第32話
「ここならある程度は大丈夫な筈だ。好きに使ってみろ」
「う、うん。わかった……」
王城の眼前に広がる巨大な訓練場。そこを貸し切り誰も立ち入らせないようにする。
緊張した面持ちで自身の手を見下ろすユーリ。それを見守る俺とセレナ。
「い、いきますっ!」
気合を入れ、手を前に突き出す。俺たち二人は万全の態勢で身構える。
――――しかし。
「……あれ?」
「んん?」
「どうしたのですか?」
ユーリが頭を傾けこちらを振り向く。星の使い方については事前に説明した、それでも一向に起動する兆しが見えない。
「自分の星は認識出来てるんだよな?」
「多分……こう、胸の真ん中がほのかに温かいっていうか……」
認識としてはそれで間違っていない筈だ。
そもそも、ユーリは自身の星の名前すら知らない。本来なら直感的に頭に浮かんでくる筈なのだが、ユーリにはそれも無い。
「身体能力は他を寄せ付けない程なのですがね。いかんせん星が使えないというのは……」
そもそも、星が使えないという感覚が俺たちのような星光体には分からない。
星の能力はランダムで選ばれるような物では無い。自身の抱える心情、トラウマ、あらゆる感情を示唆した上で強烈な自己の個性により決定付けられる。
故に能力とは一心同体、切っても切れない縁があるのだ。
「どうしますか?」
「どうするっつったってなぁ……」
こればかりは本人の問題だ、俺たちがどうと言おうとどうしようもない。
「取り敢えず……城でも見回ってみるかぁ」
「お城の中を?」
「ああ、何処に何があるとか簡単な事だけな」
まずはアイツの所にでも行けばいいだろう。星が起動出来ない事も何か分かるかもしれない。
「ここだ」
廊下を歩き、訪れたのは七星の一人である『時星』、ジューダスの執務室。
七星一の古株、一番の年長者で俺の顔も知っているこの男を頼ってみることにする。
「邪魔するぞ」
「ハァ……ハァ……あ、やぁ……どうしたんだい? ゲホッ、オエッ……ゼェ……ハァ」
「ど、どうしたの!? 瀕死なんですけど!?」
書斎にうつ伏せになりながらも顔だけをこちらに向ける。
セレナがバツの悪そうな顔で俺の背に隠れる。
「な、何せ七星の一人が仕事を放棄したからねえ……そのしわ寄せがこちらに丸々来たという訳さ」
頬が痩せこけ顔を真っ青にし、それでも書類に判子を押し続けている。酷いというか、可哀想というか。
「ま、そんな事はどうでもいいんだ」
「よくないよっ!? 僕、もう二十四時間働き詰めなんだよ!? ちょっとは労ってくれるとかないのかなぁ!?」
「ユーリの、勇者のコイツな、その星が起動しないんだが。何か心当たりは無いか?」
「ああ……スルーですかそうですか……」
上体を起こし軽く伸びをしながら物思いにふける。
「精神的に衰えてたり、肉体が極度の疲弊状態になれば使えない事もあるけど……健康状態は問題無さそうだしなぁ」
頭を悩ませているジューダス。そんな執務室の扉がノックされ、一人の女性軍人が入室してくる。
「ジューダス様、祝祭に関しての資料です、一度目を通しておいて下さい。それでは」
「セ、セレナ~。君も働いたらどうかなぁ? お世話しながらでも暇な時ってあると思うんだ」
「国王直々の命令です。それ以外については知りません」
「……恨むからな」
ジューダスに手渡された分厚い資料の数々、それが一瞬にして卓上に置かれ、ジューダスは椅子の背もたれに伸し掛かっている。
見ている映像が切り飛ばされたような違和感。これこそがジューダスの『時星』としての能力。
「えっ……ええ!?」
「時を止める。その中で自由に活動する。それがジューダスの能力だ」
よって、こういう執務仕事は基本的にジューダスに割り振られる。何せ無限に時間が使えるのだ。これ程便利な能力は無いだろう。
「……それで……なんだっけ? 能力が使えない?」
「あ、ああ、大丈夫か? 別に後からでも……」
「いいさ、もう慣れっこだから。そうだな……極度のストレスや心意的な変化があれば使えるかもね。結局のところ、星っていうのは各々の心に深く関わっているものだから」
「ストレス……ねぇ」
ユーリを一瞥すると震え上がるように身を強張らせる。
「心配するな、使えないのならそれでも構わない。いつか使えるかもしれないからな」
それに、その方が殺すのが楽でいい。
「邪魔したな」
「ゆっくり休んでね」
「ああ、おやすみ――――おはよう。またいつでもおいで」
時間止めて眠ったようで、顔にツヤが戻り活気に溢れている。そういうことをするからどんどん他と年齢がかけ離れていくというのに、コイツは未だに懲りてないらしい。
行く当ても無く通路を三人で並んで歩く。
「どうするか……書庫で文献でも漁ってみるか……街に出てもいいが……」
「勉強しましょう。書庫へ向かいましょう。その方がユーリ様の為になります」
「どうする? 何処か行きたいとか、見たい物とかあれば行くぞ」
「出来れば……街の方を見たいかな……」
やはりというか、ユーリはかなり勉学というものが苦手らしい。体を動かしていないと落ち着かない性質なのだろう。
セレナは僅かに顔を歪めているが、お構いなしにユーリと共に外へと出て行く。
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