第8話

 雨の中、物見やぐらから村の安全を監視する。


「アイル、夜食持って来たよ」


「おお、ありがと」


 カイネが気を利かせておにぎりを持って来てくれた。共にやぐらに座り、それを貪る。


「どう? 魔物は出たの?」


「いいや、今の所はまだだな。それでもサイクロプスなんてヤツが近くで見つかったんだ、油断は出来ない」


「……うん」


 珍しく神妙な顔をするカイネ。それを安心させるように笑い飛ばす。


「気にすんなって、どの道俺がいる。何も起こらないって」


「そうだけど……アイルは平気なの?」


「平気、平気。少しの夜更かしぐらい何てことない、知ってるだろ?」


 俺は星光体。故に睡眠自体もあまり必要ない、しかしカイネの不安な表情は晴れることなく、どうしたものかとおにぎりを平らげ思案に更ける。


「……何でそんなに不安そうなんだ? 何かあったか?」


 考えたが……女心というのはどうも理解出来ん。探りを入れ合う仲では無いのだし、直接問うのが手っ取り早いだろう。


「だって――――」


「待て」


 話し始めたカイネを手で制止させる。


 東の方に放ったウルフが何かに殺され、影に戻った。すぐに周囲のウルフも東の応援に向かわせ状況把握に徹する。


「ど、どうしたの?」


「何か来る、ここにいろ」


 使役したウルフの視界を直接奪い、俺自身がウルフの体を操作する。


 茂みを飛び越え、東の小川のすぐ側に、ソイツ等は姿を現す。


 数々の武装を携えた人間の集団。山賊……いいや、これは違法の傭兵団か、以前マリナからそういった類の手合いがうろつくようになったと聞かされたのを思い出す。


 この顔は、手配書で見たことがある。類稀なる剣の腕を大陸中に轟かせた伝説の傭兵、ヴィンセント・クラーク。元貴族でありながら傭兵団を纏め上げる戦闘能力とカリスマ性。アステリオ王国からの手配書の中でもかなりの高額首だ。


 そんな男が、何故こんな所にいるんだ。


「何はともあれ、理由を聞いてやらないとな」


 義賊行為に邁進し、こんな辺境の地にまで魔物退治に精を出した、そんな馬鹿な話は有り得ないだろう。国が追う犯罪者が率いる傭兵団が何も如何わしいことなんてしていません? 通る訳がないだろそんな道理。


 絶対に殺す。これは次に訪れる脅威を確認する為の対話だ。


 即座に飛び上がり、景色は流れ、東の小川付近で着地する。近くにいた傭兵団は驚きのあまり一歩後ずさる。


 数は十人、リーダーであるヴィンセントはしかし余裕な態度でこちらに話し掛けてくる。


「おうおうどうした小僧。迷子にでもなったのかい?」


「何故ここにいる、答えろ」


 感情を面に出さない冷たい声音で一貫して対応する。


 奴らの後ろには荷馬車が一台。ここからは中身の確認は出来ないが、大方奴隷か何かだろう。


「生意気言うなよ、見逃してやるからさっさと帰りな」


 ニヤニヤと厭らしい笑みを顔面に蓄えながら、傭兵団の一員が俺を取り囲むように散らばり始める。


 こいつは俺が上空から着地したのを見ている筈だ。大方星光体であると想定してなおこの余裕の態度を浮かべられるのは何か裏があるのか、それとも自身の実力を過信したただの愚か者なのか。


「いいから、黙って答えろ」


「小僧……お前さん星光体だろ? でもよぉ、自身の力を過信した星光体ほど狩り易い奴はいないってのを知ってるかい? この人数、小僧は一人囲まれてる、悪い事は言わねぇ、黙って降伏しな、それがお互いの為だ、だろ?」


「…………ㇵァ」


 先ずは手始めに背後を取っている三人を死の影で取り込む。ヴィンセント一同はあっけに取られているが、そんな事はお構いなしと問いを投げ掛ける。


「何をしてる? 何をしてた? ……何をしようとしてる? 何でもいいから答えろよ、殺すぞ」


「お、おいおい、何かの手品か? それとも姿を消させる能力とか――――」


 左右を固めている二名も同様に影で取り込む。触れただけで即死する影に捉えられ、瞬きする間もなく、命の灯火は掻き消える。


 こいつが余裕綽々であったのも頷ける。何せ星光体ともなれば王都に行けば大成間違い無し。強力な力を持ってなお、こんな所で生活している俺が異常なだけだ。そうでなければこの歳でこんな田舎にいる理由として考えるのが能力の強度が脆弱な事。コイツは何も間違えてはいない、その考えは至極真っ当だ。


