弟23話

「中々の上玉、今までに見ない種類の美少女だなぁ、うん」


 値踏みをするようにファヴニールの肢体を見つめるユウト。洞窟のを斜めに穿った横穴が対峙する二人を照らす。


「よし、オマエ、命乞いをしろ。そうすれば奴隷として飼ってやる」


「…………黙れ、下種が」


 勇者ユウトは、根本からして屑である。男は皆殺しに、女は気に入れば手元に置き全てを犯す。気に入らなければ村ごと滅ぼし、少しでも逆らえば命は無い。


「当然、抵抗してくれても構わない。そういうのを”分からせて”やるのも一興だ」


 ユウトの手がゆっくりとファヴニールの体へと伸びる。


 ––––その瞬間。


「––––ああ?」


 ユウトの右腕に衝撃が奔る。そちらを見ると刺さっている一本の矢。翡翠の風を纏った矢が炸裂する。


 豪風。発生するかまいたち、ユウトの全身を細切れにする時限爆弾。


「なッ––––めるなぁッ!!」


 灰の光が放たれ矢は瞬間的に消滅する。


 ユウトは矢の放たれた方角を目視で追う、しかし。


「居ない……いや」


 ファヴニールが吹き飛ばされて出来た横穴、その方角を見るが襲撃者の姿は無い。外に見えるのは岩肌、その遥か前方に森林が見える、ただそれだけ。


 しかし当然の如くユウトを襲う、二撃、三撃と放たれる星屑の矢。


「成程……遠距離狙撃か。ただの弓矢でなぁ……」


 ユウトは右腕を撫でればすぐに傷が塞がり消える。


 奥の森林に目を凝らすと弓を構えたエルフ、シエルが大木の枝に立ちもう一撃加える為に弓を引いている。


 霞が掛かる程の長距離、ユウトは感心しながらも灰の光を上空から叩き落とす。


 いとも簡単にシエルの姿は灰の光へと飲み込まれる。あっけない終わりだと嘲笑い、背後を振り向こうとするユウト。


「『煌け星屑』、『風の雷双ウィンドジャベリン


 背後には先程灰の光に飲み込まれた筈のシエルの姿、ファヴニールを抱え、雷を纏いユウトの脇を疾走する。


「ああッ!?」


 不意を突かれたユウトは二人の逃走を許してしまう。即座に追走し、シエルに肉薄する。


「『樹木の反乱リーフアベンジャー』ッ!」


 腕の装飾に仕込んだ樹木の種に星光を流し込み発動する星屑術。ユウトの行く手を阻むと同時に自身の体を根で引っ張り上げる。


 そんな目くらましを物ともせずに疾走するユウト。岩壁に根を這わせ加速するシエル。


 場面は東の山脈、ファヴニールの住処へと移される。


 シエルは地面へと着地し岩肌に身を隠す。


「『樹木の隠者リーフミュートス』」


 岩の陰から現れる五人のシエル。全ての弓がユウトヘ向かい、構えた弓から翡翠の風が迸る。


「雑魚がッ!うざったいんだよッ!」


 樹の分身はいとも簡単に灰の光に飲み込まれる。


「逃げてんじゃねぇッ!!」


 分身をおとりにし、シエルは更に距離を取る。


 元々の身体能力の差、星光体とエルフの身体能力の差は歴然である。


 即座に背後に追い付かれたシエル。ユウトの蹴りがシエルの背中に迫る。


「ぐっ――――うぅッ!」


 シエルの腕の中に抱えられていたファヴニールが飛び出し、シエルを庇う。


 二人の体が空を裂く、肉の弾丸と化す。二人はファヴニールの住処、その小屋に激突する。


 息が止まる、血潮が飛び散る。小屋に衝突してもなお、勢いは殺しきれない。地面を抉るようにして漸く止まる。腕の肉が抉れ、足も折れたのか動く気配が無い。


「ハァ……ファヴ……ニール」


 それでもと体に鞭を打ち体を動かすシエル。傷だらけになり血塗れになった体を這いずりながらファヴニールの元へ向かう。


「ファヴニール…………ファヴニールッ!」


 悲痛の呼び声は虚しく空に溶けて消える。


「やっとかよ。無駄に手こずらせやがって。まっ、その分楽しませてもらうけどなぁ」


 下賤な笑みを浮かべたユウトが二人へ迫る。


「ユ、ユウト様っ!」


「ご無事ですかっ!?」


「遅ぇよ、何やってたんだよ、ったく……」


 ユウトの元へ駆け寄るのは二人の従者。戦闘を行うユウトへと漸く追いつくができた。


 二人の思考には隙を見てユウトから逃げようなどとは微塵も思っていなかった。逃げた所ですぐに見つかる、そこで殺されるぐらいなら恐怖に苛まれながらも彼に付いて行こう。


 以前存在した従者十名の内の生き残りである彼女らはこの環境下で生きるために泥を啜ることを選んだのだ。


「おい、アレを出せ」


「は、はいィ!」


 エルフの従者が懐を漁り、取り出したのは一つの小瓶。桃色の毒々しい色をした液体が中で妖しく蠢いている。


「これはな、強力な媚薬でな? 体が芯から疼いて堪らなくなるらしくてな?」


 瓶を受け取り、下賎で陰湿な笑みを浮かべながらゆっくりとファヴニールへと歩み寄る。まるで、その道程すらも楽しむように。


