第5話

「まっ、こうなるのは知ってたんだけどさぁ」


 村を出てから十分も経たずに撃沈し、俺が背負う事となった我が幼馴染ナツメ。


「はぁ~、快適」


「そりゃ良かったな」


 山道は風が心地良く、天気も快晴、絶好のお散歩日和だ。特に今の季節は春先、木陰に入れば涼しく、日向に出れば心地よい暖かさに包まれる。


 東の洞窟までは急ぎ足で約一時間、俺はあまり用事が無く、今回みたいに誰かの付添として、鉱石が足りないなどの依頼を受けた時に行くぐらいだ。


 鉄鉱石がそこそこ掘れる為、鍛冶屋としても採取に出掛けたい穴場スポットなのだが、いかんせん奥に行けば行くほど魔物が出る。俺一人で取り尽くしてしまってもいいのだが、どんなしっぺ返しを食らうか分からない、魔物とはいえ恨みは買わない方が得策だろう。


「疲れたね、そろそろ休憩にしないかい?」


「さっきからそればっかじゃねぇか、もう少し我慢しろ」


「うぅ、アイルはもう少し僕に優しくしてもいいんじゃないかな。これでも一応女の子なんだよ?」


「今更だろ、そもそもお前を背負ってるくらいでドキドキしないっての」


「ドキドキしなくても女の子として優しくして貰いたいんだよ。それに……本当に何も感じない?………これでも?」


 俺の首に回っているナツメの腕がきつく締まる。先程よりも更に密着し、ナツメの体を僅かながらに感じ取ることが出来る。確かに女性らしい膨らみが出ている気はするし、女の子から出る特有のフェロモンを鼻で感じ取ることが出来る。


 ―――しかし。


「お前の無い乳じゃ感じねえって」


「やっぱり男は大きな方がいいのかい?」


「デカけりゃいいってモンでもない。やっぱり誰のってのが重要だろ」


「ああ、サリィのじゃなきゃ反応しないと」


「何でここでサリィだよ」


「……シスコンだから」


「誰がだよ」


 軽く揺さぶり、飛び跳ねる。軽く飛んだだけでもそこらの成木すら飛び越える事が出来る。


「わっ!わ~っ!やめてってば~っ!」


「ならば謝りなさい、人をシスコン呼ばわりしてごめんなさいと!」


「じゃあ逆に聞くけど、サリィが結婚する時はどうするのさっ!正気でいられるのっ!?」


 飛び跳ねる刑を一時中断し立ち止まる。


 やれやれ、コイツはいきなり何を言い出すんだ。そんなの既に分かりきっていることじゃないか。


「―――サリィは、お兄ちゃんと結婚するんだぞ?」


「うわっ」


 うわっ、てなんだよ何引いてんだ、おい危ないだろそんなに体から離れたら、落ちたらどうするんだ。


「……ここまで重症だったなんて……現実を見るんだ、アイル。サリィもいつか嫁にいく、分かるだろう?」


 コイツは、イッタイ……何をイっテイルンダろー。


 サルビアは……イモウ……ト……は……。


「だああああああッッ!チクショウッ!分かってんだよそんな事ォッ!」


「落ち着け!カイネがいるじゃないか!他の子と豊かな家庭を築き上げようじゃないか!」


「いやああああああッ!行かないでくれサリィッ!お兄ちゃんを一人にしないでぇッ!」


「聞く耳持たんか……ならばっ!」


 俺の心が掻き乱されている隙に、ナツメを俺を引き倒し、傍に流れる小川へと突き飛ばした。




――――


「落ち着いたかい?」


「サリィ……うぅ……。あ、ああ、大丈夫だ。世話を掛けたな」


 川に突き落とされた俺は何とか正気を取り戻し、平常の精神を取り戻すことが出来た。


 今は川辺で服を焚き火で乾かし中だ。元々ボロボロの服だったし、俺は別に濡れていても構わないと言ったが、ナツメが濡れた服に寄り掛かるなんて嫌だ、というわけでわざわざ乾かしているのであった。


「年々重症になっていってないかい?」


「うぅ、いつか克服せねばとは思ってんだよぉ……今じゃ無くてもいいだろぉ」


「サリィももう十五になるんだし、そろそろ覚悟決めとかないとさ。本当に相手の方を殺しかねないからね」


「……正直、殺さねぇ自信がねぇ」


 俺の発言にナツメが軽く頭をはたく。


「いいから魚を取っておいで、僕はお腹が空いたんだよ」


「了解、ちぃっとばっか頭冷やしてくる」


 パンツ一丁のまま、川の中へと進んでいく。深さは俺の膝の少し下程度と大して深くは無い。


 流れに身を任せて泳ぐ魚目掛けて手刀を振るう。音など出ない、魚はあまりの衝撃に自身が絶命したとも知らずに俺の手の中へと落ちていく。


「お見事」


「どーも。どんどん焼いてけ」


 その後、魚掬い上げマシーンと化した俺は七匹程魚を掬い上げ、ナツメが腹を捌き、内臓を取り出した後、それに手頃な木の枝を突き刺し、焚き火の前に並べていく。


 これで、見事な朝食の出来上がりだ。


「ねぇ……ホントに川の水飲むの?」


「昔はよく飲んでたろ?」


「そうだけどさ……食事時に飲む物じゃないでしょ」


「一理ある。しょうがねぇ、十秒待ってろ」


 ナツメから少し距離を取り、俺は地を駆ける。ノロノロと歩いてきた道程を遡り村の中の井戸から適当な量の水を竹で作り上げた水筒に注ぎ込む。後は戻って来たのと同じようにして俺は元いた地点へと戻ってくる。


「ただいま」


「おお、十秒ジャスト。さすがだねぇ」


 差し出された水筒にしゃぶりつく様にして水分補給を行うナツメ。もう少し女の子らしくすればいいものを。


「何はともあれ」


「いただきます」


 ナツメの鞄から塩を取り出し振りかける。程よく脂がのっていて食べ応えがある、やっぱりいいねぇこういうのは。


「来てよかったぁ~、たまには外で食べるのもいいね」


「だろ?出不精なオマエを連れ出して大正解だったな」


「思いやりが胸に沁みるよ……」


 何か思う所があるのかな?語尾に少し影がかかってるぞ?


「ごちそうさまでした」


 何はともあれ、旨かった。外で食う飯は旨いな。


「服が乾き次第出発するか」


「だね、それまでどうする?木の実でも集めてようか」


「いいから寝てろよ、このままじゃ洞窟行った所で力出ねぇだろ?」


「なんか……変なトコで優しいんだもんなぁ」


 少し顔を赤らめて照れ笑いする。こういう場面だけ切り取れば間違い無く可愛らしいんだけどな、そこに恋愛感情の有無はともかくとして。


「俺はいつでも優しいだろ?ほら心配せずに寝てろよ、時間になったら起こすから」


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 鞄の中から小さな毛布を取り出し、それを地面に敷いて眠りに就く。


 ナツメの無邪気な可愛らしい寝顔を見ながら、流れる風と小川の音に耳を傾ける。






 




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