バネのマジュウ
《野犬の門――上空》
ダリルが毛玉のマジュウと相対する少し前。
戦闘開始の口火を切る如月の横をすり抜けたオズワルド。彼は辺りの偵察もかねて、屋敷全体を一望できるようマジュウたちの頭上へと飛び上がっていた。
あの三匹のマジュウの他には門を守るような門番はいないのか、門を抜けた先に広がる屋敷の庭には同じような敵の影は見当たらない。
――門番はあの三匹のみ……全てが動物型のマジュウか。無視して先に行くのもありだけれど、彼ら二人に全てを任せるのは少々酷かもしれないな。
「……ん?」
ふと、オズワルドはギィという金属の擦れる音を耳にする。
音の先に視線を向ければ、イーリイ家の屋敷の裏手側にあるもう一つの門――アフラートの外へと通じる裏門より敷地内へと入ってくる一台の黒い高級車が目に入った。
屋敷のすぐ後ろに駐車した車からは金髪の女性が現れ、玄関口があるのであろう表側へと回ろうとする。しかし、そこへもう一人別の人物が慌てて駆け寄ってきては女性へとなにかを話しはじめた。
空からでは話している内容までは聞きとれないが、もしも桜庭を襲った相手と関係があるならばすぐに話を聞かなければならない。
「予定変更だ。二人には申し訳ないけれど、早く行かないとなんだかまずい予感がす――ッ!」
目標を変更して屋敷へと急降下をはじめようとしたオズワルドであったが、そんな彼の目の前に巨大な
それは五十センチメートルほどもあるニヤリと笑った白い犬の頭で、地上からここまでぐるぐるとバネのような首が伸びているのか顔と身体は長い一本の線で繋がっている。
「なんだい? たかがマジュウ風情が。一丁前に僕の邪魔をするっていうつもりなのかな。僕は早く先生のところに行かないといけないんだけれど」
苛立ちを隠そうともせず、こめかみをひくりとさせたオズワルドの周りを風が吹き荒れる。
彼は右腕を振り上げると、風を操りバネのマジュウの頭と胴体の切断を試みようとする。――が。
「ッ!」
地上から急激に迫る第二の存在を視界の端にとらえ、オズワルドはとっさに横に身体をずらした。
追撃。それはまるで限界まで伸ばされたゴムが元の状態に戻るように。自身の頭へ引っ張られるように飛来したマジュウの身体は、オズワルドの脇腹スレスレを通りすぎると近くの屋根を破壊しながら着地をした。
その反動で今度は頭が身体の元へと引っ張られ、マジュウは身体と同じくらいはあるだろう頭を重そうにズルズルと地面に
そしてググッと首を縮めると、足を踏んばり大砲のごとく再び巨大な頭を発射した。彼を餌としか思っていない大きな顎がガパリと開く。
「ははっ! すごいね、アレクシスと同じくらいの速さだ!」
オズワルドはひょいとマジュウの突進をかわすと、頭につづいて飛んでくる身体を進行方向へと蹴り飛ばす。
仮にあのまま突進を受けていたとすれば、巨大な鉄球が直撃するのと同じような衝撃を全身に受けていたことであろう。もちろんその前に食われる可能性の方が高いのだが。
さらに勢いを増したバネのマジュウは近くの住宅の壁へと激突をし、砂煙を巻き上げてレンガの壁を破壊する。
幸いなことに住民はそもそも避難していて留守なのか悲鳴が聞こえることはない。すぐに起き上がったマジュウは今度はオズワルドの周りをスーパーボールが跳ね返るのと同じく屋根から屋根を縦横無尽に跳ね回りはじめた。
着地のたびに破壊音を響かせながら、本来目でとらえるには厳しい速さで跳ね回るバネのマジュウ。
それでもオズワルドはしっかりと目でマジュウの動きをとらえていたが、やがて彼は息をつくと目頭を押さえてうーん、と唸った。
「あー、駄目だ。目が疲れてきた。ここ最近先生とダリルにつきあってゲームするようになったから一時的に目の機能が低下してきたのかもしれない」
そう言うと、オズワルドは両腕を広げて身体の周りに円を描く。のんきにその場でくるりと回って一回転。両腕の肩から先だけを回して一回転。
その様子をチャンスとみなしたのだろう。周囲を破壊しつつも隙をつくタイミングを見計らっていたマジュウは、オズワルドの喉笛を食いちぎろうと正面からの突撃を仕掛けた。
「おや。ひょっとしてこれが見えていないのかな? 残念だが、知能まではアレクシス並ではなかったようだ」
「?」
余裕
が、その瞳にキラリと光るなにかが反射する。注意して見なければ分からないような微々たる異変。光の角度によっては見えないようであるが、確かにそのなにかは存在はしていた。
そしてまさにオズワルドの目と鼻の先。バネのマジュウはその正体を知ることとなる。
「っ……。うわぁ……自分の身体で自分の頭を潰しちゃうだなんて、哀れで仕方がないよ。適当にバリア張っといてよかった」
最初に聞こえたのは
自らの攻撃によりぺちゃんこになったバネのマジュウは、ズルズルと空中に赤い線を残して地上へと落下していく。
空に残されたのは先ほどまでマジュウだった物体を見おろすオズワルドと、彼の四方八方を囲むキューブ状に生成された
ベッタリとマジュウの血がついた結界は時おり光に反射し、注意して見なければそこに存在しているのかすら認識は難しい。
戦うことを放棄したオズワルドの、放棄したなりの対抗策がこれであった。
「こういうことがあるといけないから、二人には今度から事務所でのゲームは一日一時間までって言っておこう。……いや、そもそも暇だからといって事務所でゲームさせるのもよくはないし、制限つけたらつけたで後から僕抜きで続きをされるのも嫌だな……」
そう一人でブツブツ言いつづけるオズワルドは、パチリと指を鳴らすと自身を守っていた結界を消滅させる。
屋敷の方へと目を向ければ、例の女の姿は先ほどの場所から消えていた。
「もしかしてもう屋敷の中に入ったのか。ああ、どうしよう。庭の木が邪魔でよく見えないな……特にダリルと如月の方が問題なければこのまま僕は屋敷まで行って……」
「オズワルド!」
「ん、噂をすればダリル。彼も終わったのか――」
自分を呼ぶダリルの声に、オズワルドは視線を地上へと戻す。――と、その途端に予想すらしていなかった目を疑う光景に、彼は珍しく一瞬息をのんだ。
逃げろというダリルの声が聞こえたような気がしたが、そんなことは言われずとも見れば分かる。
殺気はない。接近していることにすら気がつかなかった。
十本におよぶ地上から矢のごとく発射された槍は、もうすでにオズワルドまでの距離一メートルまでに迫っていたのだった。
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