幕間 英雄との時間

 勇者の一件から次の日、俺はマリナに呼び出され王都へ訪れる。


「この辺りで……いいんだよな?」


 マリナからは指定の場所で待機していろとの通達があった。しかしここは何もないただの路地裏。


「今回の報酬分、ナツメちゃんの資料と相応の金額。それと、ある人との会合の一時よ。楽しんでいらっしゃい」


 とは言われたものの––––。


「何分待てばいいんだよ……」


 指定の時間に人が来るらしいのだが、人影は一向に見える気配は無い。


 ふと気が付くと黒いフードを被った男が近付いてくるのが分かる。


「…………」


 白い狐の面をしたソイツは俺の前でピタリと立ち止まり、座り込んだ俺を見下ろしてくる。


「こっちだ」


「––––あ、ああ」


 この声にこの立ち居振る舞い、俺はすぐにその正体に察しがついた。


 しかし俺たちの会話はここで途絶え、俺はただ狐の面の男に後を付いて歩く。


 人の目が誰も付かない路地裏に移動した瞬間、目の前の男が建物の壁を蹴り上空へと飛び上がる。俺もそれに付いて行くようにして空へと飛び上がる。


 建物の屋根を駆け、辿り着いたのは王都の外れ。ここは既に街の外と言っても過言では無いだろう。


 そこに立つのは一つの小さな小屋、見すぼらしく今にも崩れそうな程の弱々しさを感じる。


「ここか?」


「ああ」


 男は扉を開き、俺もそれに続く。


 外観同様、中も相当にボロ臭い。家具などもあるにはあるが、皆一様に壊れ、捨て置かれている。


 迷い無く男は歩き、部屋の隅に置かれている巨大な樽をずらす。そこには地下へと続く小さなハッチが姿を現した。男に続き、俺もそのハッチを飛び降り、地下へと降りる。


 視界に流れる梯子を横目に、男の背中を見つめ続ける。幸いそれ程深くは無く、十秒と経たずに目的の場所まで下りて来る。


 岩が剥き出しになった通路、その先の扉を先導する男が開く。


「リーズヴェルト、部屋を借りるぞ」


 駆動する機械、蒸気を発しながらその中央の書斎に一人の少女が座っていた。フラスコに薬品、巨大な本棚とその遥か後方には未だ見ぬ巨大な機械の姿が見える。


「………………」


「……何だ?」


 鈍色にびいろに淡く輝く長髪をフードで隠し、忙しなく機械を弄っている少女はコクリと小さく頷く。


 髪が輝く、確かにファヴニールの髪は輝いていたが、彼女からは確かに人間の気配を感じる。黒い眼帯を身に着け、髪で顔を隠していることから表情が読み取れない。


 背後には銅で出来た人型のロボットがぎこちない動きで忙しなく作業をしている。


「ロボット……?」


 最早俺の時代よりも先へ行っている部分があるらしいな……。


 困惑しながらも、俺は男に連れられる様にして小さな小部屋へと案内される。そこで初めて男はフードと仮面を取り去る。


「––––––––久しぶりだな………本当に」


「ああ……」


 黄金の髪、碧色の双眸。俺の前には英雄『明星』、アステリオ王国軍大将、ニルス・レゼレクスその人が立っていた。


「ここなら、邪魔者も無く話せるだろう」


 大きな研究室から通された部屋は軽い休憩室なのだろうか、小さな食器や机が雑に置かれている。


「まずは、謝るべきだろうな……すまなかった」


「何でだよ、お前の部下になってたことか? それとも––––勇者のことか?」


「両方だ。余計な物を背負わせた」


「気にすんな、お前も大変なんだろ?」


 俺とニルスは所謂同郷だ。同じフール村の出身、俺と同じ十七歳にして七星にまで上り詰め、大将の座を獲得した。


 史上最強の星光体、貴族主義の王都でその実力を遺憾なく発揮し、戦火の中でニルスは輝き続けた。


 例え目の前にどれだけの強敵が現れようと、ニルスは怯まず立ち向かい、のし上がっていったのだ。


 まさしく英雄、物語の主人公とはまさしくこのような男のことを言うのだろう。国の生命線、アステリオ軍の最大戦力はそう簡単に外を出歩けない、だから今回のことは仕方がないのだ。


「最近はどうだ? 元気にしてるか?」


「ああ、正教国の連中も息を潜めたようでな、西部戦線も一時膠着状態に––––」


「そういうことじゃなくてだな……風邪とか引いて無いか? お前もいい年なんだし、女の一人でも捕まえたらどうだ? 身を固めてもいい頃だろ?」


 呆気に取られたような顔を見せ、一度考えるように俯いて見せるニルス。


「いいや、無いな。風邪も、女も。ずっと戦い続けている、帰るべき人を作るなど今は考えられない」


「……皆は……待ってるぞ。もちろん俺も、お前が村に帰って来て欲しいと願ってる。特にカイネは……」


 ニルスとカイネは正真正銘、血が繋がった姉弟だ。小さい頃はよく遊んだ、本当にニルスは普通の少年のように笑い合っていた。


 十五歳になった瞬間、ニルスは村を出て軍へと入隊した。誰にも理由を告げず、それからは俺もコイツと話すことが出来ずにいた。


 そうして今日、急にニルスは俺の前に現れた。


「今は––––帰れない。オレには護るべき民がいるのだ、それはフール村も含めた全てだ。全てを護る為に、オレは戦い続けなければいけないのだ」


 迷い無く、俺の目を見て言い放つ。


「–––––そうか……それがお前の理由だったのか。……二年越しだけど、聞けてよかった」


「本来ならば合わせる顔も無いだろうがな。勇者の件に関して、どうしても礼を述べたくてな」


「気にすんな。結果的に世界は平和に、マリナと銀狼商会の大金星ってとこだろ」


「蒸気機関か……以前より根回しをしていてな」


「ニルスも噛んでたのか?」


「ああ、先も見たろう。リーズヴェルト、錬金術師だ。奴が技術を提供し、二人が材料と流通経路を、ということだ」


「なるほどねぇ、準備は万端ってわけか」


 蒸気機関の流通、それに関して俺は何もすることが出来ないし、そもそも関係が無い。


「リーズヴェルトは何者なんだ? 凄い科学力だったけど」


「二年前に拾った、それ以外は知らんな。喋らないらしく、意思疎通もしたがらない。オレとは少しは筆談をするのだが、そもそも外に出る事が無いからな、人に出会わん」


「拾ったって、捨て子か何かか?」


「まあ……そんな所だ。あまり詮索してくれるなよ、リーズヴェルトもそれを望まんだろうからな」


「分かった。ニルスの知り合いっていうのなら悪い奴じゃないんだろうしな」


 ニルスと世間話を続ける。世界の情勢や魔王なんかの話は隅に置き、久しぶりに会ったお互いのことを語り合う。


 しかし楽しい時間とは過ぎるのが早いもので、気付けば終わりの時間が迫っていた。


「むっ……すまんな。そろそろ戻らなければ」


「ああ、英雄様だからな。忙しいんだろ? さっさと戻ってやれよ」


 俺たちはリーズヴェルトの隠れ家を後にし外に出る。


「またな、近い内に一回ぐらい帰って来いよ?」


「ああ、間隙を見つけて、必ず」


 固く握手を交わし、ニルスは夜の闇を駆けていく。


 久しぶりの幼馴染との再会。心が晴れたような気分になる。


 マリナには感謝しなくてはな。ニルスと会合できる時間と場所を与えてくれたのだから。


 心が晴れるたような気持ちで俺はフール村への帰路に就く。










 




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