第7話

 帰り道、ナツメを川で洗った後、俺たちは村を目指し始めた。


「あ〜あ〜、びしょ濡れの男に背負われたくないとか言ってたのはどこのどいつかな〜」


「こ、こんなに可愛い女の子を背負えるなんて〜、アイルは幸運だな〜」


 ナツメの服が乾くのを待っているわけにもいかず、びしょ濡れのナツメを背負い歩く。


 時刻は既に夕方に差し掛かる。やはり早朝に出発したのは間違いではなかったな。


「それで、収穫はあったか?」


「うん、面白い鉱石も取れたし、研究が捗るよ。次も期待しててね!」


「ああ、爆発しねぇようなので頼むわ」


 ――――錬金術。


 世界に巡る『星光ステラ』を物質に宿し、新たな物質へと作り変える。


 古代キスラ文明から現代まででその姿は鳴を潜めたものの、今の時代にもナツメのように過去の文献を読み解き、過去の技術を習得しようとする輩が存在する。


 失敗すれば相応の危険が発生する。物質に星光を流し込むのだ、一つ間違えれば物質が融解したり、下手をすれば爆発してしまう。


 つまり、錬成し、爆発するまでの一瞬で俺がナツメを安全圏まで飛び退く。それが俺たちが行なっている錬金術の実験である。


 因みに、未だ現在望む物を錬成することは叶っていない。


「ほおら、着いたぞ」


「ありがとう、実験する時は呼ぶからねっ!」


「おう、またな」


 ナツメを家に送り届け、俺は集めた鉱石を手にタツノコの家へと向かう。


「タツ〜、昨日言ってた土産持って来たぞ〜」


「おお、昨日話したばっかなのに、えれェ早ェな」


 鍛冶場の中を覗くとタツノコが汗を流しながら道具の修繕を行なっていた。


「包丁研ぐのぐらいやらせりゃいいのに」


「まあまあ、言ってやんなよ。ウチもこれで飯食ってんだから、頼られるのも悪りぃ気しねェしな」


「そんなもんかねぇ」


 カゴを下しながら、掘り出した鉱石を見せびらかす様に手にする。


「ほら、見てみろよ。アラミタマ、すげぇの出て来たぞ」


「うおおッ!?マジかよッ!?」


 飛び付くように俺の手元の鉱石を凝視する。それはもう、まるでトランペットをガラス越しに見上げる少年のように。


「これで親父さんの機嫌も直るだろ」


「直るどころか、ご機嫌すぎて一瞬で仕事を終わらしちまうだろうさ。……なぁ、アイル、ものは相談なんだがな……」


 デカい図体を押し縮めて俺の傍で耳打ちしてくる。何か悪いことを考えてる顔だな、こりゃあ。


「このアラミタマ、俺に預けちゃくれねェか?お前に最高の刀を送ってやるからよ」


「おっ、マジか。俺は嬉しいけどさ、親父さんはいいのかよ?」


「ああ、大丈夫大丈夫。どうせ仕事してりゃあいつか許してくれるだろうしな。……それに、職人としてアラミタマを逃す方が惜しいぜ」


「まあ、タツがそれでいいんなら――――」


「むぅッ!これはレア鉱石の香りッ!!」


 鍛冶場と家屋を繫げるドアをブチ破り、ドワーフような小柄な老人が飛び出してくる。その勢いのままタツノコを蹴り飛ばし、キレイに俺の眼前へと着地する。


「お、おほぉ~ッ!!アイルゥッ!!そりゃ、オマエさん、アラミタマじゃないんかねッ!?」


「い、いや……まあ……そうっすけど」


 蹴り飛ばされたタツノコは自身が作り上げた三本の刀の成り損ないに顔を埋めている。どうしても目の前の親父さんよりそちらに目をやってしまう、相変わらず元気が良いというか……。


「こぉれッ!もっとちこうで見せんかッ!」


「ほいよ、ごめんなさいね」


 タツノコの親父さん、トツマキ爺さん。息子と変わらぬ赤毛を髭に繋がるまでしっかりと蓄えている。息子と違い背は異様に低く、俺の胸よりも若干下の位置に頭が来る高さだ。


「た、堪らんッ!何年ぶりかのぉ!アラミタマちゃんやっ!」


「おいコラ親父ィ!ソイツは俺のだぞッ!俺が最初に色つけたんだッ!」


 即復帰し親父さんに噛み付くタツノコ。相変わらずの耐久力である。


「なぁにを言っとる!どうせそこに転がっとるなまくらが出来上がるだけじゃろうて!」


「うるせェな!失敗を糧に色々学んだんだッ!次こそは完璧な刀を作ってやれるさッ!」


 目の前で繰り広げられる親子喧嘩……でもないか、割といつもの光景を眺めながら、今日の晩飯は何だろうなぁ何てことを考えていると、こちらの方に矛先が向けられてしまう。


「アイルッ!お前さんはどっちに作って欲しいんじゃ!?勿論ワシじゃろぉ!?」


「いいや、俺だッ!だろ、アイルッ!」


 何だこの乙女ゲームみたいな展開は、嫌すぎる、絵面がうるさすぎるんだよ。


 まあ、冷静になって考えてみよう。いや、考えるまでも無く親父さんに作ってもらった方が実用的な面では優れているだろう。鍛冶の道を突き進むは二十年以上、技量と経験はタツノコとは比較にならない程上だ。


 しかしタツノコもここ最近は腕を上げてきた。まだ経験は浅いが、それ故に新しい視点から得た閃きにより面白い物を作ってくれそうというのにも興味はある。


 ここは迷うが――――。


「タツにお願いしようかな」


 トツマキの親父さんは膝から崩れ落ち、タツノコは大きくガッツポーズをしてみせる。


「ありがとよぉ、アイルゥ!心の友よッ!」


「ハハッ、まあ舐めたモン作りやがったらぶっ飛ばすけどな」


 トツマキの親父さんが作り上げる実用性を切り捨ててでもタツノコの可能性に掛けたのだ。親父さんの職人としてのプライドを逆撫でしないように、フォローするのも含めてここは厳しく釘を刺しておく。


「おおうッ!任しとけッ!あっと驚くモン作り上げてやらぁッ!!」


「ぐぬぅ……まあ、ここは若いもんに任せて引くかのぉ」


「あっ、ちょっと待って。親父さんにはコレを頼みたくてさ」


 カゴの中にある鉱石を指差し、見せる。


「この蒼いやつでさ、こう……ネックレスみたいに出来ねぇかな。丁度十日後までに」


「んん?ネックレス……十日後……ははぁ〜ん、成る程のぉ。任しときッ!立派なヤツを作ってやるわい」


 何かを察したようにニヤリと笑い快く了承してくれる。


「ハハ、頼むな。それじゃ、よろしく」


 少し気恥ずかしさを感じ、頬を掻きながら別れを告げる。





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