第18話

 応接室の扉をノックし、入室する。


「よぉう、貴様ら、随分遅かったじゃないか。こっちはもう始めてるぞぉ?」


 重く響くような低音、揉み上げに繋がるほど白髭を蓄えた男がソファにどっしりと座っている。白いスーツに無精に伸ばした銀の頭髪、体格はタツノコよりも大きく、百九十は優に超えているのではないだろうか。手にはワイン瓶、床を見れば同様の瓶が二本転がっているのが伺える。


 全てを曝け出しているような男だが、その実油断も隙も見せていない。こちらの隙を見せたら食い破られそうな、灰色の眼光が俺たちを覗いている。


「もう……お酒は商談が終わってからと、いつも言っているでしょう?」


「なぁに気にするな!コッチの方が頭が回る、それでぇ? 見ない護衛が付いてるな」


 明らかに俺の方へと視線を投げ掛ける、おそらく、メタルウルフという男。ここは形式に乗っ取り礼儀正しい挨拶を心掛ける。


「アステリオ王国軍、七星『明星』直属特務部隊『揺光アルカイド』所属、アイルと申します。以後お見知りおきを、メタルウルフ様」


「おう、つーとあれだなぁ、チドリ嬢の部下ってのはコイツかぁ……成る程ねぇ」


 値踏みするような視線が俺を這う。歳はそれほどいってないだろう、肌からは未だに若さ特有のハリが残っている。


 熟練で場数を踏んでいる……いや、若い癖に地獄のような場数を大量に踏み進んできた、そんなところだろう。


 なにはともあれ――――。


「胡散臭いおっさん――――だろ?」


「……いえ、そのようなことは」


 ナチュラルに心読んでくるし、なんなんだこのおっさんは。


「気にすんな気にすんな!オマエさんだろ?キリュウの懐刀。マリナ嬢が打ち立てた功績の殆どがオマエさんのお陰だとかなんとか」


 どこまで知ってるんだよこのおっさん。


「いいのよアイル。この人には貴方の事を教えてあるの、普段通りで構わないわ」


「……ハァ、最初から言ってくれよ」


「いやいや、悪りぃな、面白えぇもん見せて貰ったわ!」


 腹を抱えて笑いながら瓶に残ったワインを一気に飲み干す。


「それで、アンタの名前は? メタルウルフなんてどうせ偽名だろ?」


「ヒューバート・メタルウルフ、銀狼商会を取り締まってるもんだ。ご明察、苗字の方は勝手に名乗ってるだけだ、以後よろしく頼むぜ、『冥星タナトス』」


 俺の星のことまで知ってるのかよ……。静かな目線をマリナに突き刺す。


「オマエ……どんだけ話したわけ?」


「必要なことを、必要な分だけ」


「ああ、そうですかい」


 諦めにも似た境地に達し、ヒューバートが掛けるソファの対面に腰を下ろす。


「一応言っておくけど、他人に言いふらしたりしたら殺すからな。それだけは頭に入れておけ」


「おいおい、マリナ嬢はいいのかよ。俺に言いふらしちまったわけだが……」


 コイツの表情は変わらずニヤついたままだ。答えなくても答えなんて知っているぞと、そう表情で示している。


「マリナが話した相手だ、少しは信用してる。けどアンタはダメだ、まだな」


「へいへい、胸に秘めとくぜ。くくっ、いい男を捕まえたなぁ、マリナ嬢?」


「ええ、いいでしょう? 頼まれたって上げたりしないわよ?」


 誰のものでもねぇよ、まったく。


 扉の前にはチドリが立ち、俺の隣にはマリナが座り、商談とやらの準備が出来たらしい。


「それで? 商会さんが俺なんかに何をして欲しいんだ?」


「話は簡単、されども巨大、胸躍る夢物語。ソイツを現実に引き摺り降ろしてやろうって話よ」


「なげぇよ、直球で言え」


 一度ヒューバートが瞑目し、溜めを放つように目を見開く。


「蒸気機関、この新たなエネルギー機関で、我々が世界を牛耳る」


 蒸気……機関?名前は当然知っている。ただし原理などはよく分からない、おぼろげだ。ただの凡人の高校生であった俺がその原理をツラツラと並べ立てられる筈も無い。


「蒸気……機関、その……量産とか? 出来るのかよ」


「ああん? 知ってんのかい?」


「知識として、けど、原理はよく分かってない」


「いいのよ、彼は昔からこういうとこがあるの。続けてちょうだい?」


 マリナには昔から事あるごとに突っ込まれたな。なまじ知っているから、コイツは何度も俺に質問をぶつけてくる。こっちは知ってるだけだというのに。


「まあ、蒸気の力で世の中が豊かになる。そこにいつも俺たちが一枚噛むって寸法よ」


「石炭の採掘は大丈夫なのかよ」


「その辺は既に抑えてある。後一カ所、そこを抑えりゃ問題無しだ」


「流通経路とかは? 必要じゃ無いのか? 馬じゃ限界だろ」


「だから、作るんだよ。俺たちだけの夢の流通経路、蒸気機関車を」


 時代が……駆け上がって行く。未来へと、俺のいた世界の時代へと。


「その他一切の心配無用!安心しときな、アイルには力仕事以外求めてねぇからよ」


 確かに、科学者としての知識なんて問われても何の力にもならないのは明白だ。


「……分かったよ。それでいい、頭使う仕事はアンタ等に任せる。俺は一体何を殺せばいい?」


 ニヤリと、待ってましたと言わんばかりにヒューバートは口を開く。


「コイツだ」


 差し出されたのは国王直々の手配書、そこには一人の男の顔が描かれている。詳細に描かれた似顔絵、灰色の髪、赤と青のオッドアイ。中肉中背の、優しそうなで整った顔立ち。


 そんな優しそうな、人なんて殺しそうにないような男の名前、そしてその異名は。


「『勇者』ユウト?」


 そこにはアステリオ王国の希望と呼ばれた、先月異世界から召喚され、魔王討伐のために旅立った勇者の顔が描かれていた。






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