第一章

第1話

 この世界に俺という生命が誕生して早十七年。俺という存在を認識し始めてから十二年。


 以前の俺は日本に住むただの高校二年生。特徴など無く、凡人らしく毎日を送っていたのを今でも覚えている。そして俺の人生はあっけなく終わりを迎えた。


 黒髪を無造作に伸ばし、瞳の色も紅に染まっている。以前の俺の特徴と比べるが、明らかに容姿が変わっている。俺は確かに終わりを迎えた、それなのに何故か今もこうしてここで生きている。


 所謂、前世の記憶というものを持って。


 ここは王都アステリオ王国の辺境に存在する小さな村、フール村。何もないのが特徴と言っていい程の田舎っぷり。山々に囲まれ、近くには小川が流れ、少し進めば滝が流れる泉も見えてくる。


 村で一丸となって農業を営んでおり、たまの来客といえば行商人が作物を求めて訪れるのと領主である貴族様が視察に来るだけ。観光地としての魅力は皆無に等しいこの村を、一体誰が好き好んで見物に来るというのか。


「お~い!アイル~、黄昏ていないで、こっちも手伝ってちょうだ~い」


 俺、アイルを呼ぶのは一つ年上の幼馴染であるカイネ。金髪の滑らかな長髪、碧眼の透き通るような眼。間違いなく美少女と呼ばれる部類の女の子なのは間違い無い。こんな女の子と幼馴染であるというのは、何と幸運ということか。


「はいよ、お姫様」


 周りで切り倒されている大木を数本纏め上げ、難無く持ち上げる。


「相変わらず頼りになるわね」


「このぐらいしか役に立てないからな」


 常人ではありえない程の怪力。俺がこの世界に来てからの一番の変化と言えばこれだろう。


 –––––星光体ステラボーン


 この世界にごく少数存在する人として成功した肉体。常人とは逸脱した身体能力を持ち、一人一つの特殊な能力も備えている。


「勇者様、そろそろ王都を出たのかなぁ」


「じゃないか?召喚術式も先月成功したって言ってたし、魔王討伐も近いな」


「だねぇ~。そうすればこの辺の魔物の数も減るし、皆が平和に暮らせるのにね」


「だな」


 この世界には邪悪な魔王なるものが存在し、また外界から勇者なるものを召喚したのだという。


 まあそんな事は関係無いと、隣で歩くカイネへ視線を送る。


「……そこ、服がほつれてないか?」


「わっ、ホントじゃん!……どっかに引っ掛けちゃったかなぁ」


「後でサルビアに見て貰えよ~」


「相も変わらず、ご兄妹共々お世話になります」


 手を擦り合わせて崇める様に頭を下げる。


 森から村へ戻る道中、何気ない会話が後を絶たない。これが今の俺の日常、何よりも大切な日々。


 突然、茂みの中から黒い影が飛び出してくる。カイネを狙った凶牙を横合いから蹴りを加える事で阻止する。


 蹴り飛ばされた襲撃者は鳴き声一つ漏らすことなく大木にぶつかり、息も絶え絶えになりこちらを見上げてくる。


「ウルフか……珍しいな」


「ど、どうして、こんなトコまで出て来るなんて」


「下がってろ」


 先程の一撃で瀕死にまで陥ったウルフの首を足で踏み潰す。空気が漏れる様なか細い鳴き声の後、襲撃者は絶命する。


「村長に報告しとかないとな」


 いち早く村へと戻ろうとした俺たちを邪魔する様に、更なる刺客が立ち塞がる。


「グルルッ!!」


 仲間をやられ激昂したのか、激しく昂るウルフの群れが茂みから飛び出してくる。


「ア、アイルっ!」


「魔物が……活発化している?」


 大木を置き、カイネを庇う様にしてウルフの前に体を晒す。


「数は十体、少ないな」


 威嚇の様に吠え、俺たちを取り囲む。この程度なら敵では無い。


 己の内側に力を込める。大気が震え、今頃危機に気が付いたのか、ウルフの群れが身じろぎ始める。


「–––もう、遅い」


 自身の体内に存在する星を起動させる。目に見える全ての地面が黒い渦に埋め尽くされる、粘着性を持った影は捕らえたものを決して逃さない。


「『冥星タナトス』」


 勝負は一瞬––––いいや、これは勝負にすらなっていない。ここに成されたのはただの蹂躙。捕らえた獲物を地面に蠢く影が飲み込む、それで全ての生命は息絶え朽ちる。


 俺たちは何事も無かったかのように村への帰路を辿る。


「怖いね、子供たちに注意しないと」


「そうだな、しばらくは出歩かない方がいい」


 これが俺の日常。村の為に雑用をこなし、外敵が来たとあれば殲滅する。


 外の世界では勇者だ魔王だ、救世だ破滅だと何やらやっているらしいが、そんなものは関係無い。


 俺はただ、この日常の中で生きて死ぬ。厄介事なんて真っ平ゴメンだ。


 


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