第16話
翌日、ついにこの日がやって来た。半年に一度行われる領主様による視察の日。村の皆総出で出迎えるべく、朝早くからてんやわんやである。
「はぁ……胃が痛てェ……」
かと言って俺のような者に手伝える訳もない、何せ昼食を用意しているだけなのだ。俺は暇を持て余し、タツノコの家に入り浸ることにした。
「おうアイル。丁度いいトコに来たな!」
「どうした? 何かあんのか?」
鍛冶場に入るとタツノコがニヤニヤと笑いながらこちらに近づいてくる。
「前言ってたろ? アラミタマを使った刀の話!」
「おぉ!? てことは、もう完成したのか!?」
「おうおう、見て驚け!腰抜かすなよ!」
タツノコが背に隠した刀を取り出す。
白鞘の黒塗、俺のイメージした日本刀とは異なる、所謂ドスというヤツだ。日本刀と呼べる物ほど長くもなく、されど短刀と呼ぶほど短くも無い、その中間に値する長さを持つ刀だ。
「ほら、早速抜いてみて見ろよ!」
手渡された刀をゆっくりと鞘から引き抜く。それだけで空気を切り裂く青ざめた音が耳を擽る。
「これは……白い刀身––––いや、透明か? どうなってんだこりゃ」
鍛冶場の灯りを反射し透明な刀身から色が移り変わり、明るい赤に変化する。
「光に当たればその色に刀身が変化する、透明な刃は相手に間合いを図らせない」
––––その名は。
「『冥刀』。お前が掲げる星と同じ名前を付けさせて貰ったぜ」
タツノコが実験で作った折れ曲がった刀を放り投げてくる。
冥刀を振るい、鉄の塊となった刀を両断する。
「おぉ、お見事」
鈴の音が鳴り響く、何の抵抗もなく両断された刀を更に細かく切り刻む。
「うん––––––––良い感じだ」
刀を白鞘に収める、それと同時に空中で両断された鉄の欠片は音を立てて地に落ちる。
「大事に使えよ?」
「ああ、ありがとな」
「おぉ~い!キリュウ様がいらっしゃったぞ~!」
鍛冶場に鳴り響くトツマキの親父さんの声。
「うげっ!? もうかよ……予定より早くねぇか?」
「ハハ、諦めておもてなしと行こうぜ」
鍛冶場を出て、中央通りを上り、村の入口へと足を運ぶ。
質素な装飾を散りばめられた黒塗りの馬車。いつも馴染みのある黒と白の二匹の馬、キリュウ家お抱えの御者さんがいつも通り背を丸めて席に着いている。
「ようこそいらっしゃいました。さぁ、どうぞこちらへ」
周囲には村の人間全てが集まり馬車を歓迎する歓声が上がっている。入口のすぐ側に止められた馬車の中から、ソイツが姿を現す。
キリュウ家特有の黒く澄み切った黒髪。キレイに切り分けられた姫カットは見る者全てに自身の高貴さを見せつけるようだ。
村人全員をその紫色に輝く双眸で見渡す。慈愛に満ちた、領主としての優しさを感じさせる。
彼女の名はマリナ・キリュウ。村人からの評価は非常に良好。絵に描いたような悪徳権力者らしく虐げることもせず互いを尊重し合える、良い関係と言えるだろう。年も俺たちと近いことから幼馴染み共々、仲良くさせてもらっている。
彼女の紫色の瞳が大衆から外れ俺と目を合わせる。静かに獲物を捕らえんとする鷹の目、他の者に見せる優しい者では無い。しゃぶり尽くして利用してやろうという気概を感じる。
「まったく……んん?」
いつも見る護衛ではない、女性の、アステリオ王国の軍服を身に纏っている。ショートポニーの群青色の髪を振りながら、マリナの手を引き馬車から下りて来る。全てを切り裂くような視線がマリナと同じ方、俺へと向かう。
「何で睨んできてんだ……いきなり嫌われてんじゃん」
馬車を下りた一行は村長の家へと入って行く。これから村長と村のお偉いさんで食事をしながらのお話会だ。
収穫記録や村の近辺の害獣情報、まあその他諸々、俺にはあまり関係の無い難しい話だ。
「俺らも飯食うかぁ」
「だなぁ、準備もしとかないとだしな」
俺はタツノコと一緒に我が家に帰る。昼を過ぎたらおそらくすぐに出発だろうし、出来るだけ早く準備しておかないとアイツにどやされそうだしな。
「軍人さん、いましたよね?」
「ああ、新しい護衛かなんかかなぁ?」
その割にはバリバリに敵意剥き出しだったけど……。
手早く昼食を済ませ、いつもの仕事服に着替える。
「相変わらず、それ着たら十倍イケてるなぁ」
黒を基調とし、金色のラインが散りばめられている、アステリオ王国の軍服。内側に白のシャツを着込み、黒のネクタイをきつく締める。
「あぁ、ダメだわ。吐きそう、普通の服で行きてぇ……」
名残惜しそうにいつも着ている茶色の麻布の服に目をやる。
「そうですね、いつもの兄さんの方が素敵です」
「そうか? こちらの方が引き締まっているというか、腑抜けていないのがいいではないか」
「いつもは腑抜けて見えてんのかよ……」
皆々様の賛否を受けながら、村長の家へと向かいキリュウ家の馬車の隣で待機する。
「では、その様にお願いしますね」
「はい、そのように。村の物にも承知置きしておきますので」
「…………ハァ」
溜め息が出る。胃がキリキリと痛む、マリナがこちらに気づき、どんどんとこちらに歩み寄ってくる。
馬車の近くでピタリと止まり、まるでお嬢様のように、いや、実際お嬢様なんだけども、優雅に語り掛けてくる。
「アイルさん、お久しぶりです。エスコートをお願いしても?」
「はい、私でよろしければ」
柔らかく差し出されたマリナの手を取り、馬車の扉を開く。中は二人ずつ対面で座れるようになっている。ある程度広めに作られていて、まあ相も変わらず金持ちらしい、良い出来の馬車だ。
「どうぞこちらへ、お嬢様」
「あらありがとう。とても紳士的ね、アイルさん」
気持ちわりぃ、何猫被ってんだよコイツは。
「––––チッ!」
盛大に舌打ちをかますマリナの側近、やはりコイツの敵意は本物のようだ
「それでは、出して下さい。皆さん、ごきげんよう、お元気で」
マリナの対面に座り、彼女が合図を出す。馬の嘶きの音が鳴り響き、馬車はゆっくりと動き出す。
村の皆の見送りに手を振り、その姿がどんどんと離れていくのを確認したかのように、マリナがこちらへ振り向く。
「よくできました……とでも言ってあげようかしら? 私の可愛い駄犬」
皆の目が無くなった瞬間にこれだ……ああ厭だ、これからコイツに振り回されるのか……。
改めて人生の無常さとマリナの性格の悪さに嫌気が差してきた今日この頃なのであった。
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