第6話

「やっと着いたぁ」


 山道の中を進み続け、ようやく山の麓の洞窟へと辿り着くことが出来た。人の出入りは殆ど無く、あるとすれば俺と俺が同行するフール村の人達ぐらいだ。


「全然歩いて無いだろ」


 時刻は正午を少し過ぎた頃、服はとっくに乾いていたがあまりにも気持ちよさそうな顔で眠るナツメを起こすのは忍びないと思い、こんな時間まで寝かせてやっていた。


「それでも達成感は感じるものさ、さあさ、研究だっ!」


「まあ待ちたまえよナツメ君、暗い洞窟の中で研究する為の必需品を持ってきてやったんだよ」


「お、おお!しかしてそれはっ!」


「じゃんじゃじゃ~~ん、ランタン~~!」


「うっわ!凄ッ!貴族の人達が使ってるの見た事あるっ!」


 俺が取り出したのは木製のランタン。手頃なサイズ感で持ちやすく、灯りも十分。予備の蝋燭も完備と至れり尽くせりだ。


「どうしたのっ、コレっ!」


「マリナからの依頼でな、ケラウノスとかいう暴れ馬をブチ殺して来いって言われて、そんでコイツがその報酬」


 全長約十メートル、地平線を雷鳴の如く駆ける『星獣』ケラウノス。普段は大人しいが外敵を見つけた瞬間、文字通りの雷へとその身を変えて襲ってくる。


「いやぁ、高い買い物だった」


 マジで、速すぎて影が当たらねぇのな。一分も掛けちまったわ。


「そのおかげで暗闇を克服出来んだ、万々歳だろ」


 先程まで使用していた焚き火の火種を蝋燭に移し替え、ランタンに装着する。


「よし、行くか」


「うんっ!」


 ようやく目的の物にありつけるとテンションの上がったナツメと共に、俺たちは洞窟の中へと進む。




――――


「こっから先は足元気ぃつけろよ、滑るから」


 洞窟の入り口付近は最早珍しい鉱石も無く、タツノコの親父さんの興味を引く物も中々見つからないだろう。やはり目指すは最奥、俺もあまり立ち寄らないそこなら面白そうな鉱石が見付かる筈だ。


「でもさ、何だか静かじゃない?こんなものなの?」


「いいや、確かに今日は妙に静かだ」


 いつもならここまで入り込めば、スライムなりスパイダーなりに襲われる筈なのだが、いかんせん今日の洞窟は静まり帰っている。


「警戒して行こう、俺から離れるなよ」


「う、うん」


 いつもと違う空気を察して、ナツメは俺の傍をピッタリとくっ付いてくる。


「ここを曲がったら一番奥だ」


 ゆっりと歩を進め、警戒を一時も解かぬまま曲がり角へと手を掛ける。


――――瞬間。


「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」


 洞窟全体を震わす程の爆音、悲痛にも似た激しい慟哭。天井からぱらぱらと石片が降ってくるのをナツメを庇うようにして覆い被さる。


「うっるせぇッ!」


「なになにっ!?なんなのっ!?」


 即座に反応してナツメの耳を塞いだのは幸いだったな。俺ですら騒音と感じ取れる程だ、常人なら鼓膜の一つも破れていただろう。


 おそるおそる、曲がり角を覗く。そこには――――。


「サイクロプスっ!?」


 全長約二十メートル、灰色のぶよぶよとした肌を持ち、しかしてその肌の下には鋼以上に鍛え上げられた筋肉を持っている。単眼の眼はあちこちに泳ぎ、明らかに恐怖の渦に飲まれている。


「なんでこんな所にいるんだ?」


 そもそもサイクロプスは三体の群れを成して生活を送っている筈だ。しかも乾燥地帯に自身の群れで穴倉を掘り、巣を作るのが通例だ。こんな自然の洞窟の、それもこんな湿度の高い場所に存在すること自体そもそもおかしい。


「ど、どうするの?」


 図鑑でしか見た事が無い魔物に対し、ナツメは声を震わせる。


「――――決まってる」


 元々住んでいた場所に追い返す?恐怖に染まっているから可哀想だ、身を晒して落ち着かせてみようか?いいやありえない、必ず殺す。俺の能力が、性分が、そんな生易しい選択肢を除外する。


 皆から恐れられる魔物がこんな近くにいるんだ、何人たりとも俺の日常を壊させはしない。俺の行動は素早かった。


「『冥星タナトス』」


 星を起動し、相手が視認する前から放たれる影の渦。すぐにそれはサイクロプスの全身に行き渡り、その生命を絶命させる。


 ああどうだ、ざまあみやがれと、貪り食らい蹂躙する。誰しもに訪れる平等な死を不平等に振り撒き、嘲笑うかのように一瞬にして命を摘み取る。


「――――――」


 サイクロプスが浮かべる恐怖の眼、それが影に飲まれる瞬間、どこか安堵するような、もう恐怖を感じなくて済むと、そんな安らかな眼をして見せたのを俺は見逃さない。


「お、終わった?」


 そこには元々何も無かった様な沈黙のみが残されていた。


「ああ、さっさと掘りに行こうぜ」


「何であんなのがいたのかなぁ」


「さあな、今考えても分からねぇだろ」


「それは確かに」


 ナツメは鞄から訳の分からない液体や器具、それに錬金術の本を片手に壁面へと近づいて行く。


「わっ!コレってサイクロプスのふんだっ!すごく硬い、しかも肉食だから臭いね!」


 臭いね!じゃなくてだな、何ていうものを残してくれやがったんだあの野郎は。そんな糞を嬉々として容器に詰め込むナツメ。


「それも持って帰んの? ……錬金術とは関係無いだろ?」


「当然、持って帰るよっ!こんなサンプル滅多に手に入らないんだから、生態調査の一環だよ!」


「まったく……そんなの図鑑で見ればいいのによ」


「自分で調べて答え合わせをするんじゃないかっ!」


 まあ、勉強大好きナツメちゃんからしたらそれが堪らないものなのかも知れないな。


 邪魔にならないように少し離れた位置の壁面を素手で抉る。素早く突き砕かないように、ゆっくりと手刀を岩壁の中へと押し込んでいく。


 鉱石というのはいわば生命エネルギーの塊だ。死を根強く感知する俺からすれば捉えられないが、逆に言えば感覚の隙間にこそ目的の物があるということ。迷い無く腕を伸ばし、目的の物を掴み取る。


「―――見つけた」


 この世界において最硬と呼ばれている鉱石、アラミタマだ。鉱石の状態でも明らかな極彩色の輝きを放ち、角度を変えれば七色にその色を変化させる。これを用いた刃は全てを切り裂くと呼ばれている。


「よしよし、前から目星は付けてたんだよなぁ。」


 目の端に映るのは蒼い輝きを放つ綺麗な鉱石。磨けばキレイな宝石になるだろう、これもお土産として持って帰るとしよう。実用性は皆無、だとしても装飾品としての活用法はあると、その後も俺はキレイな鉱石を何個か掘り出し、カゴに入れる。


「よし……ナツメ、そっちはどうだ?目当ての物は見つかったか?」


 ナツメの方を見るが……コイツは一体何をやっているんだ?


「アイルぅ………助けてぇ」


 サイクロプスの糞に埋まり、涙目でこちらを見上げている。はしゃぎ過ぎたナツメは足を挫き、糞へと顔面ダイブをかましていた。


「……背負って帰ってやらないからな」


「いいからぁ……助けてよぉ」





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