2 幸せは、順番に《前》
「おめでとう」
「ありがとうございまぁす」
ようやく迎えた、結婚パーティ。花枝さんが結婚なんかしなくても良いって言ってから、本当はちょっと気になってた。結婚ってなんだろうって。
でも、答えは見つからないまま、今日と言う日を迎えた。千佳子さんはキャッキャとはしゃいでいて、私を妹のように可愛がってくれる海さんは、少し涙目だった。 ありがたいことだな、と思っている。
「優奈ちゃん、おめでとう」
「花枝さん。森本さんも田中さんも。ありがとうございます」
親族だけでの挙式を終え、少しカジュアルなこのパーティ。 カフェの立ち上げでお世話になった森本さんたちにも、招待状を送った。 取引先の人を呼ぶのは、と躊躇われたところももちろんあったけれど。 私の恋の話を聞いて、励まして、応援してくれていたのは、森本夫妻だったから。 田中さんは……少しおまけと言うか、なんと言うか。 来てもらっておいて何だけど。
「綺麗ねぇ。いいわ、純白のドレスって、こう夢があって」
「やっぱり、夢ですよね。女の子の」
「そう、幾つになっても憧れるのよね。お姫様気分に」
「そういうもの?」
今日は蝶ネクタイでドレスアップした森本さんは、いつものように花枝さんに聞き返す。 彼にとって女心は、とても難しいらしい。
「あら、あなた。女ってそう言うものですよ。ねぇ、バイトくん」
「いや、俺に言われても。女じゃ無いんで、何とも」
戸惑う田中さんを見た後で、私は花枝さんと目を合わせて笑う。その理由は一つだ。田中さんに向けて言ったことだが、本心はその向こうにいるはずの海さんに向けられている。
早いもので、カフェの開店から一年。私は自分のことでもないのに、あの打ち上げから初出社日になる月曜日、本当に緊張していた。ウキウキしていた、と言うのとはまた違う。自分たちのしたサポートは間違っていなかっただろうな、と言う、正解の確認の為だった。一体あの後、二人はどうなったろうか。その答えは――
「優奈、ここ間違ってるよ」
「え?あ、本当だ。すみません。直ぐやります」
「うん、お願い」
海さんは、恐ろしいほどに普通である。いつもと何も変わらない様子で仕事をし、私と接するのだ。落ち込んだり、浮かれたり。少しくらいはするものかと思っているのだが、その欠片すら見えなかった。
「何なの?さっきから不思議そうな顔をして、こっち見てるけど」
「あっいや……」
もしかすると上手くいかなかったのかもしれない。どうでしたか?なんて、下手に突っ込むことも出来るわけがない。田中さんの方から探ろうと思っても、カフェが立ち上がってしまえば、共に仕事をする時間もない私には、やりようがないのである。だから、今の判断材料は海さんだけ。人の恋愛なんて、仕事中に気にしている場合ではないのだけれど、海さんは別だ。相手も知っているからこそ、この数ヶ月焦れったくて、仕方なかったんだから。
「優奈、とりあえず手を動かそうか。何が気になっているのか分からないけど、私も仕事しにくいから」
「あっそうですよねぇ。ごめんなさい」
てへへ、と誤魔化したけれど、私の疑問は消えない。ただ、目の前にはいつも通りの海さん。仕事も完璧だし、何の尻尾も出さない。仕方なくパソコンと向き合うと、遠くの方から「畑中、ちょっといい?」と声が掛かった。珍しく千佳子さんだ。まぁこれは多分、仕事の話ではないのだろう。
仕事の話をしながら席を立って、私たちは人気のないカフェスペースへ移動する。キョロキョロと周りを見渡した千佳子さんは、どう?上手くいったっぽい?と、やはり海さんのことを話し始めた。
「いや、それが。まったくもって普通です。何ならいつもと同じすぎて、私の方が困惑しています」
「なるほど。でも、流石にどうだった?とか聞けないよなぁ」
「そうなんですよ。それは絶対にダメだと思って、グッと堪えています。朝から何度聞こうと思ったか……」
私の溜息に、彼女は同調する。
「とすると、あとは花枝さんからの報告待ちだな」
「ですね。メッセージが着たら、またここで」
「了解」
疚しいことでもしているかのように、周りの目を気にしながらそこを離れる。私たちはあの本当の打ち上げの後、週明けに様子を報告する、と約束しあったのだ。つまり、ミッションはまだ終わっていない。
ところが昼休みになっても、十七時近くなっても花枝さんからのメッセージは来ない。海さんもいつも通り、何も変わらず。 これは、上手くいかなかったのかもしれない。そう諦めた時だ。ついに花枝さんからのメッセージを受信したのである。勿論私は、あの場所へ急いだ。
『バイトくん、朝から打ち合わせで出ていてね。さっき戻ったんだけど……特に何も変わらないの。変なところは何もない。どうなのかしら』
カフェスペースで一呼吸置いてから、メッセージを反芻する。落ち着いて何度も読んだところで、内容は変わらない。ここから読み取れるのは、田中さんも何一つ変わった様子がない、ということだけだ。
千佳子さんが、少し遅れてやって来た。そうして二人で、もう一度確認の為に読み直すが、やはり現実は変わるわけがない。
「これは……もしかしたら、上手くいかなかったのかもしれないね」
「そうですね。上手くいったなら、流石に海さんでも少し浮かれると思うんです。でも、それもないし。田中さんも何も変わったことがない。と言うことは、もうこれは触れない方がいいですね」
「そうね。今後何か気付いたことがあれば、報告し合おう。それまでは、この件はタブーね」
「了解です」
私たちのミッションは、そこで静かに終わりを告げる。盛り上がっていたテンションも一気に落ち、逆に申し訳ないことをしてしまったと思っていた――
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