第9話
ナツメとの洞窟探索、鍛冶場でのネックレス制作依頼、傭兵団の討伐、その日から五日の時が過ぎた。
「さあみんなっ!そろそろ出発するよ~!」
「はぁ~い!」
今日は村の子供たちを連れて山菜を取りに南にある山の中へ、その中の泉を目指し、ついでに五右衛門風呂用の特大の風呂桶に水を汲みに行く。毎年春になると山菜取りと一緒に催される、要は遠足のようなイベントをカイネ主催で開いているというわけだ。
「山菜を摘んだら私に見せてね。キノコなんかも拾っていいけど、これもちゃんと私かアイルに聞くこと。後、変な物には触らない事っ!それじゃ、しゅっぱ~つ!」
毎度ながらのカイネの注意説明が行われ、俺たちは泉を目指すために山へと足を踏み入れる。合計十人、俺とカイネの二人で引率するのは少し大変だが、他に頼れるような奴はいないので仕方がない。
タツノコは子供には人気だが今は家が忙しい、ナツメは論外……一応錬金術の研究を進めているらしいが言い訳にしか聞こえなかった。サルビアに関しては取ってきた山菜の調理担当となっているため、引率で体力を消費させるわけにはいかない。
「カイねぇ、これは~?」
「おっ、ふきのとうってヤツだねぇ。どんな調理してもおいしんだよ~?」
「マジかっ!?レアじゃんっ!」
「マジレアだねぇ。じゃんじゃん摘んでって~」
結局、毎年恒例のこの二人での引率となる。
「アイルぅ、乗せてよぉ~」
「おうおう待ってろ。ヤン、ラン、ワン、交代だ。さっさと降りろよ~」
「なにさ、なにさっ!」
「あちしらを降ろしてその子を乗せようっていうのっ!?」
「しつれいしちゃうわっ!れでーのあつかいには気を付けてよねっ!」
「いいからさっさと降りなさい」
「はぁ~い」
ヤン、ラン、ワンの三馬鹿三つ子、耳年増な時期なのか、レディがどうの恋がどうのと小うるさくなってきやがった。赤ん坊の頃から知っている身としては何だか純真さを失ったのを嘆くというか、成長しているなと微笑ましくもなり、不思議な気持ちに心中が支配される。
俺が抱えている風呂桶を地面に下ろし、三つ子と他の子供たちを交代させてやる。
子供の世話というのはどうも苦手だ、なんというか、俺の心の中を見透かされているというか。どうも子供相手には子供用の態度というものを作って接してしまう。それでも普通の同年代と同じような接し方が漏れ出てしまう。本当に子供と接するのは難しい。
だから基本的にはカイネに丸投げしているのが現状だ。今も楽しそうに子供たちと一緒にはしゃいでいる。これはきっと本心だからこそ為せるのだろう。心の底から楽しみ、子供たち一人一人との距離感の取り方も上手い。子供扱いをするべき時は甘えさせ、本人を尊重するべき時はきちんと意見を受け入れる。
俺にはとても真似できないし、だからこそカイネのそういう部分に憧れる。
「ちょっ!?ダメダメ~、そのキノコはだめだって~。毒持ってるからねっ!触っただけでも肌が痒くなっちゃうよ~!」
「やっば!?こっわ!?」
「カイねぇ、コレは?」
「それは食べれる、バターでさっと炒めるのがいいかなぁ~」
そんなことを話しているとすぐに泉へと辿り着く。皆一様にはしゃぎ、泉へと駆け出していく。
山の中では随分とキレイに澄んだ泉、少し上から滝が流れており静かな水音が辺りに鳴り響いている。森の中にポツリと存在する泉はとても幻想的な雰囲気を漂わせている。
「さっ!それじゃあお昼ご飯タイムで~~すっ!」
子供たちが歓声を上げる。なんたってサルビアのお手製なのだ、村でも随一の料理の腕を持つ彼女の弁当。これで喜ばない奴はいない、喜ばなければ俺が許さない。
