3 幸せは順番に《後》
そうやってこの件については、何も見いだせないまま時が過ぎて行った。海さんも変わった様子はないし、それは田中さんも同じ。ミッションの失敗を受けて、私たちは腑に落ちない物を感じてはいたものの、結局何も掴めないままだ。それは今も、確証を得ていない。
ただ一つを除いて。あれは、クリスマスの後ことだ――
「海さん、年末年始はどうするんですか?実家に帰るんですか?」
クリスマスを終えると、一気に年末休暇に向けて気分が進んで行く。つい気が緩んでしまう。結婚式の準備もあるし、そこそこ私生活は忙しいが。
「今年は、どうしようか悩んでる。実家に帰るは帰るんだけど……妹家族が来るって言ってたし、それなら日帰りかなぁって。優奈は?」
「私は、彼の実家とかにもご挨拶とかに行ったりする感じですね。あとはダラダラします。全力で。この後出来るのか分からないですからね」
「あぁそっか。結婚するって大変だよね。私の友人も結婚することになって、バタバタと大変そうだもの」
海さんのお友達とは、多分結婚式が同じくらいになるらしい。また周りが先に行っちゃうよ、と、寂しそうに先日漏らしていた。それを見た私は、やっぱり思うのだ。
田中さんとは上手くいかなかったのだな、と。
「あれ?海さん、クリスマスどうしてましたっけ?」
「クリスマス?平日だったから働いてたわよ。優奈は彼とデートだって騒いで、早々に帰って行ったけどね」
「え?海さん、普通に残業した?クリスマスに?」
「何でダメ?別に絶対に皆が、楽しまなきゃいけないイベントでもないでしょうよ」
そう笑って、私を小突き、机に居直った。そして、一瞬、本当に一瞬。海さんが、手元を見て少し微笑んだ。
「あれ?海さん、何かいいことありました?」
「は?何もないわよ。友人たちにも置いていかれ、後輩にも先を越される。相変わらずな先輩ですよ」
そう言って海さんは、ペロッと舌を出した。気のせいだったのだろうか。何か愛おしそうに微笑んだ、あの顔は。何かが私の喉元に引っ掛かる。その光景を見たことはないけれど、読んだような、聞いたような気がしたのだ。
「あっ」
「何よ、急に」
「いや、何でもないです」
私は慌てて口を噤んだ。海さんは不思議そうにこちらを見たけれど、ニッコリ笑って誤魔化した。そう。私は思い出したのだ。同じような光景を目撃したという花枝さんのメッセージを。
『ねぇ、バイトくんがさ。手元を見て、少しニヤ付いてるの。でも指輪とかもしてないし、思い出し笑いかしら?』
そう書かれていたメッセージを、花枝さんの勘違いだと読み流していた。もしかして、と思った私はバレないように、海さんの手元を覗き見る。 彼女が大事そうに触れているのは、一本の万年筆。それがいつから持っている物かは分からないけれど、私の記憶には使っている姿が残っていない。恐らく、最近になって使い始めたと思うのだ。まさか……
『花枝さん、田中さんって黒の万年筆持ってる?』
私はカフェスペースへ走り、慌ててそうメッセージを送る。これで彼も持っているならば、私の予想は当たっているはずだ。
「あ、いた。ちょっと、畑中。どういうこと?」
メッセージを読んだ千佳子さんが、私を探してやって来た。「いや、実は……」と数分前の出来事を話す。 あんなに幸せそうに微笑むなんて、ここ最近ではみられなかったから、と。
花枝さんからの返信は早かった。その内容を、私たちは食い入るように読む。
『あぁ、なんかね。最近買ったみたい。昨日だったかな、主人と万年筆がどうのって話してたわよ』
それを読んだ私たちは、ビンゴ、と声を合わせた。念のために、万年筆の特徴を送り合い確認すると、それは見事に一致する。
「何か、あの子たちらしいわね」
「本当。特に海さんらしい」
誰にもバレないように、そっと二人でお揃いの物を持つ。それがなんか、海さんらしい。出来るだけ仕事には響かないように、隠しておきたいのだ。千佳子さんと微笑み合ったけれど、多分互いに、その結果に安堵していた――
そして、それからまた半年ちょっと。海さんたちは、今も変わらず。鉄壁のガード力で、仕事の付き合いを徹底している。
「次は、海ちゃんかしらね」
「そうですね」
花枝さんが、私のドレスを見つめながらそう言う。私たちは本気で、あんなに男運のない海さんが掴んだ幸せをどうにか手放さないで欲しい、と願っている。
「木下さんも結婚するの?」
「いや、何も聞いてないですけど、そろそろかなぁって」
何も知らない森本さんは呑気に、めでたいねぇ、なんて笑った。
私は、もういいんじゃないか、と思っている。隠さなくても、仕事ではきちんと線引きの出来る人たちだから。だから、少し意地悪に田中さんに、ですよね?と目を向けた。
「え?あぁ……木下さんも幸せになってもらいたいですね」
気不味さを必死に隠した田中さんが苦笑する。彼は、私がアレに気が付いたことを知っているのだ。だからきっと、薄々バレていることに気付いただろう。
「そうだねぇ。あの子は頑張り屋さんだから、幸せになってもらいたいなぁ」
森本さんがとっても穏やかにそんな風に言うものだから、花枝さんと「そうですよね」と頷いた。皆、海さんの頑張りを見ていて、幸せになってもらいたいと願っている。 田中さんだけは、どんな表情をしたら良いのか分からないようで、少し後から同じように頷いて見せた。
パーティの終わりを迎え、私は彼と並び、ゲストを見送っている。小さな袋を手渡し、お礼を言うのである。プチギフトと呼ばれるそれには、小さなクッキーと共に、簡単なメッセージを添えた。彼の手作りのクッキーだから、出来るだけ優しくて、温かな印象を持ってもらいたい。だから私は、全てのカードを手書きしたのである。と言っても、『今日はありがとうございました』っていうだけ。一枚だけを除いては。
笑顔で見送っている後ろから、「新婦様、こちらです」とスタッフから声が掛かる。それを渡したい相手をこっそりと伝え、頼んでいたのだ。
あと二人で、海さんが来る。そして、その後ろには田中さん。それを仕込んだ二人は、更にその後ろからウインクして見せた。私は頷き、小さく深呼吸する。
「優奈、本当に綺麗だったよ。おめでとう」
「ありがとうございます」
海さんは、いつものように優しく笑う。それに応じながら、私はクッキーを渡し、こう言った。
「次は、海さんですね」
キョトンとした海さんと、気不味そうな田中さん。このメッセージはきっと二人で読むのだろう。そう願って。
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