救援は突然空からやってくる

《現在》


 そして時間は桜庭が絶体絶命の状況へとおちいっていた、ちょうどその時へと戻る。


「……あぁ、やっと見つけた」


 桜庭の頭上から聞こえてきた爆発音は、その場にいた全員の注目を集めるには十分であった。

 上から落ちてきた瓦礫がれきが広間の階段に散開し、夕焼け空をバックに二人の男が地上を見下ろしなにやら言い合いをする。


「ちょっとアンタ! 空から行くって、本当に屋根の上から仕かける馬鹿がどこにいるんですか」


「だって窓はふさがれているし、正面の玄関から行って屋敷の中に逃げられたら厄介だろう? さすがの僕だって屋敷ごと倒壊させるなんてことはしたくない」


「だからってねぇ……。まぁ、結果的にタイミングよく間に合ったみたいですし、今回はよしとしましょ」


「オズ! ダリル!」


 穴の先から顔をのぞかせるオズワルドとダリルを見て、桜庭が思わず声をあげる。

 ふらふらと足元がおぼつかないものの、無事に生存していた桜庭の姿にオズワルドはほっと胸をなで下ろした。

 しかし彼はすぐに桜庭の腕に噛みついているミーシャを一瞥いちべつすると眉根を寄せる。


「……なにあれ。先生に知らない奴がくっついているんだけれど。それもわりと良くなさそうな状況で」


「僕に聞かないでくださいよ。さっきのマジュウの仲間か、マホウツカイなんじゃないですか。なんか獣みたいな耳とか尻尾とか生えてますし」


「ふぅん。そう」


 オズワルドは関心がなさそうにそう返事をすると、屋根に空いた穴のふちへと立ちあがり辺りに柔く風を巻き起こす。

 次第にその風は勢いを増していき、オズワルドとダリルの足元へ収束していくと二人の身体を浮かびあがらせた。


「それじゃあダリル。とりあえず僕はあの先生にくっついてるやつ剥がしてくるから、君もすぐに降りてきてね」


「降りるって、この足元でぐるぐるしてる風でですか? 命綱もなしに? ……まぁ、それ以外に僕一人で降りる手段なんて限られてますし、分かりましたから先に行ってきてください」


「うん。ありがとう」


 ストン、とまるで道を歩いている時に突然深い穴に落ちてしまったかのような。それくらい唐突にオズワルドはその場から姿を消した。

 実際に彼は屋根に自ら開けた穴から地上へと落下したのだが、そのような動作をその場にいた誰もが認識する暇もなくオズワルドは桜庭の目の前へと移動をしていた。


 そしてその姿を全員が視界におさめた時にはすでに、ミーシャの身体は桜庭の元を離れ屋敷の壁面へと弾け飛んでいたのだった。

 片足を上げたままたたずむオズワルドを見て、一同は彼がミーシャを蹴り飛ばしたのだと理解する。


「お、オズ……?」


 ミーシャから解放されて痛む腕を押さえながら、桜庭は恐る恐る目の前の男に呼びかける。

 その呼びかけに振り向いた彼の表情は、いつもとなんら変わりない笑顔を取りつくろった表情であった。


「やぁ、先生。助けにきたよ」


「ありがとうオズ……でも、どうしてここが?」


「先生が落としてくれたカメラにヒントが残っていたのさ。後はまぁ、なりゆきであんな登場をしたって感じかな?」


 ヘラヘラと笑ったオズワルドはそう言って答える。

 しかし彼は遠くからは見えなかった桜庭の首に残る締められたような痕と腕から流れる血を見ると、血相を変えて早足に詰め寄った。


「ちょっとちょっと待ってよ先生! そのあざは? 血は? 腕動かないみたいだけれど大丈夫? ペン握れる? えーっと、こういう時は普通どうやって治療したらいいんだっけ……」


「はは、大丈夫だって。見た目の割にはたいした怪我じゃないからさ。腕も感覚は麻痺してるけど動くから平気だよ」


「本当に? それならいいんだ。いいんだけれど―― ?」


 身体中の痛みを堪えつつ心配はさせまいと桜庭が笑う。

 しかしそれまでうなづきながら彼の話を聞いていたオズワルドが、一転して表情をかき消し一言質問を投げかけたことによって桜庭の背筋にぞわりとした恐怖がわきあがる。


 ――もしかして、怒っている……のか……?


 なんとなくそう思うだけだろうか。どこか、様子がおかしい。

 いつもは子どものようにキラキラと輝く磨かれた黒曜石のような瞳は、今ばかりは暗い深淵しんえんのごとく桜庭を映してはいなかった。

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