トムテ⑤(完)
「むかしはね、ヒトはもっと元気があったよ。というとジジ臭いなんて思われるかもしれないが──」
ミルク粥を口に運びながら、トムテさんが話します。
「このところのヒトといえば、まるで夢を語らない。それが現実だと格好をつけてね、口籠もってしまうだろう?」
それは──
慎ましやかに暮らすので精一杯な今という時代に、それは贅沢というものです。
口にしそうで、だけどその言葉はミルク粥とともに飲み込みました。
「それが寂しくてね。もちろんヒトの事情は知っているよ。日々を暮らすにも必死そうだ。まあここの集落は幾分かのんびりとしているようだがね、ははは」
どこか遠い視点から見ているような、そんな話し方です。
いえ、実際に遠い視点なのでしょうけれど。
「もしかして、ほかの集落の子どもたちへもあなたがプレゼントを届けてるのですか?」
「ん? ああ、なんと言うのがいいかな──」
トムテさんはなにやら言いあぐねる様子を見せました。
「いや、きみはきっと驚かないのだろうね」
やがてスプーンをからんと置きます。
手元のお皿を見やれば、お粥はすっかり平らげられていました。
「ほかのトムテたちと話すんだ。いつもこの子どもたちにプレゼントを配ったあとに集まってね、こういう子がいたよ、こんな夢をもっていたよと。みんなヒトが好きでね、とくにそう、夢の話だ。大きければ大きいほど楽しいし、嬉しくだってなる。応援したくなる」
トムテさんの言葉に熱がこもります。
暗に『私はヒトではないですよ』とも仰っているのですが──彼が不思議な存在であることは集落のみなさんもとっくに気がついてますから、きっと誰も驚きようはないでしょう。
楽しそうなトムテさんの話に耳を傾けながら、わたしは残りのお粥を口に運びます。
「あ、」
ふと、思い至りました。
「そんな風に夢の話が好きだから、だからあなたは室長さんのよくわからない遺物の話も嫌じゃなかったのですね」
そんなわたしの言葉に、彼は大笑いしました。
「ははは! そんなに苦手かい? ああいう心底好きだというヒトの夢にあふれた話を聞けるのはとても楽しいことなんだよ」
その言葉を聞いて、新鮮な思いが心によぎるのを感じました。
少なくとも室長さんの遺物話をそんな風にポジティブにとらえたことがなかったのです。
『それが現実だと格好をつけて、口籠もってしまうんだ』
わたしはどうだろうか。
すこし前に投げかけられた言葉が、いまになって耳に痛みました。
いえ、わたしにも室長さんのように好きなものはあります。
ただ、言葉にして誰かに伝えるのは、思っているよりもずっと勇気がいりますよね。
理解されなかったらどうしよう、興味なかったらどうしよう、と。
「さて、ご馳走様。いやあ、おいしかったよ」
トムテさん満足そうな顔で席を立ちました。
「そんなに嬉しそうにしてくれるなら、作った甲斐もありました」
「ははは、だったらまた次もご馳走になろうかな」
「結構図々しいですよね」
わたしたちはお互いに笑いあいました。
ひとしきり笑って、そして手を振ってお別れです。
「それじゃあトムテさん、良いお年を」
「良いお年を、相談所のお嬢さん」
そうして彼は去っていきました。
きっと次の寒い時期にまた来るのでしょう。
「夢かあ──」
ひとりになったわたしは、不意にぽつりと呟いてました。
わたし、もっとわがままに生きるべきなのかもしれませんね。
なんて、言ってみたりして。
(トムテ 完)
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