足並みのそろわない再出発

《列車内》


 ガタンゴトン。列車が揺れる。


 フォイユ村を発ってしばらくが経過した頃。

 日は高く昇り、春らしい暖かな陽気は、心地のよい温度で列車内の全ての人間を眠りの世界へといざなおうとする。

 桜庭もそんな人間たちの中の一人で、記録係としてオズワルドの満足のいくバックアップをとろうとペンを握ったはずなのだが――睡魔に抗えない彼の手からは、意思に反してボールペンが転がり落ちる。

 なぜ、人は乗り物に乗ると眠くなるのか。

 自分の元へと転がってきたボールペンを拾い上げたのはオズワルドであった。


「……あ、そうだ。すっかり大事なことを忘れていたよ」


 彼はそう言うと、拾ったペンを寝落ちた桜庭の前に置いてやる。

 この場でオズワルドの話し相手になれるのは、桜庭と同じように眠りの淵でうつらうつらとしていたダリルだけであった。


「なんです……。忘れ物したんなら、今更戻りませんから諦めてください」


「ちがうちがう。もっと大事なことだって。ねぇ、ダリル」


「……はい?」


 どうやら寝かせてくれる気はないらしい。

 オズワルドはテーブルに少し身を乗りだすと、子どものように瞳を輝かせて、対照的によどんだ瞳で自分を睨みつけるダリルの顔を覗きこんだ。


「ほら、君ってうちに仮所属していたみたいなものだっただろう? それで? 今回初仕事してみた結果なんだけどさ……どう? 正式にうちの事務所で働いてみる気にはなったりした?」


「あー……そのことですか」


 オズワルドの問いに対して、ダリルは苦笑いを返す。

 彼自身も忘れていたことではあるが、今回のフォイユ村への事件――そもそも、異変解決屋としての仕事に同行するのは自分の命や身柄を助けてくれた桜庭への借りを返すまで。つまるところ、彼が借りは返したと思ったのならば、これからどうするのかはダリルの自由なのである。


 ――正直……仮所属っていうわりには、無理くり大仕事押しつけられた気はするんですけど。


 あのような経験をして、それこそ『自己中心的で身勝手で暴力的で高圧的な、頭のネジをボロボロボロボロ。ボロボロボロボロ、ボロボロボロボロ……と何本も何本もその辺りに落としてきたような上司』の元で残りたいと思う方がおかしいだろう。よっぽどの変わり者か妄信的な信者くらいである。

 もちろんダリルとて、そんな変わり者でも信者でもなければお人好しでもない。むしろオズワルドのことは超がつくほど嫌いである。あからさまに顔や態度に出さないだけ褒められたものだろう。

 だから、ダリルは自分がこれからどの道を選ぶべきなのか。慎重に考えを重ね……昨晩サントルヴィルへの帰還が決まった時、ついにその答えにいたったのである。


「正直ずっと迷ってはいたんですけどねぇ……。決めました」


 仕事は危険。上司は最悪。どうせ残ったところで、気苦労ばかりで自分が得するようなことは一切ない。だから。


「僕は……僕は。これからも異変解決屋の一員、ダリル・ハニーボールとして、ここに残ります。いや、残ってやります」


 それが、ダリルのだした答えであった。


「本当かい! いやぁそれはよかった。僕はてっきり、この列車を降りたらそのままいなくなっちゃうのかと……。だって君、僕のこと嫌いだろう? 残ろうと思ったさ、理由を聞かせてよ」


 理由など分かりきった顔でオズワルドが微笑む。

 そんなもの。


「決まってるでしょう。アンタだけなんかに、この世界を任せるわけにはいかないからですよ。オズワルド・スウィートマン。アンタが過ちを犯した時……サクラバさんだけじゃあ、正すのは無理でしょうからね。僕も手伝ってあげるんです。それに……」


「それに?」


「僕は証明したいんです。僕のマホウでも……こんなマホウでも、人を幸せにすることができるって。ここならその答えが見つけられるんじゃないかって、そう思ったんですよ」


「人を、幸せにすることができるマホウ――」


 そんなを語るなんて。

 ダリルの言葉にオズワルドは一瞬ピタリと動きを止めたが、しかし。すぐににんまりと笑って、賞賛するかのごとく手を叩いた。


「あはは、グッドな解答だね! つい最近人一人殺したくせにさぁ――実に自分勝手で素晴らしい理由を語ったもんだ。オーケイ。君の今後の活躍を期待しているよ。せいぜいやれるだけのことはやってみたまえ、ダリル・ハニーボール。そうと決まれば……今夜は彼の歓迎パーティをしようか! ねっ、先生!」


 コロッと変わって天真爛漫そうな笑顔。

 急に大声で呼ばれたことで、驚いて飛び起きた桜庭が二人の顔を交互に見比べる。

 寝ぼけ眼の間抜け面で首を振る彼は、なぜ自分の名前が呼ばれたのか分かっていない様子であった。


「あ、え……なにが? ごめん。今ちょっと寝てたみたいでさ……」


「もーう。話聞いてなかったでしょ? ダリルが僕たちの事務所で正式に働いてくれるんだってさ! だから、今日はサントルヴィルに戻ったら彼の歓迎パーティ……いや、先生とダリルの歓迎パーティをしようってこと! 僕、パーティなんてしたことないから楽しみだなぁ」


 どの口が言っているのか。桜庭が起きていたならば、この場で自分の評価を下げるような理由など、聞こうとも思っていなかったくせに。

 しかしそんなやりとりを知りもしない桜庭はパッと表情を明るくすると、隣に座るダリルに向けて嬉しそうに微笑んだ。


「本当か? ありがとう、ダリル。よかった……君がいてくれるなら俺も心強いよ」


「……ええ。まぁ、僕がきたからには百人力ですからね。あんな脳みそまで砂糖漬けになってる頭お花畑野郎よりは役に立ってみせるので。任せてくださいね、サクラバさん」


 ダリルが胸を張って宣言してみせる。その頼もしい姿に、桜庭も大きくうなづいて見せた。


「いや、ダリルさ……なんだか最近、だんだん僕への暴言酷くなってきてない? ほら、先生もうんうんじゃあなくてさ」


 戸惑うオズワルドを置いてけぼりにして、桜庭とダリルはパーティの食事をどうするか相談を始める。

 言い出しっぺが金を払ってくれるのだろうと考えて、遠慮するつもりはないらしい。そう。数日前にも見た光景……他人の金で食う飯は美味いのだ。

 二人の口からステーキ……寿司……と呪文のように次々と名前がでてくるのが、オズワルドには少し恐ろしかった。


 こうしてダリルを加えて正式に三人となった異変解決屋『グランデ・マーゴ』のメンバーは、列車に揺られながら大都市サントルヴィルへと帰還をする。

 目的も胸に秘めた思いもバラバラな彼らの冒険の再出発は、足並みのそろわない不安定な足場の元、まだ見ぬ『物語』の結末に向けてゆっくりと動きはじめたのだった。

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