レンガ造りの街アフラート

 時刻は午前十時頃だろうか。

 エドガーが手配した小型ジェットへ乗って着いた先――一番目的地に近いからといった理由で降ろされた山の中の滑走路からさらに車に乗せられ四十分。一行はアフラートの前までやってきていた。


「ここがアフラート……思ったよりも賑わっているみたいですねぇ」


 アフラートは街へと入ってすぐが道の両端に露店の並ぶ市場になっているようで、どこを見回しても溢れんばかりの人でごった返している。

 それだからか、この混みようでは横を歩く人間と肩がぶつかるのも当たり前のことらしい。いちいちそれに憤慨ふんがいするような輩はおらず、客を呼びこむ大声は聞こえど怒号が飛ぶようなことはなかった。


「これなら確かに、街中ではぐれるっていうのも理解できるかもしれない……。それでオズ、待ち合わせはどこだって?」


「うーんと、市場からは少し離れたホテルみたいだね。宿泊するのもそこみたいだ。僕たちも離れたらいけないから、迂回して行こうか」


 オズワルドの提案に桜庭とダリルがうなづく。

 エドガーの話では、サンディがいなくなる直前までともに行動をしていた二人が滞在先のホテルで待っているらしい。


 中央の市場を避けて横道に入ると、レンガ造りの建物が道の左右にズラリと並んでいた。

 サントルヴィルではガラス張りのビルやコンクリートの建物ばかりであったため、こうしたおもむきのある建物の数々には桜庭の心も踊る。

 彼はカバンからカメラを取りだすと、時おり立ち止まりつつ次々と建物を写真におさめていった。


「なんか、この辺りはサントルヴィルとはちがって落ちついた雰囲気があるよなぁ。あっちは街の中心から少し離れたところでまだまだ騒がしいし」


「そうだねぇ。ここは昔から商人が集まる土地ってことだったから、働きにでかける人間は市場の方へと集まってしまうんだろう。静かでいいじゃないか」


 この道を歩く者は三人の他にはおらず、石畳を鳴らす足音と桜庭のカメラのシャッター音だけが心地よく響いていた。

 そして数分もしないうちに家ばかりが並んでいた狭い道が終わり、空間が開ける。


「着いたよ。ここが待ち合わせのホテルだ」


「ずいぶんとまぁ、洒落たホテルですねぇ。さすが金持ち」


 ダリルが感嘆の声をあげる。

 豪華なレンガ造りのホテルの前には広場のようなスペースが広がっており、その中心には大きな噴水が勢いよく水を噴出している。一方でホテルの裏には庭もあるのか、建物の脇の小さな門からは鮮やかな緑色がのぞいていた。


「そういえばあの宝石商、泊まるところも工面してくれるって話でしたけどここで間違いないんです?」


「そうだよ。どうせなら一番高い部屋とかとってみるかい? 彼相手に金に糸目なんてつけなくても大丈夫さ」


「へぇ……。僕、こんなすごい場所に泊まるのなんて初めてなんですよ。サクラバさんは?」


「俺も見たことはあってもさすがに泊まったことは……。結構楽しみかもしれない」


 そう言って桜庭がホテルの外観と噴水を写真におさめる。

 彼が給料で買ったばかりの最新型のカメラは、ブレることもなくありのままに被写体を次々とおさめていった。


「それで待ち合わせの人たちは? どこで待ってるんですか」


「特に指定はされていなかったから、とりあえずは中に入ってみようか。どうせ僕たちも泊まることになるんだし――ん?」


 オズワルドの視線がホテルの入口近くへと向けられる。

 そこには壁に背中を預けるようにして黒い長髪をポニーテールにしてまとめている男が立っていた。男は腕を組んで目をつむっているようだったが、三人が近づいてきたことに気がついたのか、ゆっくりとまぶたを開く。


「……おぉ。もしかしてお前らか。旦那様の言ってた助っ人てのは」


「旦那様……ということは、もしかして君がエドガーの言っていた」


「おうよ」


 男は壁から背を離すと、入口前の短い階段を降りて三人の前に立つ。


「俺は如月風流きさらぎふうりゅう。旦那様の元で、サンディ様とシャロン様の警護をおおせつかっている用心棒だ」


「きさらぎ……?」


 如月と名乗る男は桜庭よりも少し背は高いが、名前や顔立ちを見ると確かに夢幻世界むげんせかいの中にしてはどこか日本人寄りの顔立ちをしている。

 また遠くからは分からなかったが、腰には刀を携帯しているのか群青色の柄が彼の上着の陰から見えていた。


 桜庭は思わず胸の内にわきあがった疑問を如月に向けて投げかける。


「君はもしかして……日本人なのか……?」


「あ? ニホンジン?なんだそれ」


「いや……知らないなら大丈夫だ。俺の故郷だと君のような名前をつける風習があるから、同郷なのかなと思ってさ」


「なら分かんねぇな。俺は生まれも育ちもサントルヴィルだからよ」


 自分の他にも現実からこの世界にきている人物がいるのかと桜庭が期待を寄せるが、如月の反応を見て内心肩を落とす。


 ――まぁ、俺の夢に他にも現実からきている人がいるわけないよな……


 そんな桜庭の反応を見て首をかしげた如月が、今度は逆に桜庭に向けて問いかけた。


「お前、名前は?」


「俺? 俺は桜庭……桜庭優雅さくらばゆうがだ」


 不思議に思った桜庭が聞かれた通りに名乗るが、如月は表情を変えることなくつまらなそうに鼻を鳴らす。


「ふーん……知らね」


「だろうな……。だって今初めて会ったばかりだもん、俺たち……」


「知らねーけどさ。もしかしたら俺の親父だったらなにか知ってたかもしれないな。お前の言ってること」


 それは意外な話だった。


「君の父親? それって――」


「ちょっとちょっと二人共! そんな話もいいけれど、とりあえず今はやるべきことがあるでしょ! 人命! 調査! 優先事項はたくさんあるんだよ」


 桜庭と如月の話の間に割って入ったオズワルドがらしくない様子で大声をあげる。

 すぐ横にいたダリルは突然耳元であげられた声に心底嫌そうな表情をしていたものの、同意見なのかなにも突っかかることはしなかった。


「ああすまない。……そんで、サンディ様の件についてきてくれたんだったな。そんじゃあとりあえず、まずはやることは一つだ」


 そう言うと如月は上着を脱ぎ捨てホテルの前の広場へと足を進める。


「如月? なにをしているんだ……?」


「なにって、腕試しだよ。腕試し。いくら旦那様が雇った信用性のある奴らでも、俺はこの目で確かめるまでは認めないからよ。俺より弱くて足でまといになられたら困るしな」


 如月はニヤリと笑うと、腰に帯びた刀の鯉口を切る。チャキという鉄の音に場の空気が一変した。


「俺は強いからな。死ぬ気でやりあおうぜ」

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