第15話
俺とシエルは東の洞窟を越えた更に先にある山脈を駆け上がる。標高自体は高くは無いが、今から会いに行く奴は少し離れた場所に住んでいる。その為、普段は俺一人で会いに行くのだが、今回は珍しく同行者がいる。
「中々速えぇな!もう少し上げるか!」
「さ、流石にここらが限界だぞっ!」
それなりの速度で走っているものの、シエルは俺のすぐ後ろまで肉薄していた。流石エルフの身体能力、ここから更に星屑術で強くなると考えれば、ここらでも指折りの強さだろう。
「おしっ!――――到着」
「ここに――――?」
「ああ、オマエに会わせたい奴が住んでる。まあ、いい奴だから安心しろよ」
頂上の僅か手前で着地し、残りの道程を肩を並べて歩き出す。
「どういう人物なのだ?」
「会えば分かるさ」
それだけ言って、頂上まで上り詰める。
山脈の頂上、かなりの広さを有するそこにはありとあらゆる金銀財宝が詰め込まれた納屋が立っている。そのすぐ横に、目当ての人物を見つけることができる―――。
「さあ、踏ん張るのじゃッ!イケッ!イクのじゃ、名も知らぬ豚よッ!!」
「フゴッ!ブヒイイイイイインッ!!」
「な――――あっ……あぁ?」
納屋の横に黄金の髪をなびかせ屈む少女の姿が在った。その少女は目の前で行われている豚の交尾を喜々として瞳を輝かせ観戦している。
「ブヒッ!ブヒッ!ブヒイイイイイインッ!」
「おおっ!雄々しいぞっ!流石は豚野郎と言ったところじゃなっ!」
黒の和装に身を包み、少女は瞳を輝かせる。俺は背後から少女の傍まで近寄り、その脳天に軽い手刀を叩き落とす。
「昼間っから何てモン見せてんだッ!!」
「ガフンッ!?」
「ブヒイイイイイイイイインッッ!!!」
より一層甲高い声を上げる豚を横目に、少女は撃沈する。
時は経ち、哀れな二匹の豚を地上へと解放した、どこか名残惜しそうな顔をしていたのは俺の気のせいで合って欲しい……。あらためて俺たちは顔を突き合わせる。
「なんじゃなんじゃっ!邪魔しおってっ!着床の瞬間を見逃したわッ!」
「突然来たのは悪いけどさ……その趣味もいい加減にしとけよ……」
「ア、アイル……この子は?」
「ああん?何じゃその
静かに小指を立てる少女にもう一撃手刀を食らわせてやる。
「ぐふふ、照れるな照れるな、分かっておるおる。交尾の際は是非とも立ち会わせてくれな?」
「いいから自己紹介しやがれっ!下ネタが激しいぞロリババア!」
きゃっきゃとはしゃぎ黄金の竜の尻尾を振るう目の前の少女。
「我が名は『暴竜』ファヴニールじゃ、よろしくのぅ、エルフの童よ」
ファヴニールと名乗る竜の少女が踏ん反り返り自己を紹介する。
コイツとの付き合いはもうどれ程になるだろう。確か最初のマリナ・キリュウからの依頼だったか。
国境沿いに発生した豚の異常繁殖。その原因を突き止めるために向かったところ、コイツがいたのだ。
「何が暴竜だよ……ただの星獣だろ?」
「嫌じゃッ!自分自身の個性が欲しいんじゃッ!」
先程の通り、コイツは他者が行う生殖行為を観察するのが趣味なのである。
「星獣……会話が出来るのか?」
「ああ、コイツはな。他にも探せばいるかもだけど」
ファヴニールの隣に立ち、頭をポンポンと叩きシエルに紹介する。
「アイルよ……わしに会いに来たということは……持ってきておるのだろうな?」
「おう、ほらよ。結構キレイだろ?」
以前、東の洞窟に赴いた時に拾っていた赤い瞳大の宝石を手渡す。
ファヴニールはその瞳を宝石の如く輝かせ、しゃぶりつく勢いで俺の手から宝石を奪い取る。
「んほおおおおっ!!きちゃあああああああっ!!!良いぞ良いぞッ!堪らんなぁッ!この輝きはルビーかのぉ、いいセンスをしておるぞっ!!」
「おう、気に召したようでなによりだ」
小躍りしているファヴニールを尻目にシエルの方を振り向く。
「コイツに宝石をやる、そしてファヴが俺の留守のフール村を守る。そういう契約だ」
「留守?」
「ああ、前にも言ったろ? 村の領主様が俺をこき使う時があるんだよ。その間に村に何かあったら困るからな」
「……少し、過保護過ぎないか?」
「そうか? 今のご時世、何が起こるか分からないんだ。出来るだけのことはしときたいしな」
納屋のコレクションに先程のルビーを加えたファヴニールがこちらに小走りで戻ってくる。
「それでぇ? 今回はどれぐらいで帰るんじゃ?」
「分からん。情勢的に荒れてる所は無いっぽいし、いつもの雑用とかじゃねぇか?」
星獣を殺してこい、程度の依頼ならばそれでいいんだけどな。一番厭なのはお国の悪巧みをしているお偉いさんを暗殺して来いだの、なまじ出来るから頼まれるのが困り果てる。
「……気付いとるじゃろ? 最近の魔物の活発化」
「ああ、何か感じるか?」
「東からかの、『光』を感じる。それも強烈なの」
光、星光体が持つ力の大まかな属性。火、水、風、土、光に闇。それぞれが一人一つ、俺は当然闇の属性、大まかではあるが、ある程度はこの枠に収められている。
「––––光か」
東から光の星光の力を感じ、魔物が活発化している。魔物全体を揺るがす程の星光を操る者に一人だけ心当たりがあるが、あいつがアステリオ王国を離れるわけが無いだろうし……。
「考えても分からんな。それでもファヴがいれば安全だろ? 最近の情勢も含めて、色々聞いてくるさ」
「––––それで、どうしてわざわざ私を連れて来たのだ?」
当然の疑問を抱えたシエルが問い掛ける。当然だ、ファヴニールへのいつもの頼み事をするだけなら俺一人で十分だというのは誰が見ても明白だ。
「村を一人で守れる程の実力者達の会合、まずはこれが一つ。それと––––」
言葉を区切る、今回の魔物全体の活発化、これに関係しているかは分からないが、今はどうしてもシエルの事情を聴き出さねばならない。
「シエル、お前はもしかして、東から来たんじゃないか?」
「––––––––––」
押し黙り、瞑目するシエル。口には出さないが、それこそが彼女なりの回答の代わりと言えるものなのだろう。
「東にいる何か。ソレに皆が怯えて逃げてきた」
「魔王が何かしたかのぉ?」
ここから遥か東には港町が在り、そこから海を渡った島国に魔王の住む城が存在する。やはり可能性を疑うのならばそこだろう。
「魔王では––––無い筈だ」
シエルが重い口を開く。
「あの光は……光そのものだった。魔王の眷属が放てる光では無かった」
魔王ではない、それに従う眷属でも。ならば星獣の暴走、力を持った星光体。可能性は様々だが……。
「––––あの光は、勇者の光だ。私の村は勇者によって滅ぼされた」
漸く聞けたシエルの残酷な真実。
これを切っ掛けに、何か大きな陰謀の歯車が回り出すのを感じる。
ああ、厭だ。多分きっと戦うのだろう。それでも大切な日常に火の粉が降り掛かるというのなら、それは払わねばならない。
何より––––俺の大切な家族の故郷を滅茶苦茶にした勇者を、俺は絶対許さない。
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