第11話

 赤き炎が村を焼く。木々を、家々を、そうして人を。


 皆すべからく消し飛び消える。


 そう、炎などただの副産物に過ぎない。


 空を駆けるは鈍色の光。全ての反徒を等しく滅ぼす平等のひかり


 その中を、一人の男が狂ったように嗤いながら闊歩する。


 当たり前だ、これこそ我が法、黙して従え。それすら出来ない屑共は皆等しく死ねばいい。


 全てを見下しながら男は歩く。人を人たらしめんとする外道を進み嘲笑いながら全てを踏み躙る。


「――――逃げて、アナタだけでも」


 最愛の人が、唯一の家族が、『灰の光』へ飲まれ、言葉の通りに正しく消滅する。


「――――姉さんッ!!」


 地獄のような悪夢から腕をすがり伸ばすようにして覚醒する。伸ばした腕は空を切る、何者かに嘲笑われたような焦燥感、肉親と村の全てを失ったという喪失感だけがシエル・マグナライトを支配した。


「くっ――――うぅ………」


 静かに一人すすり泣く。


 彼女の傷は、未だ癒えぬまま。




――――


「うんうん、怪我もだいぶ良くなったね。そろそろ動き回っても大丈夫だよ」


 カイネがシエルの容態を確認するために我が家へ訪れる。


 独学でだが医療知識を僅かながら持っている。カイネ自身の活発な性格に対して少し似合わないが、子供たちの手当てをするうちに興味を持ったらしく、今では立派な医者の卵だ。


「ありがとう、カイネ。感謝する」


 シエルが家に来てから早三日、俺たちにもそこそこに馴染み、村全体から見ても受け入れられてきている。


「そんじゃあもう働けるな。来い、洗濯に行くぞ」


「まったく……まだ完治して無いんだから。あんまり無理はさせないでよね!」


「分かってるって。ほら、それ持って」


「了解した」


 俺たち二人は近くの川を目指し少しだけ村を離れる。そこまで村から離れていないここはいつも皆が洗濯で利用している。今は誰もいないようで静かに川が流れる音が耳に心地良い。


「…………………」


 基本的に俺たちの間に会話は発生しない。初対面が最悪だったのがその最たる所以だろう。


「…………………」


 何か仕事をさせねばと思い連れ出したが、やはり気まずい、空気が重い。若干後悔してきたが、ただ飯食らいを養っていける程、我が家の家計は甘くない。


 食うなら働け。怪我で動けない? ならば怪我が治ったら働けと、まあそんな感じで働かせようとしたのはいいが、二人きりは失敗だったかなぁ。


「………好きな食べ物は?」


 洗濯板を用い衣服を擦りながら沈黙を打ち破るべく話題を投入する。チラリと相手を伺うが、瞑目し俺と同じようにして洗濯物を扱っているだけ。


 確かに唐突で話題もあんまりだったけど、無視はないだろ、無視は。ああ、もうイヤだ帰りたい。


「……肉だ」


「ああん?」


「だから……聞いてきただろう、好きな食べ物のことだ」


「お、おお……そうか。……肉ね、イイね、肉。俺も好きだぞ」


 いきなりの返答に僅かばかり戸惑うが、これを皮切りに会話をするために切り込まねば。


「好きな……色は?」


「……緑だ。……先程から一体何だと言うのだ」


「い、いや、ただの質問だよ。気にすんな」


「気にもする、私の好みが分かったとて、貴様に何の得がある」


「……身辺調査の一環だよ。オマエの身に何が有ったのかは聞かない、けど、オマエの素性……それこそ何が好きだ嫌いだぐらいは教えてくれてもいいだろ?」


 うむと押し黙り悩むシエル。家に来てからはサルビアとカイネぐらいとしか会話をしていない。


「……成る程な。いいだろう、質問に答えよう」


 それからは、本当に他愛のない質問が続く。少しぎこちないが会話が出来るようにはなれたようだ。どんな景色が好き? 好きな季節は? 趣味は? 何てこと無い質問は俺にシエルという少女の姿を色濃く映えさせる。


「その、マグナライトって言ってたけど、苗字なのか? 結構お偉いさん?」


「これは、いや、単なる称号さ。村一番の星屑術の使い手としてのな」


「なるほど、つまり強いと」


「ああ、その通りだ」


 出会いを思い出す。シエルが突然茂みから飛び出し、奴が弓を構えようとしたところを俺が取り抑えた。思い出せば確かにあの時受け身を取ろうとしていたな。


 シエルとの出会いは確かに最悪だろう、その後の俺の行動も。であれば当然、頭を下げねばならないだろう。


「シエル、ゴメンな。いきなり取り抑えたり……その後のことだって……」


 急な俺の謝罪にキョトンとした顔をして見せるシエル。俺の口から謝罪が出てくるなどと思ってもみなかったようで、洗濯をする手が止まってしまっている。


「……手が止まってるぞ」


「あ、ああ、すまないっ!……いやなに、まさか謝罪が来るとは思わなかったものでな……つい」


「いいだろ別に。謝りたきゃ謝るさ……本当に悪かったよ、ごめんなさいだ」


「悪いと言うのなら私も同じだ。君たちを認識した瞬間、不覚にも弓を構えようとしてしまった……子供の前だというのにな」


 シエルも俺と同様に、胸に閊えていた思いを吐き出してくれる。申し訳なさそうに、彼女は俺に頭を下げる。


「だから……その、フフ、ごめんなさい、だな」


「何で笑うんだよ」


「いや、君の言い回しが少し独特というか……フフ、すまない、もう一度謝ろうか?」


「もういいですぅ」


 拗ねたような態度を取り、洗い終わった衣服をカゴに入れなおす。


「それにしても、どうしたのだ?……突然」


「いやなに、タイミングが良かったのもあるし、言わなきゃなと思ってたし……それに……」


 ああクソ恥ずかしい、しかしこればかりは言っておかねば。はあ、まったく、こういうのは苦手なのに。


「シエルが、もう既に俺の日常になっちまったから。……だから、家を出ていくことがあったらちゃんと挨拶してから出ていけよ。―――オマエはもう、俺の中の大切な人なんだから」


 恥ずかしさのあまりカゴを持ってせこせこと家への帰路に就く。後ろを振り向けばシエルは未だに膝を折り川を眺めている。


「…………………」


 微妙な位置で足を止めてしまった。これではアイツがここまで来るのを待っているようではないか。いや、待っているのだけども、それを自覚するのは少し恥ずかしいわけで。


「お~い、帰るぞ~」


 シエルは目元を擦りながらゆっくりと立ち上がる。手早くカゴに衣服を詰め込み、もう一度目元を強く擦る。


「――――ああっ!―――すぐ行くっ!」


 少し目元を腫らした彼女はカゴを背負い、俺の傍まで走り寄ってくる。


 シエルとの距離を縮められた。コイツの傷を少しでも癒す切っ掛けになれたかもしれない、そう思えるだけで胸の中に誇らしさが溢れてくる。






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