第21話
「それで、一体どうしてあの状況から戻って来れるのかしらぁ?」
キリュウ家の食堂に通された俺はチクチクとマリナの口撃に刺されながら食事を口に運ぶ。
「男に騙されて好き放題されそうになったので逃げてきました……」
「帰ってくるなと言ったでしょう?」
「しょうが無いだろぉッ!久しぶりにハジケるぜと思った矢先にこれなんだっ!もうやめてくれぇッ!」
弱った俺を更に追い詰めるようにマリナの口撃は止まらない。
しかしそんな空気は一人の少女の乱入により崩壊することになる。
「わーはっはっはっ!帰ったぞうっ!愛しの我が家よっ!」
稲妻のように響く声、豪快なその少女は食堂の扉を破壊せんばかりに押し開ける。
「おおう!アイルも来ていたかっ!飯はもう食ったのか!それじゃあ私も飯としようか!」
腰まで届くほどの長い黒のツインテール。紫色の瞳を輝かせ、ハリベル・キリュウは食堂の席に着く。
「……お元気そうで何よりですわ、お姉さま」
本当に姉妹なのかと疑いたくなるほどに対照的な二人だ。活発で直情的、それにこの衣服が張り裂けそうになるほどの胸だ。男なら誰でもそこに目がいくのは当然の事由だろう。
「今度はどこに行ってたんだ?」
「北の山脈で暴れ回る星獣を仕留めになっ!いやあ、手強かった!しかしこれで民は安心して暮らせるだろう!」
いつも領民である俺たちのことを気にかけ、星光体としての能力を遺憾無く発揮している。
「偶には、家の仕事を手伝っては如何ですか?」
「それはマリナに任せる!何分、戦うことしか出来ないからなっ!適材適所というヤツだ!」
女性の魅力を存分に溜め込んだ容姿とは裏腹に何とも男らしい一声。運び込まれてきた夕食をガツガツと音を立てて貪り食う。
女性らしさなど欠片も無い食べっぷりにマリナは溜め息を吐く。
「それで、次はどちらへ? それとも暫くは滞在為さるのですか?」
食事を口に流し込み、立ち上がる。先程のような人懐っこい朗らかな顔つきは一変、領民を守る為の戦士の顔に切り替わる。
「正教国の動きが怪しい。少しそちらへ向かってみるさ、何かあればすぐに伝える」
「スヴァルト正教国……裏で何かをしていると噂では聞きますが……くれぐれも戦闘は避けて下さいね。一歩間違えれば戦争に発展しかねない事案です」
ハリベルはすぐに顔を崩し、いつもの朗らかな顔つきに戻る。
「なあに、心配するな。そのあたりは弁えている。――――勇者の方は頼んだぞ、アイルよ」
「ああ、心配すんな。そっちも暴れるんじゃねぇぞ」
ハリベル・キリュウは星光体の中でも最上位の実力の持ち主だ。言うなればアステリオで二番目に強い星光体。ニルスとは比べ物になりはしないが、それでも彼女の実力は本物だ。正面切っての戦闘であるならば彼女が敗北することはまず無いだろう。
「うむっ!それでは行って来る!暫く留守にするぞっ!」
「もうかよ!? 一晩ぐらい休めばいいのに……」
「休んでられんさっ!『
雷鳴の如く現れ、雷鳴の如く走り去る。残ったのは耳にやけに残るハリベルの声だけだった。
「まったく……あの人は……」
マリナは何度目かも分からぬ溜め息を吐く。ハリベルこそが、普段は敵無しと己の道を歩むマリナにとっての天敵なのだろうな。
俺はそのまま食堂を後にし、疲れを癒すために入浴し、床に就く。
――――
昔の頃の夢を見た。
これは俺が俺を認識し始めてから十日程後の記憶、二人の少女、ハリベルとマリナとの出会いの記憶。
父に連れられフール村を訪れた二人。父の陰に隠れる二人、ハリベルも今みたいに活発では無く、どちらかといえばマリナの方が少し明るい子だなという印象を受けた。
いつもの幼馴染の連中と、その頃にはまだニルスの姿もあった。俺たちは歳も近く、すぐに仲良くなった。
しかし慣れない山道に二人が迷い込んでしまった。星光体であり、皆とは精神的に歳が離れていたこともあってか、いち早く俺が気付くことが出来た。
駆けた、駆けた、ただただ駆け抜けた。領主様の娘様がこんな田舎村で怪我を、ましては命を落としたなんてことがあったら俺の首も飛ぶのではないか。そんなことを考えながら森の中を駆けずり周ったのを覚えている。
幸いすぐに二人は見つかった、いいや違うな。もっと早く見つけるべきだったんだ。
血塗れになったハリベルを庇うようにして泣き喚くマリナ。その目前にはクライムベア、巨体と凶悪な爪を持つ熊型の魔物がその爪を血で湿らせていた。
この頃の俺は自身の身体能力の高さには気付いていたが、能力についてはさっぱりだった。だから俺はただ駆けた。
「うッ!うあッ!らあああああああああああああッッ!!」
クライムベアが腕を振り上げる、そこに割り込むようにして体当たりをし魔物を吹き飛ばした。魔物に覆い被さり、狂ったように吠えながら殴り続ける。
殺す気が籠っていない拳。当然だ、こんな生物殺せるものか、今の今まで虫ぐらいしか殺したことなんて無いんだ。それでも殺るしかないと覚悟を決めて、何度も何度も拳を振り下ろす。
胸を、腹を、腕を、足を、顔を、しかし魔物は絶命しない。苦しく喘ぐも、なお抵抗すべく爪を伸ばす。その爪すら容易にへし折り、喉元に突き刺す。
「死ねッ!死ねよォッ!!」
魔物の口内は血液で充満され、それに溺れるようにしてもがく手足の動きを止める。
絶命した。いいや殺した。俺が、この手で。
生暖かい感触に嫌気と吐き気が同時に込み上げてくるが、俺の背からすすり泣くマリナの声が聞こえ、俺はそれを必死に呑み込んだ。
「もう大丈夫……俺が……来たから」
体は血塗れ、笑顔もぎこちない、それでも彼女は安心しきったのか、より一層大声を出して泣き始めてしまった。
「な、泣くなよぉ……泣きたいのはこっちの方なんだからなぁ……」
涙声になりながらも、それでもこの子たちの前では涙を見せまいと必死に堪えた。
この子たちが無事だったということより、この後の保身の為に涙が流れそうだった。
何せ姉の方が妹を庇って血塗れに、幸い星光体の為息はあったし、怪我もすぐに回復に向かってはいた。それでも怪我をした事実は変わらない、どんな罰が与えられるか分からない。
転生して、ようやく自我が芽生え、体に慣れて世界に慣れ始めて、そしてコレかと。何故血塗れになりながらも魔物を殴り殺さねばならないのかと、それも見ず知らずのこんな子供の為にと。心中を埋めるその感情に更に自虐し吐き気が込み上げる。
「…………行こう。皆待ってる、ほら」
ハリベルを担ぎ、マリナの手を引く。
村に戻った俺たちを心配しつつも温かく迎えてくれた領主様の顔を今でもよく覚えている。
だからって訳じゃないが、俺はこの人たちを大切にしていこうと思った。自身の立場を守るのも当然あるが、それでも心から手助けをしたいと思えるようになっていた。
それからは簡単だ。成長したマリナにこき使われて、そうして今に至る。
ハリベル、マリナ、キリュウ家の使用人、今では皆が俺の日常だ。
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