 ――――それでも、間違いを犯したのは変わらない。


「『煌け星屑』、剣となりて我が手に勝利を!」


 『星屑術』、貴族のみが扱えるこの世界の魔法。才能が無ければ扱えない、時たま一般の村人から使える者も出てくると聞いたことがあるが、やはりどうにも大成出来る程の腕にはならないらしい。


「『星屑の刃』」


 青白い輝きを放つ片刃の刃が形成される。触れる物を全て切り裂く星光の刃。


 それを構えたヴィンセントは焦りの汗を拭いつつも余裕の表情に戻っていく。余程その刃に自信があるらしい。


「いいか小僧、この刃で屠った人間の数は――――」


「言葉が分からねぇのか?」


 死の影ではどうも現実感が足りないらしい。急接近し、ヴィンセントの両手首を摑みそのまま粉砕する。


「ガァッ!?」


「最後だ――――お前は、ここで、何をしていた?」


 集中力が乱され星屑の刃も消失する。残りの傭兵団の連中も漸く自身の置かれた状況に察しが付いたのか、武器を捨て一目散に逃げ去っていく。


「ヒィ!?」


 待ち構えるのはウルフの群れ、誰も逃がさぬように包囲したソレに傭兵団は成す術も無く食い荒らされていく。


 影のウルフが殺し、俺という冥界に傭兵団の一員も仲間入りすることとなる。


「残りはお前だけだぞ?」


「こ、これから奴隷を連れて国を抜ける所だったんだッ!本当だ、信じてくれッ!」


 ヴィンセントを片手で担ぎ、荷馬車の方へと歩み寄る。


 なるほど確かに。中には二人の少女が身を寄せ合って静かに震えていた。拘束された手首は傷だらけ、そうでなくとも生傷がよく目立つ。しかし一番に目を引いたのは――――。


「奥の死体は何だ?」


 察しはつく、髪色からこちらに向き見広げられた瞳の色。


「こいつらの母親でよぉ、具合を見てたらよぉ……ついやり過ぎちまって……」


「ああ、もう……大体分かった」


「え、あっ、あ、コイツ等をやるよッ!だから命だけは――――」


 頭を近くの岩に打ち付ける。一撃で絶命しないように、何度も何度も、手心を加えながら、加減をしながら、何度も何度も何度も何度も。


 いずれ赤いザクロと成り果てた肉袋を、誰の目にも映らせない為に、死の影で取り込み消滅させる。


 馬車の方を振り返ると、やはりというか、姉妹は恐怖の目で俺を見上げている。きっと殺してしまった方が楽なのだろう、余計なものを背負わなくてもいいのだろう。


 ――――それでも。


「ケルベロス、送ってやれ」


 影から這い出てくる俺の従僕、人狼のケルベロス。黒い毛色に赤の瞳、俺が獣になるのならこんな姿なのだろうな、などと思いながらも荷馬車を引くように指示をする。


 ケルベロスは一度コクリと頷くと荷馬車をゆっくりと引き始める。


 指示したのは王都アステリオ、そこに住まうキリュウ家へと荷馬車はゆっくりと進んで行く。


 このまま行けば深夜の内に辿り着けるだろう、マリナにまたどやされるかな。


「あっ、やべぇ、これ羽織ってけ!」


 傭兵団の荷物の中から手頃な布をケルベロスに被せてやる。いくら人目が少ないといっても人狼に街中をうろつかせるわけにはいかないもんな。


 辺りに散乱した肉の破片や血の一滴を残さず死の影で飲み込み、傭兵団の荷物を持って俺はこの場を後にする」




――――


「ただいま」


「……おかえり、何か有ったの?」


「違法な傭兵団、指名手配されるような連中だ。安心しろ、もう殺したから」


 アイルの顔に僅かに付着した血液を拭き取りながら、カイネは寂しそうに、それでも笑顔を作る。


「そっか、それなら安心だね」


「そういえば、出る前に何か言い掛けてたよな?」


「それは――――」


 先程伝えそびれた言葉を口にしようとし、思い止まる。


「やっぱり信じられなくてさ~、いっつも眠そうなのに眠くないなんて言ってさぁ?」


「なんだよ……そんなことかよ。いつも言ってるだろ、安心しろって、疲れたら言うから、カイネも今日は休めよ」


「う、うん。そうするね」


 やぐらを離れて家へと駆けるカイネ。


「だって――――」


 私たちを守ってくれるアイルを一体誰が守ってあげられるの?


 『最強』の星を見上げる事しか出来ない少女は、悔し涙を目に溜めながら家への帰路に就く。

















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