第20話

 これからは待ちに徹するしかない。


 時刻は既に夕方を回り始めた頃。せっかくの王都に来たんだ、どうせなら目一杯遊んでやろう。


「んじゃ、娼館行ってくるわ。小遣いくれ」


「…………は?」


 応接間にいる二人の女性から冷ややかな視線が送られる。いやいや、変な事は言ったと思うけど、そこまでのことか?


「このッ––––助平がッ!」


 チドリが腰に差したナイフを抜く。マリナを背に守る様に立ち、いつでもこちらに噛み付いてこれるように警戒している。


「貴方……そんなに節操無かったかしら」


「馬鹿野郎っ!オマエに俺の気持ちが分かるのかっ!」


「ど、どうしたのよ……?」


「毎日毎日可愛い女の子に囲まれて生活してるんだぞ……溜まってんだよっ!」


「か、可愛いって……カイネさんやナツメちゃんのこと?」


「その他にも新しい家族が出来てな……恋愛対象では無い……断じて無いっ!それでも可愛いと思うし辛抱堪らんこともたまにはあるっ!」


 村にいる女の子はみんな可愛い、そんな子たちと毎日暮らしているんだ。狭い村では息つく暇もなく、日々を悶々と過ごしているのだ。


「いつ何時なんどき爆発するかもしれん劣情を抱いている、思春期男子の気持ちが分かるかーッ!」


「……私を……頼ればいいじゃない」


 頬を赤らめ、少し体をくねらせるマリナ。


「だから、頼ってるんだろ。––––金をくれ」


 思いっきり頭に札束を叩きつけられ家から追い出される。


「今日は帰ってこなくていいわよ」


 冷たい声が放たれるが、軍資金は何とか手に入れた。仕方がないんだ、ダメ男ムーヴをしなければマリナは遊ぶ金をこれっぽっちもくれやしない。


「フフン、古傷が痛むぜ……」


 何故だろう、胸が締め付けられるように痛い。いいんだ、これから俺は可愛い女性方に癒されるのだ。


 軽い足取りで俺は夜街へと足を運ぶ。


「相変わらず……賑わってるなぁ」


 ピンクの街灯何かが灯っているわけではないが、それでもやはりその場の雰囲気が、賑わいが、夜の匂いを発している。


「さあて……何処に行くかなぁ」


 馴染みのある店に行ってもいいが、今日は少し挑戦してみたい気分も少しある。


「お兄さ~ん、安くしとくよ~、遊んでいかな~い?」


「おっ?」


 新しく見る外観の店だ。呼び込みの子も中々可愛らしいじゃないか。よし、それじゃあ今日はここにしようかな。


「は~い!ご新規さんお一人入りま~す!」


 女の子に手を引かれて店の中へ入る。


 中は中々小綺麗で、装飾も煌びやか、悪くない印象を受けるな。


「いらっしゃいませ。ただ今ご案内できるのは一人のみになります」


「おうおう、じゃあその子でお願いしようかな」


 写真を見ずに俺はそのまま女の子の元へと案内される。随分スムーズに進められるな、もしかして地雷店だったり?


 まあ、それも僥倖だろうと女の子の待つ部屋の扉を開く。


「失礼しま~す」


「いらっしゃいませ。ミユキと申します、楽しもうねお兄さん」


「おおっ」


 思わず声が漏れる。値段も安く、すぐに通されたから警戒はしていたが、これは上玉だ。


 透き通るような水色の髪と瞳。整った小さな顔立ちに少し小柄な体つき。胸は殆ど膨らんでいないが、彼女の少し乱れた和装と合わせればその膨らみの無さも一つの魅力となっている。


