第二章
第27話
勇者騒動から早一ヶ月。世間では蒸気機関の登場により加速度的に文明レベルが上昇し始めている。
その上、祝祭の開催も近いとなれば王都はまさにお祭り騒ぎだ。毎日の様に試行錯誤し発展し、激動の最中に置かれている。
一方、俺たちの住まうフール村はというと……。
「変わらねぇよなぁ……」
畑の雑草を取り除きながら、一人愚痴る。もう少しこっちにも甘い汁を吸わせてくれてもいいだろうにとマリナを恨みつつも、変わらぬ日常に感謝もしつつ、作業を続ける。
「……オマエはさっきから何をやってんだよ」
「おお……見ろ、ダンゴムシが交尾しとるぞ」
隣で身を屈め地面で体を重ね合うダンゴムシを凝視するファヴニールの頭に手刀を食らわせる。
「ぷぎゃッ!?」
「やめなさい」
先の一件で家、及び財宝が丸々吹き飛んだファヴニールは我が家で絶賛居候中である。
「生命の神秘じゃろうがッ! 気にならんのかぁっ!」
「そっとしてやれよ……そいつ等も盛り上れねぇだろ?」
「何を言うか! 見られれば興奮するのは常識であろうにっ!」
「オマエの常識だろうが、いいから働け。飯抜きにするぞ?」
「な、なんじゃあ!? 脅しか!? 屈さぬぞ、ワシは屈さぬぞぅ……」
そうは言いつつも渋々と手を動かすファヴニール。星獣とは本来食事を取らず、周囲の星光を取り込みながら生活をしている。故に食費に関しては困らない。
星光体は星光の塊だ。つまりは餌の宝庫、俺から星光を吸い取り腹を満たす。コイツが居候をして困るのはそれぐらいだろうか。
「な、なあアイルぅ。そ、そろそろ昼飯時じゃろぉ……いいじゃろ?」
溜め息が出る。食事の為とは言え、毎度毎度コイツから吸われるというのは辛い物がある。
体力的な物ではなく、精神的に辛いのだ。俺たちは近くにある小屋の物陰に移動する。
「むぅ……ワシは皆が見ていても気にせんというのに……」
「俺が気にするんだよ。……いいから、吸え」
少し屈むとファヴニールが抱き着いてくる。首筋を舌で舐め上げられ、背筋に電撃が走る。
星光を流し込むのに本来こんな事は必要無い。しかし出来る事なら肌を密着させ合った方が効率が良いのだ。故にこれは仕方の無い事、これは仕方が無い、仕方が無いのである。
「んっ!……おい、噛み付くなよ……」
「血も……中々良い味じゃのぉ……」
首筋から血が垂れ落ちファヴニールがそれを啜る。完全に発情したファヴニールは更に体を強く密着させる。
「おい……そろそろ――――」
頭が蕩け、思考が鈍った瞬間にファヴニールは自身の口で俺の口を塞ぎ込む。口内を舌で弄られ、唾液を全て吸引される。強引なソレはお互いの歯が当たろうがお構いなしと言わんばかりに続けられる。
「ま……満足じゃぁ……」
息も絶え絶えに、ファヴニールは俺の胸に頭を埋もれさせる。それを優しく抱き留め、軽く撫でてやる。
肉体的に辛い訳では無い。星光は湯水の如く溢れ出す、底無しだ、だから辛くは無い。しかし毎度毎度こんな風に求められては村の皆の目を気にしてしまう。
首筋に付けられた傷跡が塞がったのを確認し、もう一度彼女の頭を撫でる。
「立てるか?」
「ま、まだ……もうちょっとじゃぁ……」
蕩けた声を出す彼女の頭を撫で続けながら、しっかりと抱き締める。
こういう事は狭い村の中では確かに困る。しかし、コイツを村から追い出せば別の星光体を襲うかもしれない。膨大な星光の味を覚えた星獣の欲求は自分自身でも止められないだろう。
何処かの誰かに手を出されるぐらいなら、俺が代わりに受けてやりたい。だからコレは仕方が無く、どうしようも無い事なのだ。
――――
時が経ち、時刻は夕刻。俺は避難する様にナツメの家へと訪れる。
「またなの?」
「しょうがねぇだろ? こっちはファヴに寝込みを襲われるんだから。寝て起きたら全裸で抱き合って寝ていた俺の気持ちが分かるか?」
ファヴニールの欲求が爆発した瞬間、俺は寝込みを襲われ、気が付けば朝日をファヴニールと同じベッドで迎えていた。
猥談に少し顔を赤らめながらもナツメは床の準備をしてくれる。
「僕だって女の子なんだからね? そういう話は遠慮して貰えるかなぁ?」
「いいじゃねぇか、偶には愚痴らせてくれよ、ほい晩飯ね」
サルビア特製のシチューを手渡しながら小屋に入れて貰う。
「それで? シエルとはどうなの? あれから何かあった?」
あれから、勇者の一件、その夜の出来事。愛の告白を受け、恋人とは言えず、かと言ってキッパリと断った訳でも無い歪な関係が続いている。
「……忘れた頃にベッドに潜り込まれる」
「いいじゃないか。正にハーレム、男の夢だね」
まるで他人事のように話しながらシチューを貪るナツメ。
「溜め息ばっかっていうか……世間の目に押し潰されそうというか……」
「別にみんな気にしないと思うけど、本人達がいいならそれでいいんじゃないの?」
「気軽に言ってくれやがりますねぇ……」
「気負い過ぎなんだよ、来るもの拒まず、博愛主義の精神で接すればいいんだよ」
そんなもんかねぇと食事にありつく。
そんな時に、ふと小屋の扉が叩かれる。
「んん? どうぞぉ?」
扉を開けたのは小柄なリス、時間を掛けて精一杯の力を込めてほんの僅かに扉を開ける。小太りで茶色の毛並み、汗だくになりながらも背中に仕舞われた手紙を手渡してくれる。
「郵便リス……?……マリナか」
俺宛てに手紙が来る理由なんてそれしか思い浮かばない。労いの気持ちでリスにシチューを分け与えながら、俺は手紙を開く。
『水無月の終わりの日、勇者召喚の儀を執り行います。顔を隠して参加する様に』
「はぁ…………?」
困惑と憂鬱な溜め息が同時に出る。
しかしマリナに呼ばれたのならば仕方が無い、腹を括り、覚悟を決めなければいけない。
少し気が重いが、それでも臨時の収入と思い気張らねば。
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