第31話
「ひ……広い……ね」
「ああ、いかにもって感じだ」
雑多な食事処か何かに連れて行ってくれと頼んだ結果、連れて来られたのはお偉方ご用達の食堂であった。
部屋の全てが煌びやかに輝く。俺は気が重くなり、ユーリは高貴さの重圧に圧し潰されそうになっている。
「さあ、掛けて下さい。ユーリ様にも解り易いよう、誠心誠意ご教授させていただきます」
「え……あ、はい」
困惑したままユーリは席に着く。俺もその隣に座るとウェイターが近づいてくる。
「何に致しましょう。本日はありとあらゆるご要望に対応するように伺っておりますので、何なりとお申し付けください」
ここでもというか、召喚された勇者様の機嫌を損ねない為に細心の注意が散りばめられている。
「ステーキ、分厚いのな」
ユーリの方を見ると既に料理が運び込まれ始めていた。色取り取りのサラダ、フルコースで言う所のオードブルといったところか。
「前菜は並べられたナイフとフォークを端の方から使用していきます。次にスープ、空いた右端のスプーンを、魚料理になれば前菜の時と同様に――――」
「え、え? あ、はい」
なんだこのテーブルマナー厄介お姉さんは。
可哀想にと横目に見つつ、丁度運ばれてきたステーキを前に腹の虫が声を上げ出す。
「ですので――――おや? 背が曲がっていますよ? レディなのですから、綺麗な姿勢を保ちましょう」
「うっ!? は、はいィ……」
セレナの声のトーンの具合から、きっと善意で教えているだけなのだろうが、コイツのせいでユーリの機嫌を損ねるんじゃないのか?
懸念する俺はまたもや助け船を出すことにした。
「ユーリ、あまり考えるな。そんなものあくまでマナーだ、公の場でだけ行えばいい事だ」
「ちょっと、ケルベロスさん? ユーリ様には毅然とした態度でいて頂かなければ、ユーリ様もそれを望んでいる筈です」
「えっ? ……あ、はい」
俺の助け船を悉くスル―しやがった。コイツ、もしかして相当の馬鹿なんじゃないか?
「いいから、ほら。ユーリ、手を合わせろ」
「えっ?」
「いただきます」
困惑し続けるユーリは俺の後に続くように動作を真似する。
ステーキを口に頬張る、肉汁が溢れる、ソースが舌を刺激する、それでいて歯応えも十分。分厚い肉を噛み千切り胃袋の中へと納めていく。
「ユーリも、サラダだけじゃ足りないだろ。食えよ」
小さく切り分けたステーキをユーリの前に差し出す。セレナが後ろから口うるさくしているが関係無い。それに応じる様にユーリはステーキを口にする。
「お、おいしいぃ~!」
「だろ? さすが王城、出す物が違うわ」
その後はテーブルマナーなどそっちのけで食事は続く。
「いけませんよ、ユーリ様の為になりません」
「為って……別に今習わなくてもいいだろ? いつか習えばいいんだよ、そんなもん」
「育児が面倒な父親面しないでいただけませんか? ユーリ様の将来の為なのですよ? それに、食事時くらい仮面を外されたらどうなのですか?」
「アンタだって、厳しめの母親面すんなよ、良い迷惑だろ。それに仮面は外さねぇ。アイデンティティだからな、個性は大事にしたいんだよ」
ユーリの頬に付いたソースを拭き取りながらセレナと口論を繰り広げる。
「ごちそうさまでした」
ユーリと共に手を合わせ食事を終わらせる。セレナは未だに納得がいっていない表情だがそんなものは無視してユーリに割り当てられた部屋へと戻る。
「とりあえず説明するぞ。この世界の事と、オマエがどうしてココにいるのか」
神妙な面持ちでベッドに座るユーリに説明を始める。この世界のこと、星光体や魔王の事、ある程度の世界情勢に危険な生物について。
「––––と……まあこんなところだ。要はユーリは魔王を倒す為に召喚されたってことだ」
「な、なるほどぉ……」
「大雑把過ぎませんか? 書庫に行けば詳しい文献がありますよ?」
「あ、あはは……今はコレで精一杯かも……」
コイツはもしかして自覚の無い馬鹿なんじゃないのか?
「十日後……ケルベロスさんと戦うんですよね?」
「ああ、殺す気で行く。酷だが、でなければ魔王に手も足も出んからな」
目を伏せ顔をしかめる、今にも泣き出しそうな顔で手元のシーツを弄ぶ。
「魔王が、皆さんを苦しめているんですよね? 魔王って、なんなんですか?」
「今から十二年前に発生した
「ありとあらゆる生命を取り込み、その情報を元に魔物を世界に解き放った張本人です。ですので狼型の魔物や熊型の魔物、動物に酷似する魔物が多数存在するという訳です」
未だそこに到達した者が存在しないと言われている魔王城。東の海の果て、島国に存在する。以前調査隊が派遣されたがその悉くが全滅したという。
「話によれば最近は徐々にこちらに移動してきているらしいがな。島ごと海を移動し、いつかはこちらの大陸に……その前に勇者であるオマエが奴を倒すというわけだ」
「……勝てるの?」
「それを調べるための模擬戦だ。明日は早速オマエの力を試すぞ、今日はゆっくり寝ていろ」
「……うん」
ベッドの傍の椅子から立ち上がろうとする。しかしそれはユーリが俺の袖を引く事によって止められる。
「どうした?」
「……一緒に……寝て貰えない……かな?」
今にも泣き出しそうな声。それもそうだ、訳も分からずこんな世界に召喚されて命を懸けて戦えなんて言われて、はいそうですかなんて頷ける訳が無い。
ならば同性のセレナの方がと彼女の方を見るが、溜め息を一つ吐き出し立ち上がる。
「貴方の方が適任なのでしょうね……傍に居て上げて下さい」
そそくさと退室し、俺とユーリの二人だけが部屋に残された。
「お、おいっ! どうすんだよ!?」
やめてくれ、コイツと二人きりにしないでくれ。助け船が裏目に出た。少しだけユーリに懐かれてしまったか?
絶対に殺すと決めていながらも、心のどこかでユーリを見捨てられない自分がいる。
そういう心が、結果的に俺の首を締め付けるというのに。
「ハァ…………」
深く溜め息を吐く。ユーリの頭を優しく撫でる。
「……今日だけな?」
「……うん」
大丈夫、まだ殺せる。彼女からの愛着を押し殺し絶命にまで持ち込める。
一体何の言い訳をしているんだと心の中で愚痴り、二人で共に夜を過ごす。
勇者なんていう波乱の登場人物は、俺の日常に立ち入らせない。
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