マジュウのチカラ

 血の気が多いと人を面白半分に紹介した身勝手野郎と、その紹介をうけた戦闘好きはどこのどいつらだっただろうか。


 ――よっぽどアンタらの方が血の気が多いだろ。


 目の前を走る如月と大空へ舞い上がるオズワルド。二人が敵に向かっていく姿を見たダリルが抱いた感想がそれであった。

 確かに自分は沸点が低いし、相手に煽られればすぐにのる。しかし彼らのように初対面の人間にとりあえず喧嘩をふっかけたり、面倒だから殺しておこうというような言動を人前で披露ひろうした覚えはなかった。


「アンタたちみたいなのに好き勝手されて、一番困るのは巻きこまれる僕やサクラバさんみたいな人たちなんですけどねぇ……ん?」


 ボヤきながら手にした剣をプラプラともてあそんでいたダリルであったが、ふとどこからか自分を見ている視線があることに気がつき感じる方向へと目を向けた。

 視線の主は先ほどの黒い毛玉のマジュウのようで、確かに視線は感じるものの目玉どころか口も手も足もどこにあるのかが分からないくらいにその全身は丸くて毛深い。


 ダリルは他の二人とはちがってのんきに歩きながらそのマジュウへと近づいていった。


「僕の相手はアンタってことですかねぇ。というか視線は感じるけどマジで目玉どこについてんだ」


「…………」


 毛玉のマジュウは吠えるでも唸るでもなく、厚い体毛越しにただダリルのことをじっと見つめていた。

 それに不気味さを覚えつつも、ダリルはマジュウの周りを囲むように槍を展開する。一撃で仕留めるならば、下手に交戦するよりも串刺しにしてしまった方が早いだろう。


 逃げださなければ危険な状況。そんな状況においてもマジュウは置物のように一歩も動きはしない。


「本当に戦う気あるんです? まぁ、動かないでいてくれた方が僕も狙いやすいし楽なんで。とっとと終わらせてもら――」


「なぁ」


 突然ねっとりとした聞き苦しい声がダリルに向けて発せられた。壁一枚を挟んだようにくぐもったその声は、聞こえ方によっては悲しそうに、そして懇願こんがんするかのようにも聞こえる。

 それは、感じる視線と同じく前方の毛玉の中から発せられているようであった。


「オイラの前髪ぃ、切ってくれよぉ。ご主人様は切ったら可愛くないからって言って、なかなか切らせてくれないんだぁ。でもこれ邪魔でさぁ……。なぁ、切ってくれよぉ」


「なっ……このマジュウ、喋るのか……!?」


 ダリルが目を見開く。

 彼は生まれてから一度も言葉を話すマジュウなど見たことがなかった。それも、仮にミーシャやクロードのように人型に近いマジュウであるならまだしも相手は獣――もとい毛玉の形をしたマジュウである。


 すると彼の反応を見たのか毛玉のマジュウはふるふると身体を小刻みに震わせはじめた。


「あぁ、ぁぁ、どうせキミもオイラのことを気持ち悪いって思うんだぁ。嫌だなぁ。嫌だなぁ……」


「……マジでよく分からない奴ですけど、襲いかかってこないならもう終わりにしますよ」


 ブツブツと毛玉のマジュウは一人言を喋りはじめるが、襲いかかってこないことを好機とみなしてダリルはマジュウを取り囲む槍に命令を下そうとする。


 ――死人とかもいるって聞いてたし警戒してはいたが……意外とあっけなく終わりそうでよかったな。


 マジュウまでの距離は残り十メートルほど。

 ダリルは右手に持った剣を握り直し、浮遊する全ての槍へと命令を下した――瞬間、ふわりと風が彼とマジュウの間を流れる。


「――ッ!?」


 それは本当に微かな風であった。

 自然に起きたものなのか、それとも上空のオズワルドが発動したマホウから流れてきたものなのかは分からない。事が起こってしまった今としては、真相がどちらであったとしてもすでにどうでもよかった。


「あぁー……ありがとう、ありがとうぅ。すごぉくよく見える。キミの顔まですごぉくよく見えるよぉ」


 マジュウのがニヤリと細められる。

 風がマジュウの長い前髪をかきあげて見えたもの。そこに現れたものは奇怪な――と、

 その瞳と目が合ったとたん、どくりと心臓が脈打ち全身の自由がダリルの制御を外れる。

 命令を下したはずの槍は本来ならばマジュウの身体を貫くはずであったが、全ての軌道が予想からそれてマジュウの体毛だけを切り裂き光へと溶けていく。


 先ほどは一瞬しか見えなかったマジュウの表情も、さえぎるものがなくなりよく見える。まさに醜いという言葉がピッタリの、楽しげな怪物の表情。

 ニヤニヤと笑うマジュウが立ち上がり、ゆっくりとダリルへ向けて歩きはじめた。


「なぁなぁ、オイラ可愛い? ご主人様は可愛くないって言うけれど、実は自分の顔を見たことがないからよく分からないんだぁ」


「……ははっ。そりゃあもう……一度見たら忘れられないくらい醜くて、吐き気をもよおすほど気持ちが悪いですよ。アンタ」


「そうかぁ」


 ダリルは固まってしまったかのように動かぬ身体をどうにか動かそうと試みるが、彼の意志とは反して別物になってしまったかのように指先一つまで動く気配はない。

 ゆいいつ言うことの聞く口を動かして悪態あくたいを吐けば、マジュウは震えながら六つの瞳でダリルの顔をジロジロと見回した。


「オイラ、醜いとか気持ち悪いって言われるのが大嫌いなんだよぉ。どぉうしてみんな、そんな酷いことばっかり言うのかなぁ」


 マジュウの瞳が見開かれた。


 すぐに襲いかかる身体の内側から引っ張られるような感覚。

 制御ができないダリルの身体は手元に造っていた剣を光に還したかと思えば、意思に反して長い槍を十本辺りに浮かばせる。


 ――こいつ、人のマホウまで勝手に……!


 それらの槍はその場でクルリと一回転し、全てが上空のオズワルドに向けて照準を合わせた。

 もちろんそこにダリルの意思は関係なく、止めようとしてもマホウの発動を取り消すことも矛先を変えることもできない。


「……は?」


 意味が分からず勝手に発動するマホウに驚くダリルを見て、マジュウは笑みをさらに深くした。


「どうせならお前も、醜く仲間と殺しあっちゃえよぉ。ほぉら、オイラにしようとしたみたいに、アンタの仲間も串刺しだぁ」

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