第30話
天蓋から地上へと墜ちていく。地上ではニルス以外の者が驚きの声を上げ迎え入れる。
「ど、どうしたんですか、いきなり!?天蓋の外に行くなんて!?」
「戻って来れただろう、あまり騒ぐな。……それより、問題は……」
すぐに勇者の方に目をやる。『月星』の腕の中で安らかに寝息を立てている、明らかに無害の少女だが、彼女の掲げる星も一際強力なのは間違い無いだろう。
「
誰に聞こえるでもない言葉を放つ、七星が困惑する中、国王の傍に詰め寄る。
「どうする御積りですか?そのような幼子に魔王を討伐せよと、そう命じるのですか?」
「一度力を見る、それからどうするか決めるとしよう」
「では、私が試させて貰ってもよろしいでしょうか?」
「君がか……強いのだろうな?」
「ええ、先の天蓋を飛び越えた胆力、そちらに目を向けて頂ければ。『明星』には劣りますが、力を試す程度なら何とか果たして見せましょう」
すらすらと適当な言を並べ立てる。うむと一捻りした国王はすぐに了承の言を発してくれた。
「感謝致します。私めも命を狙う積もりで臨ませて頂きます」
「ああ、『明星』以下の君を打倒出来ないのであれば魔王討伐など夢の先だろう。実力不足と断じたならば、殺してくれて構わない」
よし、これで言質は取れた。誰が何と言おうと、これで合法的に勇者を殺せる。何も知らない転生者、可哀想とは思うがそれはまた別の話だ。
殺す。強大な力を持ったオマエは将来確実に魔王を仕留めるのだろう……しかし、そんなことはさせはしない。
「勇者が目を覚まし、そこから十日後、実力を測る。皆、自身の配置に戻れ」
十日後か、効率重視なオスカー様にしては随分と余裕を持ったな。しかし問題は無い、どの道殺すのだから。
「それと……丁度良い、ケルベロス、そなたを勇者の世話係に任命する」
「………………は?」
いきなり何を言い出すんだこの爺さんは、遂に頭がおかしくなったのだろうか。
「ほ……本来の職務があります故……」
「国王の特命だ、君の変わりは別で手配させる」
こんな時には国王の威厳を遺憾無く発揮しやがって……。
「私は男、彼女は少女です。やはり同じ女性の方が好ましいのでは?」
「気にするな」
気にするなってなんだよ、少しは正論で返してみろよこのクソ爺。
「有事の際に止められる者が傍に着いた方がいいだろう。それが出来る自身があるから模擬戦に立候補したのだろう?」
俺の心を見透かしたように正論を叩き付ける国王。完全に逃げ道を失ったが……腹を括るしかないか。
「了解しました。その命、私めにお任せを」
慣れない敬語に吐き気を感じながらも勇者を抱える『月星』の元へ向かう。
「引き取ろう、先ずはゆっくりと休める場所へ移動させよう」
俺の言葉に警戒を示す様に彼女は勇者を強く抱き寄せる。言葉は発さないが、その瞳と気配から明らかに俺を警戒しているのが見て取れる。
「……どうした? 早く渡せ」
「死の匂いがする……信用できない」
「国王の命令だぞ、関係無いだろう」
「私もお世話をします」
「…………はぁ?」
驚きと落胆の溜め息が同時に上がる、唯でさえ面倒な世話係を七星に監視されながら過ごせというのか。
確かに『月星』の顔は非常に整っている。しかし辛気臭く嘘臭い、コイツのことは何故か本能が拒絶している。おそらく星神と交信したあの術を使うせいなのだろうが。
「それでは私も世話係に任命下さい」
「よかろう」
二つ返事で答えるなよクソ爺。七星は暇人揃いなのかよ。
「それでは、参りましょう」
「……了解した」
彼女の足跡を辿るようにして後に続く。
元々勇者をもてなす為に用意してあったのか、目的の部屋にはすぐに辿り着けた。
豪華なベッドに装飾の数々。日当たりも良好と言う事無しだ。それだけ勇者の機嫌を損ねまいとしているのが見て取れる。
『月星』は勇者を優しくベッドに下ろし、側にある椅子に腰を掛ける。それに見習うようにして、俺も窓の側に置いてある椅子に腰掛ける。
「…………」
「…………」
無言。最早何時間経ったろうか、日は沈み始め、黄昏時の光が部屋の中に入り込んでくる。
「自己紹介をしていませんでしたね」
「ああ?」
突如発せられた言葉に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「知ってるよ、『月星』だろう?」
「それは七星としての名です。私はセレナ・バーネット。貴方のお名前は?」
「ケルベロスだ」
俺の返答にセレナは少し顔をしかめる。
「これから……少なくとも十日は共に過ごすのです。顔はともかくとして、名乗るくらいはよろしいのじゃなくて?」
「だから名乗ったろう? ケルベロスだ。そもそも、名前なんてただの記号だ。そこにいちいち意味を問うな」
警戒心が僅かな敵意に移り変わる。かまわない、どの道セレナと仲良くなるつもりなど無い。
そして、勇者は必ず殺すのだから。コイツ等に素性を晒す気は微塵も無い。
「……んん……んうん……」
俺たちの話し声が気になったのか、勇者の喉から呻き声が聞こえてくる。
自身の小さな手で目を擦りながら上体を起こす。
黒髪に白のメッシュが入った頭髪。それだけでも珍しいのに、更に目を引くのは彼女の痣だ。額と頬の部分に白い規則的な痣のような紋様が刻まれている。
「……ここ……は?」
小さな鈴がころころと転がったような可愛らしい声が静まり帰った部屋を満たす。
「ここはアステリオ王国軍の客室ですよ。貴方の目覚めを待っていました、勇者様」
「ゆう……しゃ?」
「はい。世界を滅亡せんとする魔王を討伐していただく、その為に数多の星神より啓示を授かり貴方様を呼び寄せたという次第に御座います」
「…………?」
幼い勇者の頭にはハテナマークが浮かんでいるのが見て取れる。溜め息を零しながら両名に助け船を出してやる。
「よお、取り敢えず腹減ってねぇか? 寝起きだろ? 食いたい物が無けりゃ、せめて飲み物でも飲まないか?」
狼の面をした男に少し警戒をしているのだろう、勇者は恐る恐る答える。
「あ、お腹は……空いてるかも」
「決まりだ。セレナ、案内してくれ。この中は詳しく無いんだ」
「え、ええ……分かりました。こちらです」
ベットを下りようとする勇者にクローゼットに入っていた靴を差し出す。
「ほら、服も……どうする? 男物しかねぇみてぇだけど」
「あ、このままで大丈夫です」
灰色のローブを身に纏った勇者は立ち上がり、俺の横をトコトコと可愛らしい擬音が聞こえてきそうな歩幅でぴったり付いて来る。
「ケルベロスだ。名乗ってなかったな」
セレナのように難癖を付けられては堪らない。仲良くするつもりは無いが、嫌われたいわけでは無い。殺すまでの短い間だけ、それまでの辛抱だ。
「あ……そのぉ……」
「どうした?」
「私……名前とか……思い出せなくて……神様に言われて来ただけで……ごめんなさい」
申し訳無さそうに目を伏せる勇者。元々小さな体を更に小さくさせ俯いている。
「……だったら……勇者だろ? そうだな……ユーリとでも名乗っておけ。気に入らなければ自分で付けるんだな」
俺の言葉に徐々に顔を明るくしている勇者を尻目にセレナの後を追う。
「あ、ありがとうっ! ケルベロスっ!」
小走りに追いかけてくるユーリを一瞥し、俺たちは通路を進む。
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