第4話

「お疲れさん!もう上がっていいぞ!」


「了解、後はお願いしますね」


 朝日が昇り始め、時刻は五時に差し掛かる。


 村では老人や大人たちが起床し始め、各々畑へ向かったり朝食を準備したりと、朝からまあ何とも忙しない事。やぐらにも警備の担当者がやって来て、軽く労ってくれる。


 暇潰しの為に持って来た古文書……は殆ど字が読めず仕舞い。紙の上に彩られた文字をただ視線でなぞるのみとなってしまった。


「一応、返しに行くか」


 この時間でも起きているだろうと高を括り、中央通りの少し外れへと足を運ぶ。


 俺の家と変わらず小さな家、この村では珍しくない農家を営んでいる。その一人娘も両親に習い農家を……黙って営んでいれば何と親孝行ものなのだろうと涙が溢れてくるというものを。


 二階建ての家の敷地内に置かれている少し大きめの物置、我が物顔で敷地に足を踏み入れる。引き戸を横に滑らせ、物置小屋の中に朝日が差し込み宙に舞う埃の姿を色濃く感じさせる。


「ナツメ~、いるか~」


「んがっ!」


 小屋の中は四方を本棚で埋め尽くし、その中心には毛布に包まった一人の少女が倒れ伏している。


「なんだ、珍しく寝てたのか」


「いやいや寝てないよっ!意識が飛び掛けてただけっ!」


 慌てて飛び起きるのは幼馴染の中でも最年少、俺の一つ年下のナツメである。


 くすんだ銀色のおかっぱヘアー、同様に銀色の目を擦りながらこちらの方を見てくる。体は非常にスレンダーというか、やせ細っている、不健康、言い方は様々だがあえて言うなら無い乳。こうして日がな一日物置小屋で書物を漁る毎日を過ごしていれば育つ物も育たんだろうに。


「ほい、借りてたヤツ」


「えっ!?もう読んだのかい!?感想は、どうだった!面白かったでしょ!?」


「いんやさっぱり、古代文字は相変わらずだな」


 弾ける様に問い詰めてきたナツメの勢いは俺の返答によりすぐさま撃沈する。毛布に顔を埋め、ガッカリだと言う様にテンションが下がる。


「なんだよぅ……だったら借りていくなよぅ」


「悪かったって、謝るからさぁ」


「悪いと思ってるなら家からご飯貰ってきて……もう丸一日飲まず食わずなんだよぅ」


「甘えるんじゃねえよボケが」


「うわ~ん!アイルのいぢわる!いいじゃないか、お腹が空いて死にそうなんだよぅ!」


「成人したにも関わらず一日中引き籠って本を読みふけっている放蕩ほうとう娘にぃ?汗水たらして働いている両親に対してぇ?部外者の俺が娘の料理を下さいってかぁ?お~いいねぇ、働かずに他人を動かして食う飯はさぞ上手いだろうなぁ」


「もうやめてええええっ!聞きたくないいいいいっ!」


 世界と隔絶する様にお気に入りの毛布に包まる。その速さは星光体である俺でさえ見抜けない程、こと引き籠る事に関してはナツメの右に出る者はいないだろう。いてもらっても困るが。


「今は何読んでるんだ?―――錬金術のヤツとかか?」


「ふふん、聞きたい?聞きたいんだぁ?」


 真ん丸の顔だけを毛布から出し、こちらを見上げてくる。コイツはこういう話題を振ればすぐに機嫌を持ち直す、なんとも扱いやすい女だ。


「コレだよ、コレっ!錬金術についての研究資料っ!王都の方で偶々見つけちゃってさぁ、コレはもう買うしかないって思って……」


「思って……?」


「ごめんなさい、キリュウ様に頼み込みました……」


 そういった頼み事がどうのこうので一番聞きたくない人物の名前が耳に聞こえてくる。


「……どっちの、って言っても……決まってるよなぁ」


「妹様の方です……」


 ハリベル・キリュウにマリナ・キリュウ、俺たちが住まうフール村の領主に当たる貴族様だ。姉の方なら何とかなるものを、コイツはよりによって妹のマリナの方に頼みやがった。


「……要求は?」


「アイルに直接……だそうです」


「胃が痛てェ……」


 俺たちとは歳が近いのもあってか、家柄を越えて仲良くはさせてもらっている。しかし姉はまだいいんだ、妹はダメだろう。


 国境付近に出没する山賊や魔物の討伐、それらを遥かに超越する『星獣せいじゅう』なる化け物の討伐、罪を犯し逃亡した星光体ステラボーンの殺害等々、あれやこれやと頼み込んで、いいや命令をしてくる。領主様である以上無下には出来ず、俺は渋々ながらも依頼を受け続けていた。


 報酬も出る、それで村が豊かになるのならと最初はなあなあでやっていたが、最近はそれが少しばかりしんどく感じる。日常を愛する俺からしてみればマリナは日常を脅かす悪性腫瘍の様な物。コイツに関わる度、俺の日常は緩やかに狂わされていく。


「あ、あああ、あのぅ……ゴメンよ?」


 深い溜め息が出るが……まあ仕方が無い。


「いいよ別に、どうせそろそろ来る頃だと思ってたんだ」


「うぅ、この本読ませてあげるから……」


「読めねぇっての……まったく」


 少し憂鬱になるな………ああ、嫌だなぁ。


 憂鬱な気分を払拭する為に身近な記憶で頭を埋め尽くす。特にサルビアのことを思い出してこの暗い気持ちを払拭するのだ。ああ、我が愛しのサルビアよ、お兄ちゃんは辛い現実にブチ当たっています。どうか陰ながら応援して下さいませ……。


「あっ、そうだ」


 いい事を思い付いたと手を叩く。昨日、タツノコとの話を思い出す。


「ナツメ、東の洞窟行きたがってたろ?タツノコの親父さんにお土産見繕いたいからさ、オマエも来いよ」


「えっ?」


 俺を見上げる視線からあらゆる感情が読み取れる。


 え?今から行くんですか?僕今徹夜明けでこれから寝ようとしたんですけど、ご飯も食べて無いし、喉も乾いたし、体温調節がうまく出来なくて冷や汗とかかいてるんですけど本当に行くんですか?


「行くだろ?」


「……行きます」


 俺の圧に押されてか、自身の研究欲に負けてか、どちらかは知らないが決意を固める事が出来たようだ。


 諦めた様にフードを被り、研究道具を一式抱えて、元々白い顔を更に青白く変色させ俺たちは小屋を出る。


「とりあえず朝ご飯でも食べてから……」


「途中の川で魚取って食うぞ」


「……せめて飲み水ぐらいは」


「川の水を飲め」


「……ふぁぁい」


 小石に躓きこけそうになるナツメを支えてやる、こんなボロボロの状態でも洞窟に行きたいなんて、いやぁ研究熱心だなぁ。


「……心が折れそうなんですけど」


「大丈夫、折れないように支えてやるから」


 完全に死んだ魚の様な目を浮かべるナツメを連れ村を出る。


 






 

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