み付けて見せる。
もう一度構え、次こそは意識を刈り取ると駆け出す。
––––その瞬間。
「死にたく……ない……から」
確かに感じることが出来る。ユーリの星の輝き。
「だから––––全部、やり返すッ!」
俺と同じ、闇の光。勇者にあるまじき輝きを放ちながら、ユーリは自身の星の名を叫ぶ。
「『
闇の光がユーリの後ろで歯車の形を成し回り始める。万全を期す為に構えるが、既に遅かった。
「これはッ!?」
全身へと切り傷が刻まれ、鼓膜が弾け、腹部に衝撃が奔る。成る程、実に単純明快。
「
感知外からのダメージによろける。今の俺は普通の星光体程度の力しか発揮していない。この程度のダメージでも視界が霞む。
「やるなッ!」
ユーリに飛びつき押し倒す。その衝撃がその都度俺にも伝わってくる。気絶させる為に顎を殴りつける。
「ガッ!」
「ウゥッ!」
同じ衝撃が奔る。俺自身が気絶するのを危惧し威力を抑えて放った結果、ユーリも気絶せずに俺は振り払われる。
「ハハ……やるじゃねぇか」
なんだ、その……性懲りも無く燃えてきた。今まで戦いという戦いをしたことが無かったが、こういうのなら悪くないと思えてしまう。
しかし一度距離を取り、冷静になるとユーリの違和感に気が付いてしまう。
「……何だ……これは」
俺の掲げる『冥星』、それはあらゆるモノを死に至らしめる能力だ。これを持つ俺自身も、死の匂いに非常に敏感になっている。
しかし目の前のユーリからはそれが一切しない。いままでそんな生物は見た事が無い。天蓋の果てに住まう星神に似た性質。
「……なるほど。死なない
つまりユーリの真の能力とは死なない事。何をしようが死なず、そうして受けたダメージを相手に跳ね返す。
こんなの誰も勝てはしない。間違いなく最強にして無敵の星。
「『勇星・悪逆の歯車』……」
『狼星』では勝ち目が無いな……。
「ジューダス、俺の負けだ」
静かに構えを解き、それに合わせてユーリは地面に崩れ落ちる。
「おっと」
すぐ側に駆け寄りユーリを優しく抱える。
「お疲れユーリ。今はゆっくり休め。……ごめんな、痛かったよな」
誰に聞こえるでもない言葉を空に吐く。
意識を失ったユーリを優しく抱え上げ、医務室へ向かう。
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