4 これからの、僕たちは《前》
あれから海と俺は、静かに、密やかに、一緒に時を過ごすようになった。どちらの家にも、着替えや荷物が少しずつ増えている。何処にでもいる、普通のカップルと同じだと思っているが、海は今でも何かを警戒していた。疚しいことがある二人のように、仕事上では何の変化を見せないように気を付けている。直接一緒に仕事をすることは滅多にないが、互いに監視の目は光っている、と言うのが彼女の言い分だ。
だから、一切付き合っていることは表にしない。それが、二人が一緒に過ごすためのルールと決めている。
今夜は、海の家で過ごす。順番みたいなものだ。休みだと言うのに仕事の面子に会ったこともあり、二人共ビールを開けると大きな息を吐いた。
「優奈、綺麗だったね。なんでだろう、花嫁って綺麗なものよね」
今日は、海の後輩である畑中さんの結婚パーティだった。アームチェアに腰掛けた彼女が、徐にそんなことを言う。俺にはそう大きな変化は見て取れなかったが、やはり女の子の目線はそう言うものなのだろうと飲み込んだ。
違った?なんて呑気に返すと、海は少し上を見上げ、首を傾げる。
「何だろうね、幸せのオーラというか。自信というか。何時もに増して綺麗になるの。あぁ、理沙も綺麗だろうなぁ」
海の友人である理沙さんも、来月結婚をする。数回会った彼女は、とても気っ風のいい女性だった。彼の方は穏やかで優しそうな、それでも芯のある男だ。過去の自分の失態を何度も謝罪した俺に嫌味事一つ言わず、「困った時はお互い様です」と微笑み返す。あの時は、年下なのに出来た男だなぁ、なんて感心してしまった。
「プチギフトも全員分って大変だよなぁ。優奈の旦那さんは、パン屋さんでね。これはそこのクッキーなんだよね。確か優奈が言ってた」
「パン屋さんなんだ。へぇ」
「そう、何か出会って国産小麦粉の話で盛り上がったって、笑ってた。まぁ確かに普通の話題ではないよね」
ケラケラ笑う彼女に、国産小麦粉、とオウム返しするしかなかった。そんな話題が出るような会話が、想像出来なかったのだ。でも、自分が仕事で使うような材料の違いを分かってくれるのなら、話題が盛り上がる気もする。自分たちだって、カフェのインテリアと言う仕事の話を口実に、何とかここまで来たようなものだ。そう思うと、スッと腑に落ちる。
「こうやってカードも付けるんだね。俺、友達の結婚式とか、あんまり行ったことがないんだよね」
「あぁ、そっか。しばらく居なかったものね。他の人は分からないけど、優奈はこれが彼の店のクッキーだからって、手書きで付けるんだって頑張ってたよ。少しでも柔らかい印象を持って欲しいってさ」
「なるほど」
スペインに行っていた間に、仲の良い友人の結婚式は終わっていた。年賀状も態々向こうに送って来る奴もいなかったし、気付けば大分淘汰されている。あいつらも、もう父親になったろうな。懐かしい面々を思い浮かべながら、手にしたカードに目をやった。
「確かに、こうして手書きで書くのって大変だよね。『本日はありがとうございました』って、これだけでもさ。沢山書くんだもんなぁ」
「そうだよねぇ………ん、何これ」
「ん、どうした?」
海は自分のところに入っていたそれを手に取り、固まっている。何事かと覗き込んだ俺も、瞬時に固まった。
『本日はお越しいただいて、ありがとうございます。次は、海さんたちの番ですね。お二人の結婚式、楽しみにしています。 優奈 』
そう書かれたカードを見て、二人で顔を見合わせる。会場を出る時、あの子が言った「次は、海さんですね」と言う言葉。知らぬふりをしていたが、畑中さんの中ではもう相手が朔太郎だと特定されているのだ。あぁ、やっぱり。あの子は、カフェの打ち上げの時のことをずっと気にしていたのだ。
「これって、どういうこと。海さんたちって、何。相手は知ってますよってこと?」
「あぁ、うぅん……実は」
俺は一年経ってようやく、海に真実を打ち明ける。あの時のメッセージカードの番号を見つけられなかったこと。それを偶然彼女が見つけてしまったこと。そして、あの打ち上げの後に『初恋実といいですね』と言われたこと。正直に話しているのだが、この月日黙っていたことが後ろめたくて、大人げなくモジモジしていた。
「海を呼び止めようとしたけど、千佳ちゃんといなくなっちゃって。どうにもならなくて。その時にあの子が教えてくれたんだ。きっとランチ会でカード見せた時に、たまたま見つけちゃったんだと思う」
「ふぅん。そっかぁ。何で黙ってたの?」
海は口を尖らせ、俺を掬い上げるように見た。起こっているわけではなさそうだ。
「いや、自分で見つけられなかったから……それに畑中さんが見つけたって知ったら、しーちゃん嫌がるだろう?」
「うぅん、まぁねぇ。もう今更だけど……今となれば、優奈だとしても見つけてくれて良かったのかな。私たち、あのまますれ違うところだったんだから」
眉尻を落として、こちらを見る。その顔は、すれ違わなくて良かった、と言っているようだった。
あの時。海に電話を何度も掛けたけど、全然繋がらなくて。駅まで必死に追いかけたんだ。それでようやく見つけた背中に、大きな声で呼び掛けた。しーちゃん、って。でも電車の扉は、あっさりと閉まった。あぁ、もう終わりなのかなって思ったんだ――
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