終章 だから、あなたとは上手くいかない


「ん、良く寝た」


 身を起こし、伸びをして、海は布団の中から手を伸ばす。エアコンを付けたままの部屋は、少し冷えすぎている。タンクトップの上にシャツを羽織り、海はベッドから抜け出した。昨日食べ散らかした欠片が、床の上に転がっている。それを避けながら、冷蔵庫のミネラルウォーターを取った。ゴクリと大きな音を立てて、体が飲み込んでいく。生き返ったような気がした。


「今何時だろ」


 ぼぉっと見る時計は、もう十一時を回っている。だからと言って何もする気にはなれず、クローゼットを開けて適当にワンピースを取ると、シャワーを浴びに風呂場へ行く。夕べの汗が全身に纏わり付いてベタベタしている気がするのだ。もう昨夜のことなど、断片的にしか思い出せない。目を覚まそうと、熱めに出したシャワーで、何もかもを洗い流そうとしている。

 髪も体も綺麗に洗った。でも、何かが取れない。それは、現実を受け止め切れない自分。体を拭いて、髪を乾かしても、何か拭えないのである。


 海は慌てて、脱衣所を出る。ベッドへ駆け寄ると、まだ寝息を立てる朔太郎。目が覚めてもいなくならなかった現実に、大きく安堵していた。あぁ、理沙と佐知に連絡をしないと。きっと心配している。海は枕元に投げたままの携帯にそっと手を伸ばし、メッセージを打ち込んだ。


「朔、もうお昼だよ」

「ん、うぅん……あぁしーちゃん」

「ん、何?」

「しーちゃん。おいで」


 朔太郎の腕が、海をベッドに誘う。もうお風呂に入ったのに、とブツブツ言いながらも、海は彼の横に寝そべった。そして、朔太郎の華奢な胸板に手を伸ばして、耳を近づける。トクトクと小さな音が、一定の速さで聞こえて来た。それが心地良くて、また眠ってしまいそうだった。そっと目を瞑った海の頭を、朔太郎の骨ばった手が撫でる。お互いに何も言わない。二人は目を合わせると、そのまま静かに唇を重ねた――




 きっともう、あの夢は見ないだろう。いくら夢見ても、いくら泣いても、あの頃の二人には戻れない。それでも、海は前を向こうと決めた。失敗するかもしれない。躓くかもしれない。傷付くかもしれない。今までは怖気付いて何も出来なかったのに、今日はそれでもいいのではないかと思えた。

 この先、晴ればかりではない。きっと、雨もあれば、雪の日も台風だってある。そもそも、二人は向いている方向が違うのだ。だから、あなたとは上手くいかない。でもそういう時は、立ち止まればいい。一緒に考えて歩き出せばいい。自分のペースではなく、二人の速度で。


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