「星獣に対しては試したことが無くてな、そもそも喋れる奴が殆どいない。効かなきゃそれでもいい、どうせそこの糞エルフにも使うしな」


 その言葉を聞いた瞬間、ファヴニールは大気中から星光を掻き集め自身の傷を修復しながら立ち上がる。


 折れ曲がった四肢に背骨、必要最低限の動く為に必要な部位のみの修復。全身から血を滴らせながら、翼を地面に突き刺し支えにし、立ち上がる。


「なんだ、庇ってるつもりか?」


 両手を広げ、シエルとユウトとの間を遮る。既に瞳に生気は無く、半ば気合と根性で体を動かす。


「………生命は……宝だ。……それを、奪ってはいかん……」


 少し喉を開けば溢れてくる血でむせ返る。


「我々には無い、輝きを生み出せるだろう………それなのに……何故奪うのだ?」


 本当に、心の底から、嘲笑うようにユウトは語る。


「お前は馬鹿か? 都合が良ければ生かしてやるし、邪魔なら殺す。当たり前だろうが、夢でも見てんのかアホドラゴン」


 塵が道徳を説くなと吐き捨てる。ユウトにとってはそんな説法は何の価値も無い。ユウトの腕が、ファヴニールに掛かる瞬間――――。


「――――そうか、ならばッ!!」


 人間態で放たれる黄金のブレスがユウトを襲う。


 ――――しかし。


「いいねぇ、そそるぜ。そこまで抵抗されちゃあ逆に燃えて来るわ……」


 灰の光に、あっけなく飲まれて消える。


 燻る怒りを抑えつけ、ユウトは全力の拳を振り下ろす。空を裂く拳がファヴニールに迫る。その瞬間、ファヴニールの脳裏に走馬灯のように淡い記憶が駆け巡る。




――――


 洞窟の中、金銀財宝、村から奪った奴隷、それら全てに埋もれながら『暴竜』ファヴニールは暮らしていた。


 全てを貪り、欲望を満たす最中、財宝はその数を増し、いつしかその巨体全てを飲み込む程までに膨れ上がった。


 その溢れんばかりの財宝の中、新たな産声が上がる。


 奴隷が子を身籠っていたのだ。過酷な洞窟の中で食料を見つけ出し、新たな命を産み落とした。


「――――――――」


 ファヴニールの心に衝撃が奔った。なんという輝き、美しさ、過酷な状況であっても命を絶やさぬその尊さ。


 私もこう在りたい。翼も、爪も、牙もいらない。どうか人と添い遂げさせて。


 気が付けば、ファヴニールは人の形を手に入れていた。


「……何やってんだ? オマエ」


「うむっ! よくぞ聞いてくれた人の子よっ! これぞ生命の神秘! 繋ぐ事の美しさ! その象徴である――――交尾だっ!!」


 アイルとの出会いはその数百年後、豚の交尾を観察していたその時が二人の出会いだった。


「知っておるか、人の子よ。赤子とは宝だ、つまりは赤子を産み出す為の交尾は美しいっ! 美しい光景を見ていたいっ! コレはただそれだけなんじゃっ!」


「公衆の面前で、何をヤラせとんじゃっ!」


 拳骨と共に道徳を説かれる、今ではかけがえのない思い出。


 色褪せる事のない、黄金の宝。




――――


「死にはしねぇよッ! 星光さえありゃ死なねぇんだろうがッ!」


 現実に引き戻される。悪魔のように嘲笑いながら振るわれる狂拳。


「すまんな……アイル……」


 頬を伝う涙と共に、ファヴニールは瞑目する。


――――しかし、拳は届かず空を切る。周囲に轟く雷鳴と共に、ファヴニールとシエルはその姿を消す。




――――


「間に合った」


 二人を抱え、勇者から背中で庇うように抱える。


「ああ?」


 背後からは勇者のとぼけたような声が響く。しかし、今はそんなことはどうでもいい。


「……その目をしたお主は……嫌いじゃ……」


「言ってねぇで、さっさと吸え」


 全身から出血した彼女を強く胸に抱える。全身から力が抜けるような感覚、俺の中の星の力を星獣であるファヴニールに分け与える。


 傷はみるみる内に修復され、彼女の瞳に生気が宿る。


「後で散々嫌われてやるから、今は寝てろ」


 いくら傷が癒えたところで体力ばかりはどうしようもない。消耗したファヴニールは俺の腕の中で安らかに寝息を立てる。


「シエルも、ありがとな。皆の為に、コイツの為に」


 傍に倒れ伏しているシエルの頭を軽く撫でる、悔しそうに俯く彼女の瞳から涙が溢れて止まらない。


「済まない……ッ、私が……弱いから……ッ!」


「いいんだ、シエルは強いよ。ホントにありがとう、後は任せてくれ」


 影の中からケルベロスを呼び出す。二人の少女を抱え、こちらの指示を待つ。


「カイネの所に送ってやれ、慎重にな」


 コクリと俺の命令に応じる人狼。


 これで、舞台は整った。


 振り向き、滅殺するべき塵を捉える。


「肉片一つ残らねぇと思え、塵が」


「誰に向かって喋ってんだよ、糞塵が」




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