第14話

「ほらアイル、上げる物があるんでしょ?」


「ああ、ほら、サリィ」


 つたないながらも綺麗に包装した四角の箱を差し出す。


「まあ……開けてみてもいいですか?」


「当然」


 ゆっくりと包装がサルビアの手によって開かれる。スルリと紐を解く、遂にその中身が目前に晒される。


「――――これは」


 綺麗に輝く藍晶石カイヤナイトのペンダント。チェーン部分に目立った装飾は加えていないが、それが更に宝石の輝きを際立たせる。大きな瞳と同程度のサイズの宝石が眩く煌めき、サルビアの顔を照らす。


「ほら、付けたとこを早く見せてくれよ」


 惚けているサルビアを軽く急かす。せっかく皆で丹精込めて作り上げたのだ、それをサルビアに付けて貰うのが待ち遠しくて堪らない。


「その……兄さん、付けて貰ってもいいですか?」


「んっ!?……あ、ああ、任せてくれ」


 久しぶりに聞くサルビアの甘えるような声。普段はしっかり者で甘えるより甘やかす方が多い彼女だが、ここぞという時にきちんと甘えてくるところが可愛くて仕方が無い。


 妙な照れ臭さを感じながら、ペンダントを手に取り、ゆっくりとサルビアの首筋へと腕を回す。


 至近距離にはサルビアの愛くるしい瞳がすぐそこに確かに存在している。年甲斐も無く照れてしまうな……。


 カチャリと小さな金属音が鳴り響き、サルビアの首に藍晶石のペンダントが収まる。


「本当に――――誕生日おめでとう、サルビア」


「はい――――ありがとうございます。私は、世界一幸せ者な妹です」


 感謝の言葉が胸に沁みる。サルビアがそのままの姿勢から俺の首を抱き締めるように腕を回す。甘え慣れていない愛しの妹の精一杯のおねだり、普段もこれぐらい甘えてくれればいいのにと、俺もサルビアの体を優しく抱き締める。


「兄も兄なら……妹も妹だものなぁ」


「まあまあ、今は野暮ってもんだろ?」


 まるで両親のように優しく視線を送ってくれるタツノコとナツメ。その視線を受けながら、サルビアが満足するまで抱き締め続ける。




――――


「これは皆さんで作ってくれたんですよね?」


 五分はそのまま抱き締め合っていたサルビアは何の名残惜しさも見せずに俺の元から離れて行ってしまう。


「うぅ……もう少しお兄ちゃんに甘えてもいいんだぞぅ」


「ああ、外観は殆ど親父がやってくれたんだけどよ。宝石は俺が、素材はアイルが。あとは……」


「中身は、僕たちが、ね?」


「ああ、自信作だ」


 ナツメとシエルが腕を組みうんうんと自身たっぷりに唸っている。


「藍晶石に触ってみてよ」


「こう、ですか?」


 その瞬間、蒼星石が眩く輝き、パシャリと子気味の良いシャッター音が鳴り響く。蒼星石に淡い光で正面に立つ俺たちの姿が映し出される。


「こ、これはっ!?」


「カメラっていってな。今を切り取って、いつでもそれを見て思い出に浸れる、不思議な道具だ」


「何とか錬金術で再現できないかって言われてね……きちんと成功もしないのに」


「その件に関してはシエルに頭が上がらねぇな。コレは間違いなく、シエルがいなきゃ出来なかったことだ。あらためて、ありがとな」


「気にするな、こちらも礼を果たしただけだ」


 大事そうにペンダントを抱え、シエルの傍でサルビアは頭を下げる。


「素敵な品を、ありがとうございます」


「こちらこそ、私を迎え入れてくれてありがとう。本当に感謝している」


 シエルとの確かな絆を感じる。出会ってから十日も経っていないが、共に過ごした時間の長さなど関係ない。ただ、お互いを尊重し合い、助け合い、大切に思えさえすれば、それは最早家族といっても何らおかしくない。


