第35話

「あれなら合格だろ?」


 ユーリが眠る医務室。怪我はみるみる内に治り、後は彼女の目が覚めるのを待つばかりである。


「ええ、間違いなくね。……本当に、よく頑張ったわ」


 隣に座るのは同じく世話係を担当したセレナ。


「……少し柔らかくなりましたね」


「何がだ?」


「貴方の態度……雰囲気といいますか。少し前まではギラギラしていて、隙あらばユーリ様を殺す気でいましたよね?」


「……否定はしない。殺す気で挑んだのだからな」


「それがここまで棘が抜かれるとは……ユーリ様のおかげなのでしょうね」


「……そうかもな」


 それだけ言うとセレナは席を立ち上がる。


「私がいては邪魔でしょう。後はお二人にお任せします」


「どういうことだよ?」


 返事は返って来ず、セレナは足早に医務室から出て行く。相も変わらず、変な奴だ。


「ん……んん……」


「おっ、お目覚めか。早いな」


 模擬戦から約一時間。ユーリが苦しそうに呻きながら起き上がる。


「……おはよう」


「おはよう。頑張ったな」


 軽く頭を撫でてやるが、拗ねたように頬を膨らませる。


「なんだよ?」


「……痛かった」


「ああ、ごめんな」


「もう少し……撫でてくれたら、許す」


「そんなことでいいのか?」


「……街でいっぱい遊ぶのも追加で」


「祝祭も近いからな、一緒に回ろうな」


「……うん」


 窓から差し込む夕陽が部屋の中を包み込む。心地良さそうに目を伏せるユーリを横目に、優しい時間が流れていく。


「認めてくれたかな?」


「当たり前だろ? あれだけ頑張ったんだからな。国王もご満悦だ」


「じゃあ……魔王を倒しに行かなくちゃなんだよね?」


 そうだ。ここが終わりじゃない、始まりだ。


 ユーリの勇者としての使命、魔王の討伐。祝祭が終わればすぐにその任が命ぜられるだろう。


「安心しろ。何もユーリだけが戦うわけじゃない。護衛も付けるだろうし、七星の中からだって――――」


「ケルベロスは……着いてきてくれる?」


 まただ、心臓が強く跳ねる。


 魔王を討伐する。そのことに何故こうも嫌悪感を抱くのか。


 出所の不明な感情を、それでも強く押し込める。


「――――ああ、俺も行くさ」


 この感情が何かは分からない。それでも大切なユーリだけを魔王討伐に向かわせるなんて有り得ない。


 変わる必要は無い。ただ、この嫌悪感を確かめに行くのだ。魔王を殺し、迫り来る敵国も全て葬る。


 簡単なことだと嘆息し、狼の面に手を掛ける。


「改めて、アイルだ。よろしくな、ユーリ」


 顔と名を晒し、信頼の証として握手を求める。


「うんっ!」


 心の底からの笑顔を向けられ、ユーリとの間に固く、確かな絆を感じ取ることが出来た。




――――


「ニルス」


「アイルか」


 七星の会議室。そこに集まるのは俺とニルスの二人のみ。広い会議室で隣り合うように座る。


「祝祭の後、魔王討伐の任を課すそうだ」


「だろうな」


「『勇星』か……勇者にのみ許された最強の星。星神の加護……難儀な運命を背負ったものだ」


「それでも、ユーリなら大丈夫だろ」


「随分と買っているんだな」


「まぁ……俺としては珍しくな……」


 少し恥ずかしくなり頬を掻きながら天井を見上げる。


「奴の何に惹かれたのだ?」


「んん~……俗物的な所……かな」


「俗物的?」


「綺麗すぎる、絵に描いた様な理想じゃなくて、ただ死にたくない。それを掲げるユーリだから大切に思えたんだと思う。差し迫った状況になれば俺でも切り捨てられるんじゃねぇか?」


「人間的だからこそ大切……か」


 どこまでもどこにでもいる、そんな人間はやはり一緒にいて心地が良い。英雄的思想を掲げるのはニルスだけで十分だ。


「……俺もユーリに付いて行こうと思う」


「……何?」


 ニルスからの怪訝の声。当然だ、今まで俺から率先して魔王の話などした事が無かったのに、ここに来てこれなのだから。


「ユーリが心配だしな。それに……魔王のことを考えると心臓が跳ねるんだ。見た事もない筈なのに……だから世界の為とかじゃ無くて、魔王を知る為に行くんだ」


「……そうか」


「何より、それでアステリオに住む奴らも喜ぶだろ? それがメインじゃねぇけど、偶には正義の味方の真似事でもこなしてやろうかなって思ってな」


「付いて行けないのが悔やまれるな」


「お前は離れられないからな。その分、俺が働いてくるさ」


「フール村の方は心配するな。スヴァルト正教国の進軍ルートは潰しておこう」


「今はファヴともう一人いるんだ、あんま心配しなくても大丈夫だ」


 前回のユウトは相手が悪過ぎた。この世界でもアレに勝てるのはごく少数だろう。あんな奴がそう何度も現れる訳が無い、賊や害獣、正教国の連中だろうとファヴニールとシエルには勝てないだろう。


「まっ! その前に祝祭だ! 楽しもうぜ」


「ああ、そうだな」


「少し時間作れねぇか? 皆で集まろうぜ?」


「厳しいだろうが……努力しよう」


 これから起こるであろう波乱の旅路。その前に存在する年に一度の祝祭に思いを馳せつつ、俺たちは会議室を後にする。

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