「アイルぅ、アイルぅ」
「んん?」
「あ~~ん」
「はいよ」
この子は今回参加した子供たちの中でも最年少であるイリス。何故か俺にベッタリ懐いており、見かければ必ずと言っていい程俺に甘えてきたり、甘やかしたりしてくる。
「おいしぃ?」
「うん、美味い。ほれ、イリスも」
「あ~~ん」
サルビア特製のおにぎりをイリスに差し出す。少し口にし、顔が崩れる様にニヘラと笑う。キレイな黒の長髪を撫でてやると気持ちが良さそうに体を擦り寄せてくる。
「アイルがセクハラしてるわ~~っ!」
「あらあら、イヤですわ~、イヤらしいですわよ~」
「あいるはすけべぇなのだわっ!ろりこんなのだわっ!」
「黙って食べなさい」
俺の分のおにぎりを差し出すと砂糖に群がる蟻のように……いや、花に集まる蝶のように、俺の手に持つおにぎりへと群がってくる。
「さぁ、食べ終わったら運動よ~っ!」
昼飯を終え、カイネははしゃぎながら泉へと飛び込んで行く。それに続くように子供たちも泉に飛び込んで行く。
「深いトコには入るなよぉ~」
風呂桶に水を貯め、引率は引率らしく泉ではしゃぐ子供たちを見守る。ここからは少し休憩タイムだ、微笑ましくもなりながら警戒心を持ちつつゆっくりと眺める。
木漏れ日が降り注ぐ泉はまさしく平和の象徴だ。カイネの周りに子供たちが集まり、皆楽しそうにはしゃいでいる。こんな光景を見る度に、ここに生まれ直せて良かったと心から思える。
しかしこんな日常を破滅させる足音が、茂みの中から転げ出てくる。
薄緑の髪を両側で結んで後ろに垂らしているいる、女、亜人族、ツンと張った両耳、エルフ、手には弓、背には矢、衣服は何者かに襲われたのかズタボロに、転んだ姿勢から立ち上がろうとして俺たちと視線が合う。冷静に分析し、相手の出方を伺う。
弓を持っている手の筋肉が僅かに動く。
––––その瞬間、俺は駆け出し相手よりも早く弓を弾き飛ばし、右手の手刀で左腕の肩関節を外すため、放つ。
「グッ!!」
そのまま態勢が崩れたエルフに対し左手を使い首を抑え、地面に叩きつける。馬乗りになり、右手の手刀でそのまま顎を砕くべく––––。
「アイルッ!!!」
声を掛けられ、俺の思考は臨戦態勢の状態を解除される。
泉の方に目をやるとカイネがこちらを不安そうな目で見つめている。子供たちは、カイネの背に隠れ怯えている。
取り押さえているエルフの方に目を戻すと、先程地面に叩きつけた衝撃で気絶したらしく、静かに目を伏せている。
さすがに子供たちがいる前ではやり過ぎてしまった。今になって後悔が溢れ出てくる。いくら相手が怪しい人物だとしてもいきなりコレはやり過ぎた。
いつもこうだ、これが俺だけならこんなことはしないだろうが、守るべき相手が近くにいると当たり前のようにやり過ぎてしまう。
––––いや、これも言い訳染みてるな。俺の暴虐性をこの子たちのせいにしちゃあいけないな。少しの自虐心を抱えながらエルフの少女を抱える。
「ゴメン……やり過ぎた。出来るだけ急いで帰ろう。手当もしてあげなきゃいけないし」
「……うん。……さっ!みんな、急いで帰るよ!この子の手当てをしてあげなくちゃ!」
無理矢理作った笑顔を向けて、俺たちは村への帰路に就く。カイネもわざとらしく明るい雰囲気を作り出して、泉の中から皆を引き上げさせる。
折角の楽しいイベントが、とんだ事態になってしまった。風呂桶は一度ここに置いていき、また後で取りに戻ろう。俺は少し後悔しながら、皆の少し後ろを付いて行く。
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