「――――さて」


 優しい時間、和やかな空気が流れるこの瞬間にも当然終わりが訪れる。


 俺はゆっくりと厚着をしているカイネに視線を向ける。極めて冷ややかな、軽蔑するような視線を。


「そら、行って来いよ、オチ担当」


「ちょっ!ちょっとおおおおおっ!誰がオチよ、誰がっ!ていうか何で皆でこんな物用意してたわけ!?私だけ仲間外れなのっ!?」


「いや、オマエに教えたらカメラのことまでばらしそうじゃん」


「――――確かにッ!言うわね絶対に、いい判断してるじゃないの」


 何を冷静に分析しているんだこの馬鹿は。


「ほら、無駄に時間を浪費すればするほど出しにくくなるぞ。オチはオチらしく、すぱっと逝って来い」


「やっ、やってやろうじゃないのよぉっ!」


 カイネが自身の上着に手を掛けた。――――その瞬間。


「あっ、もしも『プレゼントは自分自身ですっ!キャピ☆!』なんてつまらない物を出したら許しませんからね」


「――――えっ」


「おぉ……」


 まさかの先打ち、これぞ先の先。出し切る前にネタを潰される。


「ああ……確か昔、アイルがやってたっけなぁ……」


「十歳の誕生日ですね。本気で絶縁を考えました」


 それもこれも良い思い出だ。俺の場合は起床一発目に同じベッドで添い寝しながら言い放ったからな、まあ当然引かれるだろうよ。


 アレ、おかしいな……涙が零れそうだ。よし、上を向こう。涙が零れぬように。


「私……ソレ知らない」


「風邪を引いていましたものね。――――それで、カイネさん? プレゼントというのは一体なんでしょう」


 あまりの圧に圧されるカイネ。頑張れ、俺だけは味方だ!


「うっ――――うおおおおっ!なんぼのもんじゃああああいっ!!」


 いっ、いったあああああああああっ!!


「サリィ!受け取って!貴方へのプレゼントは私自身よっ!」


 自信の衣服の上から綺麗にラッピングされたカイネ自身の肉体。ここまで技術があるのなら包装ぐらいは頼めばよかったかもな……。


「お断りしますね」


 何の躊躇も無い即答。まるで天に駆け上がったイカロスが翼を焼かれたかのように失墜するカイネ。


「それでも好きよぉ!うわああああんっ!」


 諦めない心、挫けない強さ、見習いたいね。


 サルビアの口づけを奪うべく猛進するカイネ、しかし俺が動くより早くサルビアの間にシエルが割って入る。


「ダ、ダメだぁっ!破廉恥だぞ貴様ぁっ!」


「破廉恥上等っ!世の中はエロスで回っているのよっ!」


 顔を赤らめ必死に抵抗するシエル、カイネはその壁を超えるべく止まらぬ愛の伝道者。


 誰もがどう収拾をつけるのだと見守る中、女神の鉄槌が下る。


「――――カイネさん、人として、それはどうなんですか?」


「ぐはっ!」


 女神の美棘がカイネを貫く。舞い上がった人間には冷静な正論が一番深く突き刺さる、人間とはそんなものなのだ。


「ありがとうございます、シエルさん。やっぱり頼りになりますね、素敵です」


「く、くぅん」


 サルビアに頭を撫でられながら可愛らしく喉を鳴らす、貴様は大型犬か。真面目系大型犬女子と名付けてやろう。




――――


 撃沈したカイネをシエルが自宅に放り込み、タツノコとナツメも帰宅する。時刻は丁度夕刻を回った頃。黄昏時の柔らかい日差しが我が家に差し込む。


 静かになった食卓で、俺が後ろからサルビアを抱き締めながら黄昏る。


「本当に、ありがとうございました、兄さん。愛しています」


 愛おしそうにペンダントの奥に映る写真を見ながら、サルビアは俺に微笑みかける。


「ああ、俺もだ。愛してる、生まれてきてくれて、本当にありがとう」


 毎日こんな臭い言葉を吐くわけじゃない。それでも特別な日である今日だけはと、お互いの愛を再確認し、暮れる夕日を二人で眺める。



 


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