第24話

 勇者が空に手を翳し、灰の光を滞留させる。


「『勇星ブレイブサーガ灰被りの王冠アフラマズド』、肉片一つ残さねぇだぁ? こっちのセリフだ糞塵がァッ!」


 激昂した勇者から放たれるのは全てを消滅させる灰の光。そこに防御は意味を為さず、回避しようにも容易では無い。


 成る程確かに強力だ。勇猛果敢な光は勇者の敵を撃ち滅ぼし突き進むのだろう。その光の光跡にはただ一つ、勇者の足跡のみを刻み付けて。


 強力、強力、実に強力。


 ――――それがどうした。


「『冥星タナトス』」


 唯一の自身の星を起動する。迫り来る極大な灰の光を、死の影で受け止め


「――――なッ!?」


「通用しなかったのは初めてか? ああ、そうだろうな、強力過ぎるが故に、通用しなければそれまでだ」


 呆気に取られた勇者はしかし、すぐ後ろに構えている二人の従者を振り返る。


「おいっ! 剣を出せッ!」


「は、はいっ! 『星屑の刃』!」


 勇者の手には青く輝く星の刃が握られる。ああ、まさしく勇者って感じだ。


「それらしく成ったじゃねぇか。ほら、勇ましく吠えてみろよ」


「うるせぇッ!!」


 駆け出す勇者。思っていたよりも随分早いな、感心しながら腰の刀を引き抜き迎撃する。


「驚いたかッ! 俺は貴様らみてぇな塵星とは違うんだよッ! 身体能力は七倍だ! 能力が効かねぇのなら、力で捻じ伏せるだけなんだよぉッ!!」


 『勇星』だったか、俺の知る限りでは確かに強力な能力だ。全てを滅ぼす灰の光、加えて他を寄せ付けないこの身体能力ときたか。


「なっ……あぁ……?」


 鍔迫り合いの状況から、俺が徐々に圧していく。勇者は力が加えられるまま、後ずさるしか道は無い。


「な……んで……」


「七倍、ああスゲェな。俺とニルス以外ならそれだけで完封されるだろうな。けど覚えとけよ、例外はオマエだけじゃないんだ」


 俺の強さとは、すなわち殺した数だ。今まで俺が影で取り込み殺した相手の全てが俺の力になる。故に七倍の身体能力だろうが関係が無い。今の俺の身体能力は一般の星光体の百倍は容易に超えているだろう。


 冥刀に影を奔らせ、星屑の刃を殺す。呆気なく消滅した刃を茫然と眺める勇者に向けて、死の刃を一閃する。


「ぐっ!――――ッああああああああ!?」


 惨めにのたうち回り、涎を垂らしながら踠き苦しむ。


「俺の影はさ、効かねぇんだ……オマエみたいな極大な光を掲げる奴には」


 それでもと、続け様に勇者の片足を踏み砕く。


「ギッ!?」


「痛ぇだろ? そうやって傷口から入り込んで内臓を蝕むんだ。生命にとっての毒である事には変わりない」


「がぁ――――た、助けろぉッ!助けろよぉッ!!」


 無様に這いずり回り、従者の二人に手を伸ばす。


「おいおい、折れるのが早過ぎるだろ。まだまだ――――」


 折れた足をそっと掴む。掴んだ端から死の影を足に流し込む。


「うぅ………うッ!?――――ぼぇ、ガッ、カハッ」


 勇者の口から激しく溢れる嘔吐物。


 足の先端から徐々に腐り果て、自分の肉体が死の冷たさに溺れていく。そんな感覚に苛まれた勇者は遂に限界を迎えた。


「片足が腐っただけだ、キャンキャン喚くなッ」


 胸を斜めに一閃した傷口に指を突っ込む。面白いほど体が跳ね上がり、声にならない絶叫を掻き鳴らす。


「あ……ああッ!!」


 手を伸ばし、頭上に現れるのは巨大な灰の光。確実に俺を殺す為に、今までにない程力を込めているのが伝わってくる。


「――――反撃しなきゃ、生かしてやるよ」


「――――えっ?」


 僅かに期待が混じる声、今更何を期待しているのかは知らないが、この状況から生かしてくれると思っているらしい。


「欲しいのはオマエの賞金だ。死んでちゃ意味がないだろ? だから王城までオマエを連れて行く、俺が何処かに行ったら好きな所に逃げればいい。後の事は知らねぇよ」


「ほ、本当にッ!?」


「ああ、当然嘘だわな」


 必要なのはコイツの体、生きている、死んでいる、そんなものは関係無い。


 何度も刃を突き立てる、残った足を、腕を、その先を切り開き靭帯の一本一本を丁寧に切り裂く。


「やめてぇッ!!やめてよぉッ!!」


「人間魚拓まであと少しだぞぉ!男なら気張ってみろやぁ!!」


 泣き叫ぶ勇者に追撃を仕掛ける。体を捌き内臓の一つ一つを切り裂く。


「星光体、それも更に強力な、死ねないよなぁ!この程度じゃ!」


 既に人としての形を保っていない肉の塊を従者二人の方へ無造作に投げつける。


「た、たすっ、助けてッ!」


「今まで助けを求めた相手に、お前は何をした?」


「あ、…………あぁ、あ…あ」


 零れ出て来るのは悲痛の嗚咽と喉に溢れる血液のみ。背後には二人の従者、怯え、竦み上がり、当然助け起こす気配も無い。


「ガッカリだ……その程度で世界を敵に回して、勝てると思ったのか?」


「あ……ガッ……”バガに”………ずるなッ!!」


 吠える勇者を見下すようにして立ち止まる。心の底から哀れだよ、世間知らずとはまさしくこのこと。


「”バカ”はさっさと死んでな」


「うぅ――――ああああああああああああああああああッ!!」


 最後の慟哭。勇者の――――ユウトの逆鱗に触れた俺は強大な怒りの感情に晒される。


 吠えるユウトの喉に刀を突き刺し、死の影を全身に流し込む。


 言葉も無く、嗚咽も無く、ただ純粋な死がユウトを蝕み絶命に至らせる。


 こいつは、良くも悪くも劣等だったんだ。日常の中で溜まった鬱憤を爆発させるに至る『勇星ちから』を得た。それを切っ掛けに今までの暴挙に出たのだろう。


「まっ、同情なんてしてやらねぇけどな」


 ユウトの見るも無残な亡骸に唾を吐きかけ立ち上がる。


「あ、あの、私たちっ!」


「この男に無理矢理っ!」


 死の影で二人を一気に飲み込む。消滅していく足を見下ろし、ただ茫然とこちらを見る。


「な――――んで?」


「悪者を倒したヤツが正義の味方とでも思ったか? お前らは勇者の側に付いた。自分の矜持もかなぐり捨てて付いたんだろ? それに、お前らが本当に善良である可能性は低い。ならば諸共殺した方が――――楽だろう?」


 俺の大切な物を踏み躙った勇者に縋り寄った彼女達をざまあみろと見下し嗤う。


「や、やめ――――」


 声を発するよりも早く、影は二人を包み絶命させる。


 助けを求めた人間を、いとも簡単に殺してみせる。


 俺もユウトと本質的に変わりは無い。


 自身に都合が良ければ殺さない、悪ければ殺す。本当に、ただそれだけの理由で人なんか簡単に殺してしまえる。


 碌な死に方をしないなと軽く愚痴り、麻袋にユウトの亡骸を放り込む。


 討伐の報告を行う為、キリュウ邸へと足を向ける。

 



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