第22話
アイルがフール村を発ってから早二日。村にはいつも通り平穏な時間が流れていた。
――――その時までは。
「アレかなぁ、あの塵エルフが逃げたっていうのは」
「そ、そうです……恐らく間違いは無いかと……」
灰色の髪、赤と青のオッドアイ、勇者ユウトは東の山脈からフール村を静かに見下ろす。
「恐らくぅ……?」
「ひィッ!」
勇者が連れる従者二名の内の一人、黒いフードを被った痩せ細ったエルフは怯えた表情でユウトを見上げる。
放たれるのはユウトの拳、顔面に直撃したそれは鈍い音を響かせながらエルフの体を岩壁まで弾き飛ばす。
「恐らくって何かなぁ!俺様が足を運んでやってんだぞ!確実にいるんだろぉが、違うのかよ!」
「ギィッ!い、います!確実に!術であの子を見つけました!間違いはあり得ません!」
ユウトの側に控える別の従者も足を竦ませ、ただその光景を怯えた目で捉え続けている。
「だったら早く行くぞ。おい、出せ」
「は、はいっ!」
もう一人の赤フードを被った従者がボソリと何かを呟く。
紅の星光が舞い散り、紅き巨大な獣へとその姿を変える。成人男性の三倍はあろう肉体、獲物を屠る為の獰猛な爪と牙。星屑術で形成された肉体は並の攻撃を物ともせずに標的の元まで疾走する。
ユウトは獣に面倒臭そうに跨る。それと同様の獣を二体、従者の数だけ出現させ、皆一様に跨る。
「進め」
ユウトの命に応じる様に紅の獣が疾走する。険しい岩肌を駆け下りながらも猛スピードでフール村へと近づいて行くユウト一行。
しかしその一行の行く道を邪魔をする様に空から黄金の輝きが天墜する。見る者すら焼き焦がす程の高熱のブレス、あまりの神々しさを放つそれはまさしく神の裁きの如くユウトに降り注ぐ。
「ああ?」
ユウトを狙った暴竜の息吹、しかしそれはユウトの腕の一振り、そこから放たれる『灰の光』によって跡形も無く消滅させられてしまう。
「――――止まれ、人の子よ。ここから先へは立ち入るな」
舞い降りるは黄金の竜、『暴竜』ファヴニール。黄金色に輝く翼から赤熱した体内ガスを噴出させ空を飛んでいる。紅の獣を一口で飲みこめるほどの口を広げて行く手を阻む。
「どうした、そんな口をおっ広げて。アホ面晒して楽しいかよ」
「––––––––––」
即座に噴出されるブレス。先程の攻撃などただの手加減だと言わんばかりの破壊光線。
「だからさぁ……」
しかし、それでも––––。
「通じないって、分からないのかなぁ……」
ユウトが腕を一振り。それだけでファヴニールの攻撃はいとも容易く灰の光に飲まれて消える。
「ぐぅっ!?」
ブレスを消滅させた灰の光がファヴニールを襲う。翼からガスを高出力で噴出させ、三日月状に飛ばされた光を回避する。
「避けるなよなぁ……面倒だろうが糞塵がぁッ!!」
「––––マズイッ!?」
暴竜の片翼の先端に灰の光が霞める。触れた部分から粒子となって消滅する。
「な……にぃっ!?」
そこに痛みは無い、ただ触れた部分が最初から存在しなかったかのように消失する。
「ぐぅっ––––!?」
翼の僅かな消失から体勢を崩したファヴニールは山脈の壁面に体を擦り付ける様にして墜落する。岩肌は捲れ、岩石を粉砕した所でようやく勢いが落ちる。
その隙を、ユウトは見逃さない。
「死んでろ、塵がッ!」
倒れ伏したファヴニールに降り注ぐ極大の光。巨体である暴竜全てを包み込むほどの光は回避不能。
ユウトはファヴニールの死を確信した。
––––しかし。
竜の体から人の形態に戻り山脈の中心に目掛けてブレスを吐く。翼だけを出現させ、穿った穴に向かい飛翔する。
地中を高速で飛翔し、寸での所で灰の光の回避に成功する。
一つの山をブレスで大穴を開ける。谷を飛翔し、ユウトを狙うべく旋回する。
「面倒くせェな……糞がッ!!」
「なっ––––!?」
高速で飛翔するファヴニールの隣を空を蹴り、飛び上がるユウトの姿。
「なんだよ、オマエ女だったのかぁ」
ユウトの空中での回し蹴り、それを受けたファヴニールは山脈地帯を貫通し、東の洞窟の最奥にまで吹き飛ばされる。
「がッ……ガハッ……!………ハァ、くぅッ!」
苦しそうに喘ぎながら庇った左腕を抑える。衣服はボロボロに崩れ、片角がへし折れ、腕など既に見るに堪えない状態だ。
––––
「見つけましたっ!フール村の近く、東の洞窟付近ですっ!」
「とっくに目視したッ!!」
空を埋め尽くす程の灰の光、それがファヴニールの住まう山脈付近に墜落した。間違い無く、あれこそが勇者だろう。
俺はすぐに王都を発った。景色が溶ける様にして後ろへ流れていく。
「『冥星』、ケラウノスッ!!」
影の中から雷の馬、星獣ケラウノスを召喚する。星獣の性質を俺に付与し、言葉の通りに雷になり空を駆ける。
「間に合ってくれッ!!」
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