第17話

「気持ちわりぃ……」


「あらあら、よく吠える駄犬だこと。その服を着て、尻尾を振って待っていた癖に」


「待ってねぇよ、求めてんのはお前だろ? 気持ち悪い猫被りやがって」


「あらぁ? 人によってそれぞれの顔で魅せるのは当然でしょう? 貴方も先程は多少はマシな顔が出来ていたじゃない」


 ムカつく……コイツと話すとこれだから厭なんだ。肘を付き、窓に目を向け顔を背ける。


「貴方……この前の子達は一体何だったのかしらぁ?」


「あ、ええっと……」


 気にはなっていたがその話題を出せばどうなるのかは明白。故に触れない様に努めていたのだが……。


「傭兵団、ヴィンセント・クラークが率いているヤツな。そこで飼ってた奴隷だよ」


「因みに、件のクラークはどうしたのかしら……?」


「飲み込んだ、死体も残ってねぇよ」


 マリナは深く溜め息を吐く、言いたいことは分かる。何せ奴は国が追いかける賞金首、当然その額は目を見張るものがある、マリナにとっては小遣いかも知れないが、俺にとってはまさしく大金。


 それを棒に振った事に呆れるのは当然のことだろう。


「毎度毎度、仲介してあげると言っているでしょう?」


「そうだけど……別にいいさ。あんなをブチ殺した感覚、一瞬だって早く忘れたい」


 いつものことだと呆れ果てているマリナに二人の少女のその後を問いかける。


「二人は家でメイドとして働いて貰っているわ。……家は孤児院では無いのよ?」


 俺が殺す相手は基本的に悪人ばかりだ。悪人に巻き込まれた一般人は当然被害を被る、世間から見れば哀れな被害者だが誰もそれを救い上げることはしない。


 だからこそ、目の前の人間ぐらいは救ってみせたい。これは正義なんかじゃ断じて無い、被害者に背を向け日常に戻れば後ろ髪を引かれる思いがいつまでも付き纏ってくる。


 言うなればこれはただの保身、俺は俺の為に命を救っているだけだ。


「それでも何とかしてくれる、だろ? いつもソコだけは感謝してる」


「あら、ありがとう。では、”貸し”一つということで」


 要するに、報酬無しでアイルをタダ働きさせられる許可証が発行された訳である。


 マリナに呆れながら、今の今まで黙って座っている女軍人について問いかける。


「んでぇ? ソッチのは? 新しい忠犬でも見つけたのか?」


「お嬢様に無礼な言を発するな、クズがッ」


「あー………」


 なるほどね、こういうタイプか。貴族としてのマリナではなく、彼女本人を敬愛し、仕えているような人間なのだろう。ムカつく癖にカリスマだけはあるからなぁ。


「アステリオ王国軍、七星『明星ルシファー』直属特務部隊『揺天アルカイド』所属、チドリ・リンネ少佐。形式上、貴方の上官にあたる方よ?」


「じょう……かん?」


 上官、つまりコイツは俺の上司、上の人間なのだという。


「俺って……もうちょっと適当な部隊にいるんじゃなかったか? それに七星直属の明星って……」


 『七星』、七人の強力な星光体の集まり。アステリオ王国軍にその身を置き、自身の部隊と将官の席を用意される。


 その中の七星のお抱え部隊、そこに俺が席を置いているらしい。以前の俺は所謂無名ノーネーム、軍に所属してはいるものの、特殊な隠密作戦を遂行中という、名も知られていない一兵卒だった筈だ。


「……働かないからな?」


「分かっているわよ。ただ、コチラの方が取り回しが良いだけだもの。――ニルス君にも許可を貰ってるから、安心してちょうだい?」


 それが嫌だから溜め息が漏れてるんじゃないか。コイツは本当に俺の嫌がる事を率先して行う奴だ。


「……あんま迷惑掛けんなよ?」


「迷惑なんてとんでもないわ? 彼も喜んでいたわよ?」


「どうだか……」


 ニルス、俺の知り合いの中で唯一の王国軍人。『明星ルシファー』の星を掲げる七星の一人。極光、無敗の光神、色々異名があるらしいが一番に有名でなおかつ分かりやすいのが『史上最強の星光体』。


