ボロボロの木を目指して

《翌日――サントルヴィル郊外》


「……で、指定されたのがこの森の中だと」


 自分たちをぐるりと囲む一面緑色の景色に、いかにも面倒だという表情でダリルが呟いた。

 アレクシスからの依頼を受けた三人がやってきたのは、サントルヴィル郊外の森林地帯。

 森林地帯とはいってもそれほど広大なわけではなく、あったとしてもせいぜい村の一つ分や二つ分くらいの広さ。

 整備された道さえ歩いていれば一時間程度で抜けだすことのできる、安全面にも配慮された街と街とをつなぐ短い経路。


「いやぁ、まさかまた森の調査になるだなんて思わなかったなぁ。でも空気は美味しいし、この間のアフラートではバタバタしていてのんびりできなかったし、いいじゃあないか。先生とダリルはフォイユ村の時の調査でこういう場所は経験済みだったよね」


「僕は森にはあまりいい思い出がないんですけどねぇ。まぁ、依頼なら仕方ありません。ちゃちゃっと対象を探して連れて帰りましょう」


 背の高い木々の隙間からさしこむ木漏れ日は暖かく、あまり仕事に乗り気ではない様子のダリルの眠気を誘う。

 噛み殺しきれないあくびがもれるのも、もはや必然であった。


「それにしても、本当にこんな森の中に人が住んでるのかな……。確かアレクシスさんはここのどこかにマホウツカイが住んでるって言ってたけど……」


 整備された道を歩きながら桜庭は抜け道がないかと辺りをキョロキョロと見回す。

 三人がアレクシスから受けた依頼は、人探しであった。

 彼が注目したのは解読されたメールの受取人の中の一人、スタンリー・ファラデーで、その指示の内容は重要なマホウツカイの捕獲。『重要』という言葉の意味は今回どうとらえられるかは分からないが、メールの中には捕獲対象であろう五人のマホウツカイの名前が挙げられていた。

 しかし。


「でもまさか、俺たちの探してるマホウツカイ……たしかルーカスだったっけ? それ以外が全員すでに失踪していただなんて……」


「あのメール自体送られたのがけっこう前だったし、それも仕方がないさ。ルーカスが自分が狙われていることを知っていたのかは分からないが、家族のいる家を出て一人この森の中に移り住んでいたみたいだったからね。それでうまく彼らの目を誤魔化せていたのかもしれない」


「オズの言うとおりだろうなぁ。アレクシスさんたちが調べてくれてなきゃ、俺たちだって分からなかったよ……。これでスタンリーより先手をとって保護することができればいいんだけど」


 そう言って桜庭が道の端へと目を向ける。

 同時に感じる違和感。


「あれ……? なぁ、オズ、ダリル。なんかこの木だけ他の木と様子がちがくないか?」


「はい? 木? ……まさかまた突然ツタや根っこが襲ってくるってんじゃないでしょうねぇ……」


「ははは、多分それはないから大丈夫だよ。ほらこっち。なんか見た感じ、この木だけなんだかほかの木と比べて、妙にボロボロな気が――うわっ!」


 フォイユ村でのことを思いだして疑心暗鬼になるダリルを笑い飛ばし、桜庭が木の幹に触れる。

 するととたんに彼の触れた場所から木が崩壊をはじめ、みるみるうちに桜庭の足元には木のカケラが散らばっていった。


「えっ、なに。今俺、触っただけだよ、な……?」


「サクラバさん。ずいぶんと派手にやりましたねぇ……。いったいどんなマホウを使ったんです?」


「俺がマホウツカイじゃないっていうのはダリルも知ってるだろう。そうじゃなくて、なんだろうこれ。木が根元から腐っているのか?」


 桜庭がつまんだ木のカケラはカビの臭いが鼻をつき、悪臭までとはいかずともけっして良いとは言えない臭いに思わず顔を背ける。

 驚きながらもケラケラと笑ってからかう様子のダリルが木の根元を靴先でつつけば、また木の周りには新しいカケラが散らばった。


「いくら腐っていたとしても、こんなにももろくなるものなのかな。それに周囲の木にはむしろ変なところなんて見当たらないし、こんなピンポイントで腐るだなんて……ん?」


「どうしたんです。サクラバさん」


「なぁダリル。この森の中につづく先……この木と同じボロボロの木が何本か見えないか? それによく見ると、人一人が通れるくらいの道ができてる気がする」


「ありゃ本当だ。これはいわゆる、けもの道っていうやつですかねぇ……」


 桜庭が言うように、今しがた崩壊した木を目印にして、三人の歩く林道を横にそれたけもの道ができている。

 その道は周りを背の高い草で隠すようにできており、途中には同じようなボロボロの木が点々と存在していた。

 道のつづく先は森の奥深くで、ダリルは無意識にフォイユ村での体験を思いだして身震いをする。

 しかし前回と違う点があるとすれば、この森からは不穏な気配を感じることがないという安心感だろう。耳をすませば聞こえる小鳥の声や、地を這う虫の存在は、それだけでこの森が生物の豊かな暮らしを約束しているのだということを想像させた。


「ねぇねぇ先生。この木、もしかして目印なんじゃあないかなぁ。だってルーカスは森の中に住んでるんだろう。いくら整備されて見慣れた道だって、さすがにこの木の量なら目印の一つくらいないと家に帰ることもできやしないよ」


「たしかにオズの言うとおりかもしれないな……。よし。どのみち他に手がかりはないんだ。このけもの道を進んでみようか」


「げげ……本気ですか? それでなにも無かったら僕泣きますよ……。オズワルドコレにちょっくら飛んできてもらって、上から探してもらった方が確実なんじゃないですか?」


 桜庭の提案にダリルは嫌そうな表情を隠すことなくそう言うが、当のオズワルドは首を横に振る。


「そのお願いは叶えられるけれど、叶えたくないなぁ。冒険の醍醐味だいごみといえば自分の足で歩くことが基本だろう? 僕がなんでもやってしまって、はい、終わり。なんていうのはつまらないからね」


「あー……はいはい。つまりはってことなんでしょ。分かりましたよ。行けばいいんでしょ……」


「そこまでストレートには言っていないんだけれどなぁ。まぁいいか。ほら、先生が痺れを切らして勝手に進んでしまう前に僕たちも行くとしよう。彼になにかあったらそれこそ大変だ」


「分かってますよ」


 すでに数歩森の中へと足を踏み入れている桜庭を追って、二人もあとにつづく。

 その目的はただ一つ。まだ見ぬマホウツカイを探し求めて。

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