第29話

 地に描かれる意味不明な紋様の数々。既に他の七星、それに国王様までもが待機していた。


 紋様の中央には見た事の無い少女、おそらくあれが勇者召喚の鍵を握る『月星ツクヨミ』という奴だろう。


 軍服に白く月の紋様が描かれた外套。黒の長い髪を後ろに結び下げている。表情は無機質、そこに何の感情も無い様に、ただ黙って紋様を見下ろしている。


「ニルス」


「ケルベロスか。よく来てくれた」


 国王の傍で待機しているニルスに声を掛ける。申し訳無さそうに顔を僅かに歪ませる。


「気にするな……それで、これだけか?」


「ああ、後は準備が整うのを待つだけだ」


 七星が各々の好きな位置で待機し神妙な面持ちで召喚の儀式の時を待っている。


 無機質な黒塗りの部屋。紋様だけが淡く輝き怪しい雰囲気を醸し出している。


 そんな中、俺とニルスに話し掛けてくる一つの人影があった。


「君がケルベロス君だね。話は聞いているよ。僕はジューダス・ライフレイン。七星の『時星クロノス』だ、よろしくね」


 にこやかな笑顔を向けてくる白髪の優男。コイツの顔は知っている、表に公然的に顔を出している七星の一人だ。その整ったルックスから女性人気が非常に高く、女性軍人の多くは彼目当てで入隊する者も多いと聞く。


 七星には表に顔を出す者と出さない者がいる。ミユキなんて名前は公表されていないし、逆に言えばニルスとジューダスは軍の広告塔だ。


「余計な詮索はするなよ、クロノス」


「いやだなぁ、そんな事する訳無いじゃないかぁ」


 またしてもにこやかな笑顔を見せるジューダス。しかしその笑顔が一瞬にして凍り付いたような笑顔に変貌する。冷や汗が流れ、顔が青くなり、視線も俺から外す様にそっぽを向き出す。


「……せ、詮索は……しないよ?」


「見たのか……?」


「まあ……アンタには今更って感じだしな」


 『時星』の能力、それは時を止める事。単純明快な力。七星設立当初からその席に座り続ける唯一の男。純粋な破壊力では他に劣るものの、その唯一性は群を抜いている。


 つまり、時を止め、その隙に俺の仮面を剥がして素顔を見たのだろう。


「ゴ、ゴメンね? まさかとは思ったんだけど……やっぱり君だったんだねぇ……」


「まあな、内緒で……って言ってもミユキには既にバレてるんだよなぁ」


「内緒ね、うんうん。喋らないよ、僕からは」


 昔何度か顔を合わせたことがあるし、今の俺は軍属だ。軍の情報を全て知り尽くしているジューダスにとってはいずれ知られる事由だったのかもしれない。


「――――整いました。いつでもいけます」


 部屋の中に響く鈴のような声。『月星』が国王に視線をやり、指示を煽っている。


「うむ、それでは各々配置に着け」


 国王の一声が上がる。ニルスを筆頭に七星は紋様の周囲に展開する。俺もそれに習う様にして国王の傍に着く。


 皆一様に表情を硬く保ち身構えている。それも仕方が無い、以前召喚した際に呼び出されたのがあのユウトなのだ。一部も隙も無く、何が出て来ても対応出来る様にするのは当然の事。