「今日は何をすればいいんだ? そこいらにいる星獣でも殺して来ればいいのか?」


「そんなに急がないの。家でゆっくりとお話ししましょう? 会わせたい人が居るのよ」


「会わせたい奴?」


「着いてのお楽しみよ。くれぐれも良い子にしていてちょうだいね? 報酬は既に払っていることだし」


「ぐぅ……」


 ナツメ……今だけは恨むぞ……。


「……護衛っていうからには強いんだろ? それに、貴族で軍属、まあその辺はどうでもいいにしろ、アンタは何が出来るんだ?」


 マリナの隣に座り鋭い視線で俺を突き刺し続けるチドリに向かい声を掛ける。


「………………」


 無視かよ。溜め息が出るな、まったく。


「チドリ」


「はい、お嬢様。『陰星アウトリュコス』を掲げる星光体。隠密、暗殺、その辺りを生業としている」


「お嬢様の命令がなけりゃ口も聞けねぇのかよ。立派な犬をお持ちで」


「………黙れ、殺すぞ」


「もう、喧嘩しないの。チドリも散々忠告していたでしょう? 喧嘩腰にはならないって、アレは嘘だったのかしら?」


「そ、そんな事は断じてございませんっ!私はお嬢様の命を忠実に遂行する犬で御座いますっ!」


 なんか……どこまでもドップリだな。マリナの奴、いつか襲われんじゃねぇか?


「悪い悪い、謝るよ。ホラ、仲直りの握手」


「…………フンッ!」


 俺が差し出した手を力一杯握り締める。おいおい、常人なら骨まで擦り潰れるんじゃないかこれ。


「仲良くやろう――――とは言わねぇけど、互いに足を引っ張らねぇようにしようぜ」


 ここが落としどころだろうと切りをつけ、会話を終了させる。相変わらず無視の一点張りだが、こっちだってわざわざ仲良くなる気も無いのだから、役に立つなら何でもいい。


「ナツメちゃんとはこの間会ったのだけど、他の方達はお元気かしら?」


「ああ、元気してる。顔見せればよかったのに」


 俺の言葉にマリナは少し困ったように笑う。


「サルビアちゃんに好かれていないようだから……それにあまりゆっくりしていられないもの」


「サリィが? 人を嫌いになるような子じゃないと思うぞ?」


「そんな人間、いるわけないでしょ? あの子は暗い部分を隠すのが上手いだけなのよ。きっと……貴方を連れ回すから、嫌われているのでしょうね」


 俺の目線から見れば簡単な仕事ばかりだが、それは別の視点から見たら別の話だ。ありえないような偉業を打ち立て、必ず無傷で生還する。他の国からしてみれば、喉から手が出るほど欲しい存在なのは間違いないだろう。


 そんな戦火の中に飛び込む家族を心配する、当然のことだろう。それに巻き込もうとしているマリナを嫌うのも妥当といったところだろう。


「帰ったら思いっきり抱き締めてやらねぇとな」


「……それは逆効果だからやめておきなさい」


「ああん? 何でだよ、サリィも俺が好き、俺もサリィが好き。ならば抱き締め合って添い寝まで遂げるのが兄妹ってものだろうが」


「……まだ治っていなかったのね。王都にもそれを治す薬は無いのよ?」


「ああ、知ってる。愛の病を治すのは……いつだって相手次第なんだからな」


「キッモッ」


 おいなんつったチドリ少佐殿。おっと危ない、喧嘩はいかんな。サルビアの話をして機嫌がいいのだ、今は見逃してやろう。


「はぁ……貴方って人は……一度既成事実でも作らないと駄目そうね」


「んん? 今なんか言わなかったか?」


「おほほ、何でもないわよ。ただの独り言」


 気が付けばかなり王都に近づいて来ている。半年ぶりか、大して変わってはいないだろうけど。


 窓に目を向け、王都を見上げる。


「相変わらず、でけぇなぁ、ホント」


 アステリオ王国。人口約二十万人、なだらかに街の様子が都会の風景へと切り替わっていく。


 畑や民家が立ち並び、少し進めば出店やら冒険者たちが賑わいを見せている。医者や貴族が住む区画があり、その奥には城塞に囲まれたトリスタイン城が姿を見せる。


 フール村からの所要時間は約三時間、あまり離れていない癖にえらい違いだ。瞳に活力を抱き闊歩している。田舎から上京し、夢を追いかける、珍しい話ではない。


 そんな中、俺たちを乗せた馬車はキリュウ家の屋敷の前に到着する。先頭を歩き、マリナの手を引き馬車を出る。


 貴族としてのキリュウの名は平々凡々、一角に立つ屋敷も他と見比べれば大した大きさではない。あまり目立たない、ただの一貴族、この二人が生まれるまでは。


 姉のハリベルは星光体として生まれ高い戦闘力を、妹のマリナは類稀なる商才に恵まれ、キリュウ家は頭角を露わにしていった。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 十人の使用人が出迎える。皆一様に綺麗な洋服に身を包み、一礼する。


「メタルウルフ様がお待ちです。応接室へどうぞ」


「あら? 早いのね、分かったわ。ありがとう」


 俺は変わらず先頭を歩き、馴染みのある道を進み応接室へと足を運ぶ。


 それにしても……メタルウルフってなんだよ、絶対偽名じゃねぇか。ソイツに会って欲しいって事なんだろうけが、面倒事にならなきゃいいけど……。


 

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