第26話

 時刻は夕方を少し回った頃、夕日が沈み始める夜との境界線。漸くフール村へと帰ってくることが出来た。


 俺はカイネの家に向かって歩みを進める。


「ケルちゃんだ~!」


「抱っこして~!」


「ハハ……」


 広場の方ではケルベロスの周りに子供たちが群がっている。直立不動のケルベロスに対しよじ登ったり、撫で回したりと、好き放題にされている姿を見て苦笑する。


「遊んでいくか?」


 俺の問いに静かに頷き応じる。ゆっくりと動き出し、子供たちと戯れ始めるケルベロス。その光景を横目にカイネの家にお邪魔する。


「お邪魔しま~――――」


「アイルゥううううううッ!おかえりなのじゃあああああッ!!」


「ゴハァッ!?」


 感覚外からの攻撃、腹に突き刺さるファヴニールの頭部、俺は仰け反り押し倒される。


「心配したんじゃぞっ!今回ばかりはしやと思ったんじゃぞっ!」


「痛い痛いっ!つ、角がっ!刺さってるからぁ!!」


 俺の胸に頭を擦り付けるファヴニール、当然角が突き刺さり、俺の軍服の胸部はズタボロになってしまう。


「い、い、か、ら!離れろぉ!」


「うぅ!もう離さんぞぉ!嫌いとか言ってすまんかったぁ!許してくれぇ!」


「気にしてねぇから!いいから落ち着けよオマエ!どうしちゃったんだよっ!」


「ぬああああああ、アイルゥ!小作りじゃっ!交尾をするんじゃ!交わろうぞっ!」


「いきなりセクハラかましてんじゃねぇ!オマエは見るのが専門じゃなかったのかよ!?」


「性欲が爆発したのじゃあ!いくぞ、気張れよアイルゥ!」


 自身の服装を破り捨て俺の衣服にも手を掛けるファヴニール。


「ちょっ!あっ、だめぇっ!!」


「うっっるさいッ!!!」


 俺たちの脳天に医者の卵からの愛の拳が振り下ろされる。


「シエルちゃんが寝てるんだから!静かにするっ!ファヴちゃんも、服を着るっ!」


「す、すんません……」


「じゃ、じゃがのぅ……交尾が……」


 まだ言うかコイツは……。


「こ、う、びぃ……怪我人が寝ているって言ってるのが分からないのかしらぁ?」


 は、般若だ!カイネの後ろに般若の顔が見える!


