第2話
「ですので、ここは俺が警備にあたります。バリケードだけでも皆で準備しておきましょう」
「成る程のぉ、ではそのようにしてくれるか?」
「勿論です。後は任せて下さいよ」
報告を済ませ、村長の家を後にする。
「お疲れ様。大変だね」
外には俺の幼馴染みのカイネが腰を下ろし待っていた。
「帰ってろって言ったろ?」
「一緒に帰りたいもの、早く帰りましょ?」
「まったく……甘えたがりというかなんというか」
「うるさいなぁ、いいじゃないの。アイル以外に甘えられる人なんていないもの」
やれやれと肩を落としカイネの先を歩く。
フール村、俺たちの故郷。人口は約百五十人、村の皆は全てが顔見知りで、家族のように暖かい。裕福な暮らしが出来るわけでは無いが、ただ生きていくだけなら何の問題も無く暮らしていける。
村の端、中央通りとは少し離れた位置に存在するのが俺の家、そして隣にはカイネの家も建っている。こうして家が並んでいた事が原因で、今なお幼馴染としての付き合いがあるわけだ。
我が家の扉の前に立つ。少し立て付けが悪く、左に引っ張りつつでなければうまく開かないドアを慣れた手付きで押し開ける。
「ただいま、サリィ」
「ただいま~~」
いつもながら、カイネは当然の様に俺の家の敷居を跨ぐ。これもいつも通りの光景だし、今更気にする事でもない。
「おかえりなさい、兄さん、カイネさんも」
綺麗な黒髪を肩まで伸ばし、青色の瞳がこちらを見据える。良く言えば清楚、悪く言えば素朴。しかしその素朴さもサルビアの清楚さを際立たせるスパイスにしかなっていない。
いつも通りのエプロン姿、暖炉で鍋に火を掛けている姿を見ると心の底から落ち着く。鍋からぐつぐつと煮えたぎる様な音が聞こえ、そこから出る芳醇な香りが俺の鼻孔を
「……シチュー」
「正解です。ささ、手を洗って来て下さい。もうすぐ出来ますから」
「いいねぇ、もうお腹ペコペコだよぉ」
促されるまま手を洗い、木皿を並べ、食卓に着く。並べられた料理はシチューにパンと質素ながら、その匂いは格別だ。
「それでは手を合わせて」
「いただきます」
二人の声が合わさり、俺たちは食事にありつく。
「んんっ!お肉入ってるの!?」
「はい、タツノコさんのお宅が頂いた物らしくて、お裾分けして貰っちゃいました」
「そうか、後でお礼しなきゃな」
パンはボソボソで固くて食べ辛い、シチューも味が薄く食材もあまり入ってはいない。前世で口にしていた物とはレベルでいえば明らかに格が下がるだろう。それでも慣れてしまえばこれもまた一つの食の形として受け入れられる。
何よりサリィが俺たちを思って少しでも美味しくしようという工夫が見え隠れしている。これでマズイなんて思う様な自分がいれば、そんな自分は殺して、泥でも啜っていろと
「そういえば、帰りに森でウルフが出たんだ。あまり外を出歩かない方がいいぞ」
「まあ、そうなんですか?」
ウルフが出没したことに驚いても、襲われたことに関してはこれっぽっちも驚いていない。それも当然、俺の強さはサルビアが一番知っているし、星光体がただのウルフに敗れたとあれば一生の笑い者だろう。
「そうそう、それと……申し上げにくいのですが、こちらの解れを直していただくことは可能でしょうか」
使い慣れていない気味の悪い敬語を使い下手に出るカイネ。どうでしょうと腰の部分の服の解れをサルビアに晒す。
「大丈夫ですよ、後でやっておきますね」
「ありがとサリィちゃんっ!もう、嫁に来てぇ!」
「嫁にはやらん、黙って食ってなさい」
「やぁ~ん、妹大好きお兄ちゃんに怒られちゃったぁ。慰めて欲しいなぁ~」
「あ、あはは、とりあえず食べちゃいましょうか」
「ぐすん、兄妹揃って私の事は無視ですか、ええそうですか」
ワザとらしくいじけて見せるカイネを尻目に、食事の手を進める。
「ごちそうさまでした」
声を合わせ、俺は食卓の片付けを、サルビアはカイネの服の修繕を。娯楽の数などたかが知れているこの村では、暇を見つければいつも誰かの為に何かをしたり、そんなことばかりやっている気がする。
まあ、皿洗い位は兄として当然のことだ。両親が居ない我が家では必然的に俺が家主になる訳で、ならば妹のサルビアにだけは少しでも楽な暮らしを送らせてやりたいと思うのは至極当然のこと。
手早く済ませ、今日持って帰ってきた大木の束から手頃なサイズの薪を作り出す。大木を等間隔に手刀で砕き、それを腕に抱え、一気に引き裂く。心地の良い炸裂音と共に裂ける木材、薪の束の出来上がりだ。
本来なら斧を用いてちまちまと叩き割るのが通例だが、俺の場合はこうした方が早いのだ。こういう力作業をする際には本当に便利な肉体だ。
「タツにお礼言って来る」
薪の束を片手に家を覗き出かけてくる旨を二人に告げる。
「はい、いってらっしゃい、兄さん」
「いってらっしゃ~い」
挨拶一つ取っても気品の差が出てくる事実に涙がちょちょ切れるな、カイネももう少し女の子らしくすればいいものを。
そんなことを考えながら、中央通りの方へと足を運ぶ。
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