第19話

「一ヶ月前、アステリオ王国を旅立った勇者。ソイツが国王様直々に指名手配されてるってわけだ」


「何でだ? 勇者だろ? 魔王を倒すには必要なんじゃ……」


「必要……確かに必要なんだがなぁ」


「やり過ぎたのよ、彼は」


 勇者、シエルの村を滅ぼしたという男。まさか国から追われるほどの犯罪者になっているとは思わなかった。


「召喚された瞬間から各お偉方への数々の無礼……は別に大したもんじゃねぇな。普通の奴だったら処刑ものだが……まぁ、そこは勇者だ。免除はされてたけどよぉ」


「城内の召喚の間での星の起動。王様が気に食わなかったのか、はたまた別の理由があるのか、今となっては分からないのよね」


「はあ!? いきなり王城でドンパチやったってことかよ!?」


 重犯罪とかそういうレベルじゃねぇ。そりゃあ国から狙われるわな。


「その後も各集落を襲撃。強奪に強姦に、まあその他諸々、そんでついに指名手配になったものの……倒せる奴がいないんだよなぁ」


「そんなに強いのか? ニルスは?」


「ニルス君はこの国の要だもの、そう易々と離れられない。正教国にも目を光らせておかないといけないし」


「スヴァルト正教国ね……今の所は静かにしてるんだろ?」


「ああ、明星がいるからな。手なんか出せんだろうよ」


 正直、ニルス以外の七星が頼りになるとは思っていない。例えニルス対アステリオ王国軍の戦いを繰り広げても奴は勝ってしまうだろう。俺と似たような、規格外の強さを持っている。


「ユウト……ねぇ。分かった、何処にいるか掴んでるのか?」


「さっぱり、東の主要な都市には向かったらしいんだがな。国境は超えてねぇからすぐには見つかるとは思うんだがなあ」


「見つかり次第か……それまでは待機って感じかぁ……早く見つかるといいけどよ」


「捜索に関しては我々『揺光』にお任せ下さい。ニルス様の命も出ています、部隊総出で勇者を探し出して見せます」


 扉の横で立っているチドリから声が発せられる。それならば後は待つだけだ、こっちも探しようがない。


「あの……お嬢様、不躾ながらお聞かせ願いたいのですが……」


「いいわよ、言ってごらんなさい」


 申し訳なさそうなチドリの質問を快く迎えるマリナ。あらためて、チドリがこちらに目を向け話し始める。


「そこの男……アイルと言いましたか。ニルス様ですらかろうじて互角だった勇者相手に、勝利することが出来るのでしょうか? お話の流れから相当な実力を秘めているのは解るのですが……」


「ニルス君だって、場所が場所だから防戦を強いられただけで、きっと勝てたと思うわよ?」


「そ、その通りです!ニルス様は敗けません!……しかし、その男に勇者が倒せるかどうかなど……」


「倒せるわよ」


 俺が何か答える前に、マリナが即答する。


「アイルは勝利する。敗けないのよ、これは当然のことよ」


「お嬢様が……そう仰るのであれば……」


「いくらなんでも買い被り過ぎじゃねぇか? もしかしたらってこともあるかも知れねぇぞ?」


「無いわよ。貴方だって敗ける気なんて更々無いくせに」


 そりゃあそうだが、マリナの信頼が少しこそばゆい。


 ふと視界の端にヒューバートのにやけ面が映る。


「……なんだよ」


「いや……くくっ、いいねぇ。お熱いの見せ付けてきやがってよぉ。見てるこっちが恥ずかしいぜ」


「うるさいわね。いいから続きを話しなさいな、貴方の言う夢の計画とやらを」


 ゴホン、と一つワザとらしい咳払いをして見せ、ヒューバートは一度ソファに座り直す。


「勇者を倒す、すると国王がこう宣言したんだ。『勇者を殺した者には好きな領土を一つくれてやる』ってな」


「なるほどね、そこにアンタの欲しい石炭の採掘場所があるってわけか」


「そういうこと。つーわけで終了っ!さあ、飲もうぜガキ共!料理も出せ出せ!軽い飲み会と行こうぜっ!」


 早々に話を切り上げ、どこから取り出したのか分からないワイン瓶を大量に卓上に拡げる。


「マジか……」


 一本数十万マニーはする高級ワインじゃねぇか!テルレルト製のワイン、十年に一度の至宝というキャッチコピーをかれこれ十年打ち出し続けている名工房。これは一口飲まなきゃ損だろ。


「うひょひょ、いやぁそれじゃあ失礼して――――」


 その瞬間、応接室の扉が盛大に開け放たれる。入ってきたのはピッチリとしたスーツに身を包んだ女性。開口一番にヒューバートに呼び掛ける。


「会長ーッ!副会長が過労で倒れましたーッ!すぐに応援をお願いしますッ!」


「ブッ!? なんでだよッ!ちゃんと休みやってたでしょうが!」


「趣味が仕事の人間に休日なんて無意味ですよ!いきなり倒れてしまって、夕方からの商談に出席をお願いします!」


「クッソ!これだから自己管理の出来ん坊やは……悪ぃな!ちょい出て来る、酒は置いてくからよ、またいつか飲もうぜ!」


 ヒューバートとおそらくその部下であろう女性はまさしく閃光のように走り去っていく。すぐに背中が見えなくなり、応接室にはしんとした静けさだけが残された。


「うん……美味ぇわ」


「直接飲むんじゃありません。お行儀が悪いわよ?」


 





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