第3話

 中央通りにある鍛冶場、そこが我が友であるタツノコ一家が暮らす家である。


「おう、アイルじゃねぇか。どした?」


 赤毛の短髪、刈り上げた左側頭部にはTの文字の剃り込み。若干の老け顔、背丈は俺より頭一つ分高く、筋骨隆々のいかにも男らしい男だ。


「肉、ありがとな。旨かったよ」


 タツノコとはカイネと並び幼馴染である。いかんせん閉塞した村だ、同世代の人間なんか殆どいやしない。必然的に俺たちはつるみ、仲も深まるというもの。


 左手に抱えた薪の束を見せびらかす様に差し出す。


「いやいや、これが欲しかったんだよ。ありがとよ」


 ヘヘヘと人懐っこい笑みを浮かべながら薪を受け取る。なんせ鍛冶場だからな、火を起こす為の薪なんていくらあっても困らない。


 タツノコからは食料や農具なんかの修理、俺からは薪の束や力仕事を、そういう関係で我が家とは上手く関係を築けている。


「そういや魔物―――ウルフが出たんだってな。親父たちが村長に呼び出されてよ」


「ああ、バリケードの補強とかしとかないとな。俺がいるから何もないとは思うけど」


「言ってくれるねェ、まっ!誰も心配しちゃいねェよ!いつも通り頼んだぜ!」


「任せとけって」


 軽く鍛冶場の中を覗かせてもらう。中には様々な工具に農具が並び、次はまだかと列を成している様だ。


「これ……結構溜まってんなぁ」


「仕方がねェさ、鍛冶場はうちしかねェんだし」


 村全体の破損した道具が一手に集まるのだ、確かにこれ程の量にはなろう。その代りといってはなんだが、村からは一目置かれ、先の猪の肉の様に代金代わりの食糧がよく分けられたりしている。それに預り、俺たちも甘い蜜が吸えるということだ。


「んん、何だ……コレ?」


 視界の端に映るのはひん曲がった鉄、それが三本、鍛冶場の隅に転がっている。


「いやなに、アイルが前言ってたろ、刀って言ってよ。それを試行錯誤で何とかしようとしたんだが……結果はコレよ」


「あぁ~~」


 数ヵ月前、ふと俺が酒の席で口にしたのを思い出す。俺としても刀の作り方など分かるわけも無く、使用用途や見た目を何となしに伝えては見たものの、まさか本当に実践するとは。


「どうしたんだ、武器なんて作り出して。徴兵でもされたか?」


「おおいッ!物騒な事言うんじゃねェよ!」


 軽口に物凄い勢いでツッコミを加えるタツノコ。そうそう、これが俺たち幼馴染同士の本来の掛け合いというか。老け顔のくせに気が小さかったり、ツッコミを入れたりと、割と受動的なのが我が友タツノコだ。


「なに、ただ気になってよ、普通の剣なんて作っても面白くねェだろ?」


「それはまさしく、一理ある」


「だからこう、他とは一味違うってのを見せてやりたくてよ」


「いいねぇ、ついに重い腰を上げるほど老心に火が灯ったってわけだ。年寄りのくせに無理するもんじゃありませんよ?」


「誰が年寄りだっ!二つしか違わねェだろっ!」


 タツノコ十九歳、カイネ十八歳、アイル十七歳、そして一つ下にもう一人と、まあキレイにバラけて並んだものだと感心せざるを得ない。


「まったくよぉ……親父にどやされるしよぉ、鉄を無駄にするんじゃねぇッ!つってよぉ」


「今度面白そうな鉱石見つけたら持ってきてやるよ。親父さんの気も少しは晴れるだろ?」


「おお、そうか!そりゃありがてぇ!また肉でも何でも送っとくぜ!」


「おう、よろしく。じゃあな、そろそろ帰るわ」


 親父さんたちによろしくと、軽く手を振りながら鍛冶場を後にする。




――――


 一度家に帰り、サルビアに今夜は帰らない旨を伝える。向こうも魔物が出没したのは知っているし、いつもの事だと納得して送り出してくれた。幸いカイネが泊まり込むらしいし、話し相手には困らないだろう。


「よっと」


 皆が寝静まった夜、村の中心の物見やぐらを駆け上がる。ずしりと重い感覚がやぐらに伝わる、ここからなら村全体が、村の入り口付近までもが見渡せる。


 電灯なんて当然無い、窓からの明かりも灯っていない村の中は真っ暗闇、一寸先も見えはしない。物見やぐらの上とて変わりはしない、当然の如く暗闇が拡がっているだけ……そう、それが常人ならば、そうなのだろう。


「悪い子はいねぇかな~」


 星光体である俺の目、加えて『冥星』を掲げている所以か、俺にはどんな暗闇も見通すことが出来た。俺がここで目を光らせている内は何人たりとも村への攻撃は許さない。


 何も毎日の日課というわけでは無い。今回みたいに魔物が出没した、害獣が畑を荒らした、猪が村の柵を破壊した。そんな実害を加えられれば、それが解決するまでの間だけ俺が見張り番として出張るわけだ。


「働いてもらうぞ、『冥星タナトス』」


 自身の星を起動させ、外の世界に力を行使する。村の周囲に展開されるウルフの群れ、全身は黒い影に包まれ、意識も無い。しかし俺の命令にだけは反応する体の良い下僕だ。


「魔物、害獣、それと人間、何でもいい、見つけたら知らせろ」


 全てへ同時に命令を出し、それぞれ散開する。


 これが俺の能力、その副産物だ。自身の影で取り込み殺した者に限り、俺の手足の様に働く下僕として呼び出せる。範囲も制限も無く、死生観を揺るがしかねない程の力だ。


 はたから見たら俺はただの死霊使いネクロマンサー、聖職者が見ればおぞましい外敵と認定されること間違い無しだ。だからこっちの方の能力は基本的に他人には見せびらかさない、村の人間には教えているが、それ以外には出来る限り言いたくないのが本音だ。


「さあて、夜は長いぞ」


 暇潰しに友人から借りていた古文書を手に取り、フール村の夜は一層更けていく。

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