「ほらぁ、早く入って。飲み物は適当に選んでも大丈夫?」


「あ、ああ、何でも。おまかせで……」


 生唾を飲み込む、間違いなく大当たりの部類だ。


「はい、それじゃあ、かんぱ~い!」


 柔らかな女の子らしい声、ソファに座る俺に体を寄せ、見上げるように縋りついてくる。


「お兄さん、軍人さん? 制服のまま来るなんて、結構大胆だねぇ?」


「まあな、気にするもんでもないだろ? おっさんどもはそれを見せびらかしに来てたりすんだしさ」


「ふふ、確かに。でも、悪いんだぁ~それ、上官に対しての悪口なんだよ~」


「気にすんな気にすんな、今更どうってことないだろ」


 それにと付け加えて女の子の腰に手を回す。


「女の子の前ではイキリたいもんだろ? 少しでも見栄張らせてくれよ」


「お兄さん、大胆だね……。このまましちゃう?」


 飲み物が入ったグラスを置き、ユキが俺を押し倒してくる。馬乗りになられソファで体を重ね合う。


「今夜はいっぱい楽しもうね、お兄さん」


 彼女の体が俺と密着する。背筋を擽るような感覚が全身に奔り、俺のオスとしての本能を刺激してくる。


 ––––しかし。


「んん?」


 何かが……当たっている。いいや、確かに女の子の慎ましやかな胸は当たっている。しかし何なのだこの違和感は、俺の腹の部分に当たるこの違和感は……。


「あんっ!––––大胆なんだね……お兄さん」


 ––––あるっ!


 すぐに身を引き剥がし、机の向こう側のソファへと飛び込む。


「ああああ、アンタっ!––––ソレっ!」


「んん? なあに? お兄さん」


 和装の下半身から覗く彼女の白い下着、そこには確かながあった。


「アンタ……男かよっ!!」


「ああん、バレちゃった。でもでも、お兄さんも興奮してたんだしさ、もうしちゃおうよ!」


「バッカか!ふざけんなっ!一瞬で引っ込んだわ!」


 彼女……いいや、彼は挑発的で妖艶な笑みでこちらへ詰め寄ってくる。


「ちょちょちょちょちょいッ!待て待て近寄るな!」


「何でよぉ、せっかくなんだから楽しもうよぉ。お兄さんタイプだし、サービスしちゃうよ?」


「サービスされちゃ困るんだよっ!お、俺はもう出るからな!?」


「えぇ~、やぁだ~。遊ぼうよ~」


扉に向かう俺の背に掴まり、耳元で湿度の高い声を囁く。やめろ、詐欺だろコレ、何で女の子じゃないんだよ。


「俺はノーマルなんだよっ!コラ、離れなさい!」


 怪我をさせないように振り落とそうとするが、中々力が強いなこの野郎。かといって本気でやったら可哀そうだしな……。


「ねぇ……一回だけ。ここで何があっても、誰にも漏れないんだよ?」


 ミユキの甘い誘い、彼の舌が俺の右耳の中をゆっくりと這う。


 背筋に稲妻が奔ったような感覚、脳がクラクラする、胸の鼓動が高鳴る。


 ––––これはマズイ。


「や、やめろぉ!」


 足腰が砕けそうになりながらも何とかミユキをベッドに投げ飛ばす。


「あんっ!……もぉ、いじわるぅ」


 崩れた態勢でこちらを見上げるミユキ。涙目でこちらを覗くその瞳を見ていると、罪悪感に苛まれてしまう。


「ご、ごめんっ!」


 謝りながら部屋を飛び出す。


 何謝ってんだよ!つうかこの胸の鼓動は何なんだよ!落ち着け、サルビアのことを思い出すのだ!


 俺の胸に消えないトラウマを残したミユキを思い起こしながら、俺は街の暗闇へと消え去っていく。



––––


「あ~あ~、逃がしちゃったぁ……タイプだったのになぁ」


「ミ、ミユキ様ぁ!こちらですかぁ!?」


「あらぁ? どうかしたのかしらぁ?」


「お仕事をほっぽり出してこんなトコで何をされてるんですかっ!」


「いいじゃないか、後は君でも何とかなるだろ?」


「ミユキ様のサインが必要なんですよっ!それに––––七星の一人ともあろうお方が、こんな所で……ハレンチですよっ!」


 やれやれとミユキは一息つき、立ち上がる。


 軍服を着た部下から制服を羽織らされ、夜の街へと踏み出していく。


「仕方がない、それじゃあ戻ろうか」


 後ろを一瞬振り返る。そこには既に存在しない男の姿を胸に秘める。


「いつか、また会おうね。––––お兄さん」


















 

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