第28話
「勇者召喚って……王様はバカなんじゃねぇのか?」
「お願いだから直接無礼を働かないで頂戴ね」
水無月の終わり、俺は王都にあるキリュウ家へと訪れた。用意された変装衣装に身を包みながらマリナに愚痴る。
「いやいや、痛い目見ておきながらすぐにコレだろ? 頭おかしいってあの爺さん」
「それ程までに早急に魔王を討伐したいと考えているのでしょうね」
「それにしても、だ。やっぱりバカだよ」
いつもの軍服、それにフードが付けられ改造されている。フードを目深に被り、狼の面を装着する。
「これで良し」
「コードネームはケルベロス。要人……国王様の護衛が貴方の任務よ。簡単でしょ?」
「簡単、それでも憂鬱だ。こんなに派手に人前に出るのは初めてだしな」
「国王様が如何しても儀式を間近で見たいらしくてね。他の七星も全て揃うわ、前回のような勇者が呼び出された際はニルス君が対処する。貴方は国王のみの護衛に注力して」
「了解だ」
少し服装を整えつつも、マリナとの世間話に花を咲かせる為に適当な話題を振る。
「最近はどうだ? 蒸気機関。流行ってるらしいじゃねぇか」
「ええ、ある程度は普及させられたわ。後は機関車の完成を待つばかりね」
「ハハッ! そうなりゃキリュウ家は貴族でも最上位に昇り詰めるんじゃないか? いいねぇ、夢が実現できそうで」
「そうね、アイルのお陰でもあるわね。っと、いけない。ごめんなさいね、これから会議があるのよ。詳しい事は本部にいるチドリに聞いて頂戴」
「おうおう、こっちは万事問題ねぇよ。心配すんな」
仮面で少しくぐもった声になりながらも精一杯の声援を発声しマリナを優しく送り出す。
気を取り直すようにして、俺も軍の本部へと歩みを進める。
――――
軍に着いた俺はチドリに案内されながらも奥へと進む。ただの一度も会話は無く、目すら合わせようとしてこない。流石にあれだけ脅したのが不味かったのだろうか。
「別に……アレは脅しであって本気で殺そうって訳じゃ無いからな?」
沈黙の中で発せられた言葉は呆気なく無視され空気に溶ける。
仕方ないと諦めた所に、チドリが俺の方を一瞥する。
「申し訳ございません。私の至らなさが、貴方達を危険に晒した」
「え?」
直ぐに正面を向き直り、何事も無かったように歩みを続ける。
消え入りそうな、それでも確かな謝罪の言葉。別にそんなことを望んでいた訳では無かったが、それでも彼女の誠意と生真面目さが伺えた。
「真面目なんだな」
返答を求めずに放った言葉。
少しは彼女と打ち解けただろうか。良かった、マリナの護衛を殺すなんてことはしなくてもよさそうだ。
更に奥へ奥へと通路を進む。人の流れも次第に減り、軍の上層部の連中とすれ違うことが多くなった。
「あ、あのあのっ! ケルベロスさん……ですよね?」
鈴の音のような高く澄んだ声。ケルベロス、それが今の俺の名だ。声のした方向、俺は目線を下に下げ相手の姿を確認する。
流れる緑色の頭髪に金色のアホ毛がはみ出ている。背丈同様に幼く、恐らく成人はしていないだろう。不安気に瞳を揺らしながらこちらを見上げてくる女の子。小さく縮こまり胸の前で指をこねている。
「こ、国王様の護衛と聞きました。な、なので、ご挨拶をと思いまして……」
おどおどとしていて落ち着きが無い。一見すればただの迷子なのだが、この子はきちんと軍服を見に纏っている。
それも七星が纏う外套を身に付けている。色は黄色。黒地に黄色の稲妻の模様が散りばめられている。
「クリスティーナ・シュピーエル准将であります。七星の『
つまりこの子はこの若さで七星に至ったということか。それでもなお彼女の態度は変わらず自身無さ気に目を伏せる。
「ケルベロスだ。よろしく頼む」
多くは語らず、握手のみを求めるように手を伸ばす。それに応じるようにクリスティーナも手を握り返してくれる。
そのまま俺たち三人は一緒になって通路を歩く。
会話は発生しないが、それも仕方が無い。どこから正体がバレるのか分からない以上、あまり語らない方がいいだろう。
「あっ」
通路を曲がった先で、俺は過去のトラウマと直面する。
「ミユキちゃん! どうしたのですか、誰かを待たれているようですが……」
「うん……そっちの人狼ちゃんをね」
きっちりと軍服を身に纏った少女のような男。以前、娼館に訪れた俺を出迎え、俺の心に若干のトラウマを埋め付けた張本人が目の前でニヤつきながら立っていた。
「久しぶりだねぇ、ケルちゃん。元気にしてたかい?」
これは間違い無く、気付いている目だ。表情は普通だが目が違う。完全に笑っている。
「お知り合いだったのですか?」
「うん……ちょっとね」
やめろよお前、喋ったら殺すぞ。悪念を叩き付けながらミユキを視線のみで牽制する。
「大丈夫、クリスちゃんには秘密だから……ねっ?」
「秘密……ですか?」
「詮索はいけないよ、クリスちゃん。これは僕達だけの秘密なんだからさ」
話しながらミユキは俺の腰に手を当てて抱きついてくる。引き剥がそうとしたが、コイツの機嫌を損ねて言いふらされでもしたらたまったものでは無い。
このまま抱きつかれながらも通路を進む。
通路の突き当たり、無機質な黒の扉をチドリがゆっくりと開く。
「私はここまでです。どうぞ、お入り下さい」
チドリに促されるままに俺たちは三人で入室する。
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