 それをこの爺さんは、短い間隔でよくもまあ呼び出すものだ。軽蔑の眼差しで国王を一瞥する。


「天蓋の果ての星神よ、我らが尊き御方よ、叫びと嘆きを祓うものよ」


 交信の為の祈りの言葉。遥か天上、天蓋のその先に存在するこの世界の神、星神に届けるべき懇願の詠唱を『月星』は謳う。


 紋様の輝きが一層その輝きを増し、淡い光が部屋を満たす。


「アステリオ様、我らの祈りを捧げます。どうか彼方より選ばれし勇ある者を、魔を滅する光の御子を、我らにお与えください」


 紋様の描かれた地点の天井にヒビが入り、空間の結晶が紋様に吸い込まれるようにして落ちていく。


「『外法サークル人は至れず、勇ある星の煌きがブレイブサーガ・エルステラ』」


 天蓋が砕け散り、その先の星の海を覗かせる。眩く煌めく星の海、天蓋の先、人と分かたれた星神が暮らす世界。その境界線を破り、一人の光が地に墜ちる。


「女の……子?」


 思わず口から声が漏れる。現れたのは小さな女の子、歳はどう見ても俺やニルスの下、外見からすればおおよそ十歳程度の幼女といったところだろうか。


 星の煌めきを受けながら、その子はゆっくりと紋様の元へと向かう。意識は無いらしく、瞼を下ろし寝息を立てている。


 誰もが息を吐き、胸を撫で下ろす。想像していた災禍の権化を容易に下回った少女が呼び出されたのだ。それは当然の反応だろう。


 しかし、俺とニルスはそうはならず、砕けた天蓋の先を睨み続ける。その先に存在する星神、アステリオの気配を掴んで離さない。


 ニルスの傍に歩み寄り共に天蓋を見上げる。


「任せていいか?」


「ああ、行って来るといい」


 ニルスの了承を得た俺は天蓋の先へと飛び込む。後ろから静止する声が聞こえてくるが関係無い。俺は神々が住まう聖域へと足を踏み入れた。


 星の煌めきが蠢く世界。星光が充満したその中に、目当ての神が佇んでいた。


 白く輝く長い髪、神に性別があるのかと言えば否だが、人で言うのなら女性の体。何かに……いいや、俺に怯えきった表情を更に強張らせている。


「よぉ、アステリオ。五年ぶりか?」


「な、なんでアンタがいるのよおおおおおおッ!?」


 白いローブを被るようにして隠れる。その瞳に涙を浮かべ、怯えながら土下座を繰り返す。


「ち、違うのよぉ!前のはちょっと頭のおかしい感じの子だったけど、今回のは大丈夫だからぁ!!」


「やっぱりオマエの仕業か……何で今になって地上に干渉してきたんだ?」


「だ……だって……いつまで経っても魔王が死なないから……我が勇者を遣わせて魔王を殺したら……『冥星』から見逃されるかなぁ……って」


「ああん?」


「ヒィッ!?ごめんなさい、人材が不適当でした謝りますですのでどうか御命だけはお助け下さい今回の子は良い子なんです聖人ですのできっと悪い事はしませんからどうか命だけはあああああああっ!!!」


 早口で捲し立てる女神。アステリオは完全に俺に恐怖している。何故コイツが……いいや、現存する神の全てが俺に恐怖しているのかと言うと理由は明白だ。


 十二年以上前から地上で発生し続けた天変地異、神々の都合で起こされたそれに俺の堪忍袋の緒が切れた。五年前、地上に害を及ぼす神々を皆殺しにし、俺に逆らわず平伏し地上に富を与える神のみを殺さずにして。


 その結果がアステリオの態度の原因である。


「殺しはしねぇよ。余計な干渉をするな、魔王は生きていてくれて構わないんだから」


「へぇ?」


 鼻水を垂らし床に擦り付けていた頭を上げ素っ頓狂な声を上げる。


「な、なんでなの?」


「魔王は謂わば抑止力だ。ヤツが存在する限り人類は魔族との戦いを強いられる。人同士で争うよりはよっぽど建設的だろ?」


「ええ?……魔王の近くの人間は結構死に絶えたりしてますけども……?」


「ああ――――だからどうした?」


 魔王によって虐げられている人間は確かにいる、しかしそれが俺に何の関係があるのか。少なくともフール村には危害が及んでいない、港町を越え、こちらの大陸にまで攻め込んできたその時に魔王を殺せばいいだけの話だ。


「あ、相変わらずの屑っぷりね……」


「うるせぇな。ってな訳だから、あの勇者ちゃんは帰してやれよ。どうせその辺の異世界から呼んだんだろ?」


 すると女神はバツの悪そうな顔で頭を掻く。


「それが……そのぉ……」


「なんだよ、早く言え」


「帰せないんですよねぇ……死んだ人間を使ったから……ですので彼女には残りの余生を過ごして貰う必要がありましてぇ……」


 コイツは本当に……なんというか……もう……。


「使えねぇ奴だなぁ……」


「だ、誰が使えないよっ!アンタの目さえなければもっと出来る子なのよっ!」


 溜め息が出る。強大な力を持つであろう勇者が間違い無く呼び出されたのだ。王様は間違い無く魔王を討伐するように嗾けるだろうし……今魔王に死なれるのは困る。


「……殺すか」


「ダメダメ!我の可愛い転生者を殺すのはダメだってばぁー!今度のは良い子だから!無垢なただの子供だからぁー!」


「そんな子供に魔王を殺させようとするなよ……それにユウトも可愛いって分類されてるのか?」


「ある意味可愛いでしょ? 凡人が燻ってどうにも立ち行かない感じが」


「……アンタも十分屑だよ」


 ここにいてもしょうがないと踵を返し天蓋の穴へと向かう。


「も、もう帰るんですか!?い、いやぁーもう少しゆっくりしていけばいいのにーザンネンダナー」


「心にも無い事を言うんじゃねぇよ……次に地上からの干渉があっても何も返事をするなよ。オマエは地上にとって都合のいい事だけを振り撒いていればいいんだ」


「わ、分かってますぅ。もうしませーん」


 コイツ……俺が帰るからって調子に乗ってやがるな。


「分かってるだろ? 何かすれば殺すからな、それだけは肝に銘じておけ」


 最後に少し釘を刺し、俺は地上へと墜りていく。


 勇者か……何とかしないとな……。






 


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