「ご、ごめんなさいなのじゃ……」


 如何に星獣といえど般若に打ち勝つことは出来なかったようだな。


「ファヴちゃ~ん、こちらで発散して下さいね~」


 我が家の隣には山のように積み上げられた薪の束が並んでいた。


「ぬ、ぬあああああああああ!やるぞおおおおおおおおおおッ!」


 その性欲を力に変えて、強靭な力を振るい薪を量産していくファヴニール。その隙を突いてカイネの家に転がり込む。


「ファヴちゃんどうしたの? 前はあんなじゃ無かったよね?」


「あぁ……怪我を治す為に星光を流し込んだんだが……その量が多過ぎてハイになってるんじゃないか?」


 星獣の体を構成するのは当然星光である。俺の強大な星光に当てられて全身が活発状態に突入しているのだろう。


「まぁ、ほうっておけば直るだろ。それで、シエルは?」


 カイネに案内されるまま、とある一室に案内される。


「おお、アイルか。心配を掛けたな」


 全身に包帯を巻かれているが、それでも元気そうに体を起こしこちらを見上げてくる。


「なんだ、元気そうじゃん」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。


「カイネの腕が良かったのだ。適切な処置だった」


「流石はエルフ族って感じだね。骨まで折れてたのに、もう殆どくっ付いてるし」


「そりゃすげぇな。まぁ、二人共大事にならなくて良かった……」


 シエルのベッドに腰を掛け一息吐く。


「それじゃ、何か食べ物作ってくるから。アイルの分も、少し待ってて」


「おお、よろしく」


 心地の良い時間が部屋を満たす、夕日は沈み、綺麗な満月の灯りが部屋を満たす。久しぶりの緊迫感に襲われてからか、少し眠気が訪れる。


「ふぅあっ……久しぶりに……眠い……」


「はは、ならば……一緒に寝るか?」


「んん? ハハ、それもいいかもな」


 その言葉を皮切りに、シエルは俺の手を握り締めてくる。


「……どうした?」


 下ろした髪で隠れてシエルの顔がよく見えない、俯き、俺の方へと身を寄せる。


「おいおい、何だよ?」


 一瞬の隙だった、顔を覗き込んだ瞬間、俺とシエルの唇が軽く触れ合う。


「シエ––––ッ!?」


 困惑した俺に追撃を仕掛けるように顔を手で包み込まれ、更に深く唇を奪うシエル。


「んぅ––––っぷはぁっ! シ、シエル、ちょっと待てよ!」


 肩に手をやりシエルを引き剥がす。その目には涙を浮かべ、俺に縋るような目で見つめてくる。ゆっくりと俺の体から手を外し、小さく縮こまる。


「––––すまない。……忘れてくれ」


「––––––––」


 体はボロボロで、きっと心も擦り減って、そんなシエルを見ているだけなんてできなくて。


「––––––––ッ!?」


「そんな顔されて……忘れられるかよ、バカ」


 思い切り彼女の体を抱き締める。今まで感じたことは無かったが、強いのに、彼女はこんなにも小さくて、弱々しくて、女の子らしくて。


「痛いぞ––––アイル」


「ああ、ゴメンな」


 それでも離さない、傷だらけで弱々しくて、一度砕けた心を持ち直して極大なトラウマに立ち向かった少女を、強く、優しく抱き締める。


「ゴメンな、怖かったよな……遅くなって……ホントゴメン」


「謝らないでくれ……恐ろしかったが……きっと来てくれると信じてたから」


「ファヴを守ってくれてありだとう……オマエがいなきゃ––––」


「アイル」


 俺の腰をシエルが強く強く、抱き締める。


「––––好きだ」


「––––ッ!?」


 耳元で囁かれる愛の告白。顔が瞬時に赤くなる、シエルの体温も上昇しているのが分かる。


「家族としてでは無い、恋人……女として……私を見て欲しい」


「…………俺は」


 俺は、どうなんだ。唐突な告白に俺は何て答えるべきだ、迷いがある。彼女のことは確かに好きだ。それでも、それが女の子としての好きの感情なのかは分からない。


「それでも、答えなくていい、色んな子がいる中で……私を、選ばなくてもいい」


「………………」


「ただ……偶に思い出したように、私を求めてくれるなら……」


「くっ––––––––!?」


 答えを出せ、女の子にこんな事言わせて恥ずかしくねぇのか俺はっ!


「––––待っててくれるか?」


「ああ、アイルがいつか答えを出してくれるのなら––––」


「この世の、日常を脅かす塵共を総て滅ぼす––––その時まで」


「…………えっ?」


「怖いんだ……日常すら失うのが怖いのに、その中で唯一の存在と共に過ごすなんて。––––だから、滅ぼすから。皆が平和に暮らせる、その時が来るまで」


 最低な返事だろう。ありえない、既に血塗れなのに、更に血に溺れたその時に俺を愛してくれなんて、最低過ぎる、人間の屑だろう。


「その時にまだ俺のことが好きなら……その時は一緒に––––んぅっ!?」


 三度目のキス、舌を這わされ絡み合う。強く腰を抱かれるのに呼応するように俺もシエルの腰を強く抱き締める。


「な、何をっ!?」


「前言撤回だ。そんな難しい事を考えて女を選ぶな、私は今のままでいい。そのままのアイルのまま、アイルを好きでいる。アイルが他を選んだって、嫌になるまで付き纏う。そして––––––––無責任のまま、この愛に溺れよう」


 ああ、強くて、それでいて弱くて、人間らしい合理的で俗物的な思考。今がいいならそれでいい、未来のことなど考えず、感じ取れる今をこそ共にいようと。


 優しくて、甘い甘い彼女のどく。それに溺れる様に、俺たちは時を忘れてお互いの体を抱き締め合う。


未来あすの光は、一緒に掴もう。きっとその方が––––」


 素晴らしい未来になる筈だから。




––––


「そんなの見せ付けられたら……入れないじゃん……」


 一人、扉の前で愛の告白を聞いていたカイネは手に持ったお粥の皿を抱える様に持ちながら屈み込む。


「アイルが幸せなら……それでいいのかなぁ」


 カイネは一人、静かに涙を流す。


 ここに一つの物語は幕を閉じる。


 外界より呼び出された勇者、勇者の振り撒いた不幸の数々。それら滅ぼした彼の『冥星』。


 一時の平穏を祝福する様に、月は高く高く昇り詰める。


 しかし、動乱の時代は始まったばかり。勇者召喚という儀式を皮切りに、神話の歯車は一つ、また一つと駆動を開始する。


「『月星ツクヨミ』、次の勇者召喚の準備は?」


「祝祭までには––––必ず」


「次は上手くやれよ、勇者こそが我々の希望なのだ」


 暗躍する影はその双眸で輝く満月を見上げる。


「必ず、魔王を殺す為に」












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